17話 卑怯者
1―2。差を縮めたが溜池彼方は素直に喜べなかった。むしろ喜んではいけないとさえ感じる。ルミアが取った一点は、味方のハヤトメカを巻き添えにしている。相手二人のメカに囲まれたハヤトメカがボールを取られた直後にルミアがディフェンス技で取り返すときに一度、その後シュート技を撃ったときにもう一度、必殺技を命中させた。
当てること自体はファールではない。問題点は勝つために犠牲を厭わない攻撃的なプレースタイルに走る倫理観だ。
「ごめん、巻き添えにして……」
カナタは鎌ヶ谷速に謝った。ハヤトは無視し、コントローラーの操縦を続ける。メカは思い通りに動かせて、支障は来たしていないと分かった。
「……いいよ。壊れてねえし」
点を取るためとはいえ味方に攻撃されたことをハヤトは根に持っている。ただ試合は続行できるから、カナタやルミアを責めない。それでも彼らへの印象は変わってしまった。壊れてしまったのはチームの輪だ。
「卑怯者!」
カナタを責めたのは相手の広小路冬雪だ。彼女らのメカも壊れていないが、フユキは彼の手口を許せず突っかかりにいく。一方チームメイトの久里浜華燐は止めようとする。特殊能力でコート全体に広げていた炎は一旦消した。
「勝てないからってわざと攻撃して……卑怯よ!」
「フユキ、いいから……」
サッカーは味方と相手が入り乱れるスポーツ。今回のイベントのように二、三人で一チームの試合でも、メカという選手同士が接触するのは避けられない。
けれどもボールを取るためのディフェンス技はともかく、シュート技で相手の体に当てる必要はない。まるでわざと当ててダメージを与え、満足な動きをできなくさせる悪質な作戦は許せない。それがフユキの言い分だがカリンは彼女を抑えようとする。彼女の主張に異議は無い。だが騒ぎを起こして目立ちたくない。
「普通に動けるし、気にしないで」
「でもまた狙われるよ! 私たちに勝てないから」
確かにカリンの言う通り、壊されたわけではない。けれどもそれは今時点の話。このままプレー続行すれば、また似た手口でルミアとカナタが仕掛けてくる。そうフユキは疑っているから、やられる前に止めようとしているのだ。
「触らぬ神に祟りなし。刺激すると危ないわよ」
面倒事に手出しをするな。そうカリンは忠告する。フユキの言い分は正しいが、関わると危ない目に遭いかねない。ここは堪えて、試合が終わったらもう関わらないようにしたい。それがカリンの考えなので、フユキを守るためにもここは下がるべきだと告げる。
「ああいうの、正論言われると暴力に走るから……」
カリンは過去の自分を思い返し、謝れず力の強い方が正しいと非行に走った過去と重ねる。ただその過去を知らないフユキは、祟りと聞いて想像した。
「……そう。カリンの分も怒った私。けれども悪の力に捩じ伏せられて、却って心に傷を植えつけてしまう私……」
「何言ってるの?」
悲劇のヒロインになる自分を想像したフユキは、それは良い案だと妄想する。自分のために立ち向かってくれた友達が犠牲になったら、カリンはどれだけ悲しみ後悔するだろうかと想像すると、興奮してきた。
怪しい妄想をしつつ自らの特殊能力で自身の頭上から雪を降らせて凍える演技をするフユキに、今日突然会ったばかりのカリンは戸惑いを見せる。カリン以外もフユキとは初対面なので、周りも同じような反応をする。田浦夕雅という、すでに目覚めたたった一人を除いて。
「良いもの持ってるね、あの子。心が壊れてる」
「ええ……」
ユウガはフユキを評価した。見下しているのではない。自分と同じステージにすでに上がっていると認め、讃えている。一方、隣で聞こえた大船切裏はドン引きした。
人は誰しも元は純粋だ。けれども何かをきっかけに曲がってしまう。遺伝や環境、そして出会いと様々な要因で。ユウガの場合はカリンとの出会いで、どこで再会するか分からない敵わない旧友に怯える彼女の顔を見て、恐怖で死んでしまいそうな脆さフェチに目覚めた。
「さしずめ徹底的なバッドエンド。悪に立ち向かった自分も、その原動力であるカリンも幸せにならない、そんな展開が好きなのかな」
フユキもある種の同類だ。彼女の場合は、致命的なバッドエンド。正義が勝つのではなく、むしろ負けてしまう。掲げたばかりに被害に遭い、かといって誰かが代わりに救われるわけでもない。今のカリンやカナタとのやりとりから、彼女の妄想の軸を読み取った。
聞く限りそう読み取れなくもないがいくらなんでもそんなヘンテコな思考回路のはずはない、と思うコトリはユウガにツッコみたくなるも、彼に視線を向けるフユキに気づき、そのツッコミは未遂に終わる。
「分かってくれるのね!?」
フユキは嬉々としてユウガに駆け寄る。置き去りにされたカリンは、メカを攻撃されたことは気にしていない、と告げることも避け、カナタやルミアを刺激しないよう戻っていった。
「私、悲しいお話好きなの! お姉ちゃんもそうなんだけど、肝心なところ分かってくれなくて……」
「俺には分かる。君もかつて、心が壊れる音を聞いたことがあると」
「そうなの!」
姉の死。それがフユキの心が壊れたきっかけで、主に創作ときに現実で希望のないバッドエンドに固執するようになった出来事。そしてその考えは、その後出会った姉代わりの存在には理解してもらえない。
だから分かってくれるユウガに親近感が湧いた。壊れたきっかけを打ち明けるとまではいかなかったが、彼には自分の妄想を全開でぶつけていいと心を開く。
一方コトリはフユキに嫉妬する。つい今会ったばかりの彼女が同級生の自分よりも、彼との距離感を縮めているのを目の当たりにして。そこでハヤトたちの味方につき、腹いせにフユキとカリンを負かせてしまおうと目論んだ。
「苦戦してるわね。手を貸そうか?」
「帰れ裏切り者」
コトリの提案を佐倉満は一蹴した。前のユウガたちとの試合、彼女は観戦すると見せかけて彼らにアドバイスを送りミチルたちを苦戦させた。その前に彼らはコトリたちと試合をしたので、掴んだ手の内を伝えてユウガに気に入られようとしたのだ。
「どうせ俺らが勝ったらカリンたちを煽る気だろ。私たちは引き分けたんだって」
「そうだけど? それでミチルたちに嫌なことある?」
コトリは開き直る。確かに純粋に応援する気持ちでアドバンスするわけではない。だがミチルたちに不利益をもたらすわけでもないから、断る理由は強がり以外には無いと見抜いている。
「とにかく俺らはチームの力で勝ってきたんだ」
「……そのチームは仲間割れしたけど」
一方ミチルも強がる原動力を明かす。仲間と力を合わせて勝ちたいから、スパイの手は借りない。コトリも彼の言い分には一理あると受け止めつつも、ついさっきチームの輪が崩壊したことに触れる。
「やけに静かだけど、丸く収まったわけでもなさそうね」
仲間割れの件を放ったらかしにして会話していたが、それは揉めている声が聞こえなかったため。穏便に解決したのかと期待して様子を見るも、それはギクシャクしているだけだった。
「ルミア、誰にも言わないから答えてくれ。なぜ味方を攻撃した」
カナタはハヤトやフユキとのゴタゴタが落ち着いたのを見計らってルミアに問い出す。都合の良い解釈ではなく、本心を聞きたい。だがそれは他言せず、周りにはうまくごまかして伝える。ルミアを守るために。
「相手をまとめて狙うチャンスだったから」
「勝つためなら、仲間は必要ないっていうのか」
カナタの言葉で、ルミアは過去に同じことを言われた記憶が蘇る。それは今のように問い詰められるときではない。勝つためなら仲間は必要ない。それは信念として教えられた。まだ記憶が朧なボスに、そう教育された。
「ボスはそう言った」
「ボス……そうか」
カナタはルミアのボスが何者かは知らないが、ルミアをこんな冷徹に改造したことを許せなかった。ルミアを責めるわけにいかないが、かといって見過ごすこともできない。それはルミアを拾った責任の放棄になる。
勝ちたい気持ちが強まると、かつて改造され得た攻撃的な思考や動きが露になる。それは相手だけでなく味方にさえ被害を及ぼす。そんなサッカーを、カナタは続けたいとは思わない。だから事ある度にルミアに忠告してきたが、きっとキリがない。
そのボスという存在が姿を現したら、すぐにでも問い詰めたい。
「……でも、それを正しいと思って行動したのはルミア、お前だ」
カナタはルミアを、言われた通りにこなすだけのメカだとは思わない。自我を持ち、自分で見たり聞いたりして実行に移す。ボスがそう言った。だから悪いのはその人。そんな言い訳は通さない。
「間違いだって気づけば……きっと変われる。だからもう一度、行ってこい」
その宣告は責めていると同時に、ボスの命令に抗うこともできるはずだと期待を込めている。勝つためだけに試合することの何が間違いなのか気づくと信じて、カナタはルミアを再び試合に送り出した。
味方にも容赦ないルミアの必殺技で試合は中断していたが、前半の続き、1―2から再開した。カナタたちが驚いたのは、コート全体に雪が積もっていたこと。雪自体は試合開始してずっと降っていたが、カリンが広げた炎で溶けていた。けれども中断中にこっそり炎を消していたせいで、会話している内に積もっていたのだ。
中断中までフユキたちの勝負しやすい環境へと侵食されており、厄介な相手だとカナタは思った。
キックオフ直後、ハヤトメカが得意の初速でボールを奪った。止まろうにも地面が滑り体が流され、それでも強引にシュートを撃って、キーパーのいないガラ空きのゴールへと入れた。あっという間に2―2に追いつき、ハヤト以外の誰もが困惑する。
「味方を潰したいならそれでいい。得意の初速で避けりゃいいんだからな」
ハヤトの変化はルミアへの反抗が引き起こした。そっちが巻き添え上等で狙ってくるのなら、スピードを活かして回避する。今の高速ダッシュは、その決意が本物だというアピールだ。
カナタはハヤトの成長と受け止める一方で、チームの崩壊が進んでしまう嫌な予感もした。このまま勝っても、きっと喜びは薄いだろう。けれどもそれは、仮にルミアが攻撃を続けて掴んだ勝利だったとしても、同じ気持ちになったにちがいない。
再びのキックオフ。今度はカリンメカが自陣ゴール前に陣取る。これではフユキメカのボールで始めてもパスが届く前に横取りされる。それは二人も分かっている。カリンの狙いはさっきのようなハヤトのシュートを防ぐこと。そのためなら再開直後に相手にボールを渡すのも惜しくない。フユキはハヤトメカにパスを出し、相手にボールを渡した。
守備はカリンメカで事足りる。フユキメカは一人で自由にコートを使う。まずはハヤトメカに迫り、ディフェンス技"アバランチウォール"で取り返しに迫る。だが彼の反応の方が速かった。
「"ピッチアップ"!」
強く踏み込んで一歩を普段より大きくし、最初からトップスピードで見てから動くのでは間に合わないドリブルで躱す。ハヤトメカのドリブル技でフユキメカを突破した。残すはカリンメカだ。
ハヤトメカのキックパワーではカリンメカに敵わない。だが試合前にミチルと特訓したフェイントで、守備を振り切って隙を突く。ハヤトメカはジリジリと距離を詰め、ゴール横にカリンメカを引きつけてから直角に切り替える。得意の初速で引き離した。
しかし雪で、踏ん張ろうにも足がスライドする。かろうじてバランスを保って撃ったシュートは反対側のポストに跳ね返ってノーゴール。こぼれ球はカリンメカが押さえた。
そこからカリンメカがゴールに迫る。ルミアはディフェンス技"アースブレイク"で突破の阻止を図り、カリンからメカが見えにくい位置取りに着く。しかし前の試合でその視界妨害が事故を招いたことを思い出して、正面に戻った。
だがその一連の無駄な動作が準備の遅れを招き、カリンメカにドリブルで突破された。カナタは抜かれて残念がったが、それでいいと無言で頷く。危険を避けた良い判断だと。
カリンメカがゴールに迫る。ミチルはメカの準備を済ませている。炎をコートに展開しない状態での必殺シュート"ワイルドファイア"なら、最初に一度止めている。だから止める自信があった。
だが雪に隠れて上がってくるフユキメカに気づくのが遅れた。カリンとフユキは目を合わせ、メカを同時に跳ばせた。
「"ハイブリッドストーム"!」
回りながら跳び、カリンメカが上から、フユキメカがオーバーヘッドで同じ利き足で同時にボールを蹴るシュート技。
炎と氷のハイブリッド。そして前代未聞の連携必殺技が、ミチルメカの守るゴールへと襲いかかった。