15話 壊れるまで戦う
次の試合の相手は久里浜華燐と広小路冬雪の二人に決まった。今回も三人対二人の数的優位だが、双方合意のうえで成立した。
「はじめまして。確か今日来たんだよな」
「姉を探してるっていう」
「そう。まあすぐ会えると思うけど」
鎌ヶ谷速と佐倉満は、相手のフユキとは初対面だが少し知っている。このイベントが始まる前、同学年の特殊能力者のグループチャットに参加しカリンとの自撮りを載せて自己紹介していた。
訳あって姉と逸れてこの島に来た、Bランクの少女。姉の名前はサクラ。人の居場所が分かる能力を持つ人に、名前を教えてほしいとそのチャットで聞かれ、答えていたのでハヤトたちも知っている。
「ちなみにコイツもサクラっていうんだ」
「苗字だけどな」
「へー」
イベントの参加者同士ということでこちらの自己紹介がてら、ミチルの苗字は姉の名前と同じ読みだと告げた。
「でもお姉ちゃんと違って胸小さいね」
「俺は男だ」
その容姿で女子と誤解されてムッとしたミチルは、能力で力んで筋肉を強調する。これが彼の野性化。獲物を追う肉食動物のように、視野が狭まる代わりに瞬発力やパワーが上がる。
性別アピールのためにわざわざ発動する彼が可笑しくて、ハヤトは笑いを堪える。
「ご、ごめんね。男の子だったとは」
「仕方ねえよ。でも声は分かりやすいだろ?」
「うん、声変わりしてるし、喉仏だって」
ただ顔を見て声を聞けば、ミチルは男子だとはっきり分かる。逆に、見ずに声だけ聞けば顔を見たとき彼が発したとは考えにくい節はある。
「……もし二人が結婚すればサクラサクラだな」
「勝手に決めるな」
もしそうなれば赤い帽子の配管工みたいに特徴的な名前に変わるが、ミチルからすればそんな理由で見ず知らずの女子を結婚相手に挙げられても困る。
「お姉ちゃんは渡さないよ?」
「欲しいとも言ってねえからな」
そしてミチルはその気もないのにフユキに圧をかけられる。名前を話題に挙げたハヤトのせいで目をつけられてしまった。
「……早く見つかるといいな」
「ありがと」
ただ、姉と逸れても落ち込んではいないフユキを見て、このイベントや会話が気休めになっていると見受けられるのは良いことだ。これから試合をするのだから、迷わず全力で勝負をしたい。
「直った」
「毎回ありがとな、ルミア」
ミチルたちが話している間に、溜池彼方はパートナーのルミアが味方のメカを修理するのを見守っていた。特にミチルは、強力なキーパー技をメカに使わせる。撃つ度に体に負担がかかり、一試合に二度が限度。使えば腕はまともに動かせず、以降は足で頑張った。
「嫌なら言っていいんだぜ? 同じメカとして、こんな乱暴に扱われるのは嫌だろう?」
「平気。壊れるまで戦うのが私たち破壊者だから」
「……そうか」
しかしルミアは、自分たちサッカーメカは使命のために尽くすもので、身を削ってでも勝たなくてはならないと返す。カナタは賛同しないが反論もしない。ルミアのこの意見は、かつて改造し自我を与えた何者かの影響と推測している。悪いのはその人間の方だ。
カナタはその人物が、この会場にいると思っている。会場の近くに記憶のないルミアを放置していたのだ。代わりに別のメカを使用して、参加していても不自然ではない。
「ところでさっきの試合、壊すためにシュートでブロックしたのか? ディフェンス技じゃなくて」
ユウガたちとの試合で、終盤にシュートを撃たれた。ミチルメカはもう腕を動かせず、対処できるのはルミアだけ。カナタは咄嗟に、ディフェンス技をシュートブロックに使うよう指示を出そうとしたが、ルミアが選んだのはシュート技でのブロック。結果として防げたがルミアの足にも負担がかかった。
「壊す気でやらないと止められないなら、諦めていいんだぜ」
ルミアがどんな判断をしてシュート技を選んだのかはカナタは聞かない。ただ身を案じてディフェンス技を選び結果防げなかったとしても彼は責めないと告げた。思い込みで無理強いをさせたくはない。本気と捨て身は違う。
「それで点取られたり負けたら……俺の責任だ」
カナタのことは信じられてもミチルたちの心情が気がかりなら、彼が盾になりルミアを守る。それがパートナーの役目として、彼の意思は一貫している。そう伝えたうえで、決断はルミアに委ねる。そのうえでうまくいかなかったら、そうさせたカナタが庇うと誓って。
「さて、試合だ。次も勝とうぜ」
「……うん」
準備ができたところで、いよいよ四度目の試合だ。例によって相手はカナタの知らない、けれどもミチルたちが知っている人たち。情報は彼らから聞くのが確実。これから作戦会議だ。
「フユキは今日この島に来た。俺たちもよく知らないが、それは相手も同じ」
「要するに即席チーム。俺らと同じだ」
フユキの情報を知らないのは、彼女のチームメイトであるカリンにも言えること。チームを組んだのは、漂着先でたまたま出会ったから。即席ならチームワークはこちらと大差ないので、連携はさほど怖くないと推測する。
だが怖いのは個の実力。特にカリンだが、それは本人の話。特殊能力の性質が近いミチルがよく分かっている。
「カリンは強いが俺と同様、パワーを上げるタイプ。操縦する側なら、機能しない」
「ああ。メカの試合だからな」
「つまりこれまでの相手ほど手強くねえ」
そして出た結論は楽勝。今までの相手と互角以上に渡り合えていた自分たちが負けるはずがない。そう聞いてカナタは、当初自分が思っていたことと同じ結論に至り、強く頷いた。それだけルミアの実力を信頼しているし、ミチルとハヤトのメカの能力も高い。パワーとスピード、それぞれに分かりやすい強みがある。
「じゃあ今度は最初から雪降らせるからカリンは燃やしてね」
「飛ばすわね。まあいいけど」
対してカリンたちはカナタたちが想像もしていない作戦を立てていた。雪の風を起こすフユキがコートに雪を降らせ、自分のメカ以外の動きを鈍らせる。カリンメカも巻き添えだが、炎を纏わせ足元の雪を溶かして影響を受けなくする。この二人で組んだからできる連携で、あの三人組を返り討ちにしてしまおうと意気込んだ。
「問題はあの人……能力者じゃないかもだけど」
カリンはミチルとハヤトのことは知っている。といっても一週間前に彼女が特殊能力に目覚めて、すでに目覚めていた同学年への仲間入りを果たして知ったばかり。
けれどもカナタは知らない。同学年なのに知らないということは能力者ではないが、これから目覚める可能性もある。
「……私も知らない」
「フユキみたいに来たばかりなら、何か持っていても不思議じゃないけど」
あるいはフユキのように、もう能力はあるが島に来たばかりで測定記録がない線も考えられる。彼女は会場に着く前にもう測定したが。
「……だったら私も測定しなければよかったな。そうすれば相手に情報バレないし」
「測ってからこのイベントのこと知ったから、仕方ないわよ」
測定前なら未登録ゆえハヤトたちにフユキのプロフィールを探る手段はなかった。その状態で試合をしていれば初見殺しで優位に立てたかもしれないが、それは判断ミスではない。測定しにいったらついでにイベントのポスターを発見したのだ。
「それに知ってもらって損はない。今は相手でもいつか仲間になるかもしれないし」
カリンとしては能力は率先して人にアピールした方が良いと考えているので、この結果は正解だったと捉えた。確かにこのイベントでは他のチームは競争相手。
けれども今後、また別のイベントで協力することになるかもしれない。そうなったとき、お互いよく知っている方がやりやすい。
「その前に私、帰ると思うけど」
「そうだったわね」
フユキは行方不明の姉の情報を得られるからこの島にいるわけで、再会したら元の街へ帰るつもりだ。早ければこのイベントが終わった直後。
彼女が滞在しないのなら縁のない話だとカリンは受け止めた。しかし誰も知らない。このイベントはただでは終わらないと。
いよいよ試合が始まる。ミチルメカは再びキーパーの位置に戻る。一応これまで全試合キーパーだが、フォワードの位置にいていざというときだけ下がったときもある。それは相手の得点力が弱いと判断したからであり、今回はカリンメカのシュート力を警戒し攻撃極振りではなく攻防一体の布陣を敷く。
対するカリンたちは二人チーム。キーパーはいない。彼女らのキックオフで試合開始直後、フユキは能力でコート内の空中に雪雲を生み出し、雪を降らせた。
彼女は雪使いだったのかと驚く三人。こうなったときの作戦は立てていないし、今から話し合う時間もない。
「くそっ、行かせねえ」
「ナイス! ルミアも上がれ」
ハヤトは雪にビビらず自慢の初速でフユキメカからボールを奪った。残すはカリンメカ。彼はサイドラインに寄るようにドリブルで走らせる。ここは攻撃のチャンス。カナタも雪に動揺するルミアに呼びかけて、攻めに行かせる。
対してカリンはメカをハヤトメカの対処に向かわせる。このマッチアップをハヤトは想定していた。
これがメカでなく本人同士なら、パワー対決では敵わない。けれどもスピードなら勝てる。追いつく隙さえ与えさせない。そのためにコートの端へ向かう。もし本人同士でサッカーをするならそうやるから、そのイメージ通りに操縦する。
するとカリンは追うのを止めて自陣ゴール前に進路を切り替える。ディフェンダーではなく、足で防ぐキーパーになるつもりで。シュートを撃たれるのは阻止できないから、その後に止めればいいと割り切った。
そしてハヤトは気づき、シュートを躊躇う。サイドへ詰めた分、ゴールを狙える角度が狭まる。そして立ち塞がるカリンメカは、その絞られた範囲を守ればよくなった。これでは突破するために、彼女の得意分野のパワーで対抗しなくてはいけない。自分の土俵に引き込んだつもりが、相手の有利に誘導してしまったのだ。
「決めろ!」
ハヤトは単独でカリンに勝つのを諦めてここはルミアに託した。ボールを高く蹴り上げて、必殺技シュート"ビヨンドライトイヤーズ"を直接撃てるパスを出す。
その高いパスを、カリンメカが空中で横取りした。そのままボールを足元に保持し、一気にコートを駆け抜ける。一転ピンチになるが、ミチルの準備はできている。
カリンメカが立ち止まってボールを踏むと、そこから薄く地面を侵食する炎がペナルティーエリアを、ミチルメカの周囲を包む。
「"ワイルドファイア"!」
地を這いその炎を巻き込み威力に変え、噴き上げられキーパーを正面から吹き飛ばすように襲いかかるシュート。それがカリンが、特殊能力を絡めて自分で撃てるシュートをイメージして編み出した必殺技。
小細工なしの力業。ミチルは俄然、受けて立つ気で操縦し、キーパー技の構えをとらせる。
「出し惜しみ無しだ」
ミチルは"ハウンド・ザ・ハンド"で迎え撃ち、シュートを止めた。危なげなく凌いだが、今の技はあと一度きり。それ以上はメカが保たず、止められない。それはカナタもハヤトも分かっている。彼にゴールを任せておけば安心とは思わない。
点を取りにいくのが自分たちの役目だ。
「……雪が溶けた」
「雪と炎……噛み合わないんだ」
攻撃に転じるところでコートを見ると、カリンメカの周囲の雪が炎で消えている。雪は相変わらず降っているが、今のカナタたちの自軍は邪魔な雪がない。
フユキの作戦には面食らったが、それはカリンが全力を出すと効き目が薄くなる弱点がある。そこを突けば勝てると読み、一気にカウンターを仕掛けた。
「ルミア! ハヤトメカへ繋げ」
ミチルからパスを受けたルミアは前線のハヤトメカへ繋ぐ。今はカリンメカはディフェンスにもキーパーにもいない。だが代わりにフユキメカがディフェンスに下がっている。
「くそ、雪が」
相手陣はカリンに焼け野原にされていない。むしろ最初より雪が積もり動きにくい。一方フユキメカはものともせず、あっさりハヤトメカからボールを弾いた。
「合わないから前後で分けたんだ」
チャンスと思ったがそうではなかった。自陣と相手陣の動きにくさのギャップ。それをカリンたちは生み出して、彼女らはその影響を受けないように役割分担している。
甘く見ていたが、やはり今回の相手も一筋縄ではいかないと実感した。