14話 勝つ自信
田浦夕雅たちとの試合には、2―1で勝利した。けれども本当に勝ちでいいか、スッキリしない節がある。
「俺らの勝ちだけど、ノーカンにした一点を含めれば2―2の同点。どうする?」
「俺たちの負けだ」
ユウガのゴールは一度無効にされた。理由は視界確保のために味方の福俵天使がユウガを抱え上げるべく投げ捨てたコントローラーが、観戦していた大船切裏の頭に命中したこと。
観客に危害を加えて決めたゴールは無効とユウガ自身が認めた。
ユウガは次の試合で勝負したいチームがあるが、それは相手の鎌ヶ谷速たちも同じ。そこでこの試合に勝った方が先にそのチームと試合する権利を得るという賭けで、この試合をした。
結果負けたユウガだが、実質同点だとは言い張らない。潔く負けを認めた。
「最後のシュートを防がれるようでは、カリンに勝てない。鍛え直しだ」
「確かにあれが決まっていれば同点。お前らのノーカン一点込みで引き分けなら、実質俺らの負けだからな」
ユウガメカの最後のシュートで勝敗は分かれた。ハヤトもその自覚はある。無効点込みで同点だったとしたら、逆に自分たちが負けと認めていたにちがいない。
「そのシュートを止めたのはアイツだけど」
「ああ。……大丈夫かな」
止めたのはキーパーの佐倉満のメカではなく、ディフェンダーのルミア。シュートをシュートで蹴り返すという力業で対抗し、衝撃で吹き飛び試合終了まで倒れていた。
終わるとすぐにパートナーの溜池彼方が様子を見に駆け寄った。ルミアはメカながら自我がある。カナタは意識があるか呼びかけ、何をすべきか探っていた。
「ルミア、しっかりしろ!」
「……ん」
ルミアの目が光ると、うっすらと声を発した。カナタは意識の回復に喜び、じきに立ち上がったその姿に安堵した。
「うん、平気」
「良かった……そうだ、勝ったぞ! 今の試合」
ルミアは試合の途中から意識がない。カナタの声で勝利を知り、得点板が示す2―1という結果を見て事実と受け止めた。ユウガメカのシュートを防げたと分かり、安堵する。
「あ、いや……どうだろ延長かも。ちょっと待ってて」
だがカナタは勝利と告げた後、本当にそれでいいのかと迷った。それは今ミチルたちが話し合っていたことであり、場合によってはまだ試合を続けることになりルミアをぬか喜びさせたことを謝らなくてはならない。
さっそく尋ねたところに聞かされた結論は、カナタたちの勝利だった。
「ルミア、俺らの勝ちだ! やったぜ」
「……よかった」
無効は無効。僅差で負けたからといって撤回しない。結果は2―1でカナタたちの勝利。彼は嬉々として結論を伝える。喜ぶ彼に、ルミアは微笑んだ。
「ごめんなアツカ。最後、決められなくて」
「ううん、あれ向こうを抑えなかった私も悪いし」
ユウガはアツカに頭を下げる。必殺技シュートの威力が足りなかったせいで、同点に追いつくことができなかったと受け止めているから。一方アツカも、自分の役目を自覚しきれていなかったと反省する。
彼女はユウガメカに撃ち返させるシュートを撃つことしか考えていなかった。そのせいでルミアを自由にさせてしまった。シュートブロックを阻止する位置取りをしておけば、あの威力でもゴールが決まったはずだ。
「そうね、アツカのミス。ルミアがシュートで対抗するのは予想外でも、もう一つのディフェンス技があると分かっていたから、マークしておくべきだった」
コトリが便乗してアツカにダメ出しする。ルミアが蹴り返してくるのは読めなかったとしても、シュートブロックに使える必殺技は試合中に披露していた。その情報を意識していれば、それでシュートをブロックないしパワーダウンで対抗してくると予測がつくわけで、阻止するポジショニングをしておけばついでに蹴り返しを封じることができた。
「私ならそうしたのだけどね」
自分はアツカと違うとアピールする。コトリが彼女の立場だったらルミアのディフェンスを最優先で警戒していたので、得点に繋げた。ユウガのチームメイトとして、アツカより自分の方が優秀だと煽った。
「でもコトリがいなければノーカンにもならなかったんだよ」
「それは……」
コトリはぐうの音も出なかった。自分がここで観戦していたばかりに飛来したコントローラーが命中し、ユウガの先制点は無効にされてしまったのだ。そこに自分がいなければ、アツカと組んでいても同点で終えられた。足手まといと煽る資格はないと悔しがる。
「その話はいいだろ。投げたことが問題なんだし」
だがユウガはコトリを責めない。確かに彼女がそこにいたせいで命中しゴールの無効を招いたが、アツカが試合のためにコントローラーを放り投げたことが問題だと受け止めているから、コトリのせいではないと諭す。
「むしろ協力してくれたんだ。ありがとな」
「そ、そんな……」
それにコトリは別チームながらただの観戦者ではなく、一度カナタたちと試合した情報を元にアドバイスをくれた。実質三人目のチームメイトといえるくらい、貢献してくれた。そのことにユウガは感謝している。
コトリは照れた。確かに彼の役に立ちたくてミチルたちのヘイトを買ったのは事実だが、ストレートにお礼を言われて嬉しくなる。
「付き合ってくれるか、特訓に」
「はい喜んで! ……うん、特訓ね」
ユウガは鍛え直しをする。メカの必殺技シュートで使う枷を増やし、蹴りの威力を上げる。ただ足が重くなる分、操縦のタイミングの調整が必要で、色んなシュートを撃ち返したい。
そこでコトリにも協力を求めたところ、告白と勘違いし食い入るように返事をした彼女は、ただの特訓のお誘いと知って落胆した。
「じゃあトモエも呼んでくるね。暇なアツカの練習相手に」
ただ一緒に練習できるならそれでもいいと考えた。邪魔なアツカは自分のチームメイトの戸塚智絵と遊ばせておくとして、ユウガと二人きりの時間を満喫する計画を立てた。
「えー私カリンの試合見たい」
「そうじゃん! 悪いコトリまた今度」
アツカの悪魔の囁きでコトリの計画は破綻した。ユウガは自分の特訓はいつでもできるが試合はそのときしか見られない。彼はコトリを置き去りにし、次の試合に向かうハヤトたちを追いかけた。
「俺らと試合しない?」
「いいけど、三人チーム?」
ハヤトは交渉を始めた。ユウガたちとの試合はあくまでも先に挑む権利を懸けた勝負。その相手である久里浜華燐の見ず知らずのところで始まっていたものであり、合意を得るところから始める。
最初のリアクションは想像通り、チームの人数差。このイベント、メカサッカーコンテストは二人か三人でチームを組んでメカ同士でサッカーの試合をし、改造や操縦、チームワークで高評価を目指すもの。二人対三人で試合をするのも、ルール違反ではない。とはいえ主流ではなく、多くは同人数でのマッチングだ。
そもそもなぜハヤトたちが二人チームとばかり試合をしているのかというと、同学年の特殊能力者とばかり絡んでいるからだ。能力者は約三十人いて、うち参加者は約十人。彼らとはこのイベント限りの交流ではない。今後の関わりに備えて、お互いをよく知るために優先的に試合を挑んでいるのだ。
「そっちが一人足してもいいけど」
「ああ。たとえば本部にいる……いない。まあいいや」
人数差ありで試合したときもあるが、助っ人を呼んで揃えた試合もある。そのとき呼んだ助っ人はルミア同様に自我を持つメカで、参加者ではなく運営側の立場。だが今は見当たらない。
いるいないはさておき、論点は誰か一人加えてもいいということだ。
「じゃあトモエ」
「それはズルい!」
「Sランク二人とか無理ゲーだろ」
助っ人ならトモエがいいと呟くカリンに、ハヤトもミチルもそれは止めてと懇願する。特殊能力者ではないカナタは同学年の特殊能力者とそのランクを知らないので、その提案がどれほど脅威か実感が湧かずキョトンとする。
特殊能力があろうと本人は操縦する立場で試合に干渉できるのは限られているし、カナタのよう無能力者でもメカを改造して性能を上げたり必殺技を習得させたりできるから、騒ぐほどのことでもなく思える。
現にトモエとは最初に試合をして同点で中断と、それなりに渡り合えている。人数差で有利ゆえの互角ではなく、こちらも改造して対等になった後半だけで見れば2ー0の圧勝だ。
何よりそのときと違い、ルミアには必殺技シュートがある。はっきり言ってカナタは負ける気がしなかった。
「何? 二人で勝つ自信ないの?」
だがトモエは乗り気ではなかった。一人少ないだけでビビっているのかとカリンを煽る。その反応をカリンは面倒に感じ目を背ける。
「私たち二人で引き分けたけど? カリンは負けそうなの?」
「引き分け……どうする? フユキ」
カリンはトモエに張り合うつもりはないから、チームメイトの判断に委ねた。広小路冬雪は三人のチームと試合するなら、誰か誘うか二人のまま挑むかどうしたいか尋ねる。
フユキは考えた。彼女は今日この島に来たばかり。カリンとも今日が初対面で他に会場に知り合いもいない。けれどもカリンは以前からこの島で暮らしている。そして助っ人はトモエが良いと言った。
「……フユキ?」
カリンは黙って考え事をするフユキを気にするも、彼女は気にせず想像した。もし二人の連携が良くて、このまま二人で組まないかという話になったら、三人のチームとはならず、自分は置いていかれてしまうだろうと。
「うん、誰かに入ってもらおうよ」
「じゃあフユキもこう言ってるから」
カリンは内心ガッツポーズをしてトモエに告げる。対抗して二人で勝負したいけど、味方の意見を尊重するから仕方なく助っ人を呼ぶと。
「そしてカリンは私と置いてその人とチームを組んで……」
「ちょっと何言ってるの?」
フユキは妄想が口から出た。そして特殊能力で自分の頭上に雪を降らせて孤独を表現する。
見捨てる酷い奴と誤解されそうな発言にカリンは困惑する。フユキと組むのは嫌ではない。助っ人ならトモエが良いと言ったが、彼女を捨てて組みたいとは思っていないのだ。
「フユキだから組んだのよ。あなたが誘ってくれたから……」
「そうだよね。俺の誘いは断ったのに」
迷子になったフユキと偶然出会った。街の紹介をしていたらこのイベントのチラシを見つけて当日参加を決めた。だから自分はここにいるとカリンは告げる。
するとユウガが割り込んできた。彼は以前カリンをチームに誘っていたが、そもそも参加しないと断られていたのを根に持って。
「君かい? 俺がいくら誘っても行かないとしか答えなかったカリンの心を奪ったのは」
「そうだけど……カリンのこと好きなの?」
「ああそうさ。俺の心はカリンに奪われた」
初対面のユウガにフユキは警戒しながらも、彼がカリンに好意を寄せていると知ると一瞬で警戒を解き目を輝かせた。当のカリンはまた面倒なことになったと頭を抱える。きっと今からユウガが嬉々として語り、止めに入ろうにもフユキが聞きたいと急かすと予想がつく。
「じゃあ話してあげよう。俺は先月までは特殊能力のない普通の中学生だった」
ユウガはカリンに惚れた経緯を語り出す。フユキが相槌を打つ裏で、彼の同級生のコトリがうんうんと頷いていた。
「力が目覚めてから、能力者との縁ができた。ね、コトリ」
「う、うん」
だが唐突にユウガに話を振られ、コトリはどもる。彼の覚醒により、その一週間前に覚醒した彼女が頻繁に接してくるようになった。
彼女にとって幸せな思い出なのは、この時点までだから、ここから先を聞くのは苦痛なのだ。そしてその様子を見てフユキは、何となく三角関係を察した。
「それからカリンも力に目覚めてね。俺とは"同期"ってことになるから、顔合わせした」
「学年一位が更新されたって話題にもなったよな」
ユウガが能力を得た一週間後、今度はカリンとハヤトがそうなった。特にカリンは最高評価のSランク。彼女が三人目だが、序列はトップになった。
「お前だってAランク一位じゃん」
「そうだけど話題完全に食われたんだよ」
ハヤトもAランク内でトップという目立つデビューを果たしたが、タイミングが悪かった。カリンに話題を吸われ、目立たなかったのだ。
「初めて顔を見たときは驚いたよ。こんなに儚げな女子が最強だなんて」
「いや別に、強さじゃないから……」
ランクや序列は戦闘能力だけで決まらない。だからカリンが学年最強ではないが、ユウガが言いたいのは雰囲気とのギャップがあることだ。
「覚醒のきっかけを聞いたら、喧嘩強い友達の気配に怯えているときだったと」
カリンは中一のとき転校した。きっかけはバスケットボールの大会のミスを責められるのが怖く、自分を強くみせるために攻撃的に振る舞うようになったら、ずっと強い友達に返り討ちにされ粋がれなくなったこと。
以来、その友達の気配だけで恐怖を感じ、迫る恐怖から逃れたい思いで炎に包まれ、それが特殊能力覚醒のきっかけだった。
「顔合わせの日、帰ったカリンに忘れ物を届けにいったら……怯える顔を見てしまった」
嫌な思い出話で落ち着きを失ったのか、カリンはスマホを忘れていった。ユウガは届けるべく追っていったら、忘れ物にも気づかず震える彼女を見た。届けた後も、顔色は良くないままだった。
そのとき彼は、心が壊れる音を聞いた。
「恐怖で死んでしまいそうな脆さが、俺の心に刺さったのさ」
そのときユウガは性癖が歪んだ。普通の恋にはもう戻れない。怯えて壊れてしまいそうな子がタイプだと、強く自覚してしまったのだ。その変化は同級生のコトリにも見てとれた。カリンに会う前後で、彼はまるで別人だと。
「というわけで君がカリンのチームメイトに相応しいか」
「素敵ね!」
見定めようとフユキに宣言しようとするも、彼女は恋バナに夢中だった。カリンの魅力は強さと儚さの共存。その考えを分かってくれるユウガには、共感しかない。
「やっぱりカリンの良さって苦しむ顔だと思うのよ!」
「へぇ……見る目あるじゃないか」
意気投合をする二人。そこでフユキは提案した。ユウガがどれだけカリンと相性良いかを、次の試合で確かめたいと。そして二人が結ばれたら、取り残される孤独な気分を味わえる。
「じゃあテスト。助っ人に入ってよ」
「……俺の実力は見せられない。君に挑戦するときまでは」
しかしユウガは断った。チームに加われば手の内を明かすことになる。お披露目はカリンに勝つときがいいからと、誘いを蹴った。
「二人で行くわ。そっちは三人で」
「オーケー。ただし手加減しないぜ」
カリンは結論を出した。助っ人を入れるとフユキが寂しがるし、仮に負けても困らない。誰を加えるかでドタバタするのも嫌なので、無難に本来のチームで挑むと決定した。
ハヤトたちも承諾した。なんだかんだで前の試合も一人多いことで試合のバランス崩壊にはならなかったので、ハンデはつけないと告げた。