12話 悔やまなくていい
ルミアの必殺シュート"ビヨンドライトイヤーズ"で先制点を決めた。溜池彼方はルミアの初ゴール、それも必殺技のシュートを見られたことに感動し、拳を振り上げて喜ぶ。ルミア自身は、記憶から消えていた必殺技を思い出し成功したことに驚き、言葉を失っている。
「あんな技を持っていたなんて……」
「コトリー」
一度ルミアたちと試合をした大船切裏は、そのときは披露しなかった必殺技に面食らった。最初から温存していて試合を中断したから不発に終わったか、その後に習得したか。
何にせよルミアは自分の知るデータ以上の実力を持っている。そんな想定外の事態に焦るコトリに福俵天使が詰め寄る。
「隠してたわね! この裏切り者」
「痛い痛い! 待って、知らなかったの!」
ルミアのシュートはデータにない。それはコトリがわざと伏せていたのではないかと決めつけ、連続で頭突きをして仕返しする。しかしコトリに悪気はなく、誤解だと弁明する。
「え、お前そっちに俺らの情報渡してたの? 裏切り者め」
アツカとのやりとりが聞こえた佐倉満は、コトリが相手チームに肩入れしていたと知り、不公平だと訴える。ユウガを応援しているだけの観戦者だと思っていたのを裏切られた気分になった。
「裏切ってない! そもそも仲間じゃない」
だがコトリ自身が言うように彼女はミチルたちの味方ではなく、寝返ったわけではない。そう弁明する彼女は言い訳を閃いた。
「そう! アツカたちとも仲間じゃない。だからこれは悪くない」
アツカたちとも別チーム、すなわち味方ではない。ミチルたち試合相手の情報を把握しきれていなかったとしても、味方ではないから責められる筋合いはないと主張した。
「ユウガ、コトリ仲間じゃないって」
「ああ待って」
田浦夕雅には誤解されたくなく、コトリは慌ててアツカの告げ口を止めにいく。彼に嫌われたくないし、敵と思われたくもない。
そして騒がしい周りをそっちのけでカナタはルミアと会話する。
「ルミア、やったな! ゴールだ」
まだ試合は終わっていない。前半の途中で1―0になっただけだがカナタはルミアの初ゴール、そして初披露のシュート技に興奮が収まらない。ルミアとは今日会ったばかり。以前誰かに改造されて自我と必殺技を得ているが、今のシュート技の存在は、今まで一緒にいて特訓にも付き合っていて、それでも知らなかった。
「あんなの撃てるって教えてくれたら、前もストライカーらしく活躍させられたのに」
パワーはミチルの、スピードは鎌ヶ谷速のメカがそれぞれ武器としている。これまでの二試合は味方二人の得点でルミアが撃ったのはコーナーキックから直接のシュートのみ。結局それも味方二人を囮に空いたゴールを狙うチャンスだっただけで、最初の試合でディフェンス技を披露したからカナタはルミアを中盤の繋ぎ役となるよう育成してきた。
シュート技を使えるか聞かなかったのは、使えなかったときに気負わせるのは避けたいと思ったからであり、もし使えるならルミア自身の意思で撃ってくれればいい。そのくらいの心構えだった。
「思い出したの。さっき、カナタの言葉で」
「俺の?」
しかし元から撃てるというのはカナタの見当違い。ルミアはかつて会得した必殺技を、記憶を消されると同時に忘れていた。けれども彼の、楽しめるサッカーをしようという呼びかけで記憶が蘇った。かつて破壊者の使命で会得したディフェンス技"アースブレイク"とは別に、遊びで練習したシュート技、それが"ビヨンドライトイヤーズ"。
「……そっか。なら良かった」
カナタは安堵した。今までは撃てなかったのなら、自分の指示のせいで撃ちたい気持ちを抑え込ませていたと心配する必要はないし、ストライカーとして活躍させられなかったと悔やまなくていい。それはこれから意識すればいいこと。
「よし、どんどん点取っていくぞ!」
「イエス、ボス」
その返事はルミアの口癖。カナタはそれがいつか変わることを願った。彼としてはボスではなくパートナーでありたいし、そのつもりで接している。けれども変えることを強要したくないから願いを言葉にしない。
それより今は試合に勝つことが大事。カナタはルミアに、二点目を取るための作戦を伝える。
「あのシュート技、ボールを浮かせて蹴るまでに隙がある。今度は相手の飛べる方が、そこを狙って止めにくるはずだ」
ルミアのシュートが決まったのは紙一重。アツカメカのディフェンス技"エンジェルハロー"が迫っているところを、ボールごと飛び上がって避け、そして撃てた。ルミアが跳んで撃つと知られていなかったからできたとも言える。
ルミアが跳んでシュートを撃つと知られた以上、相手は警戒しアツカはタイミングをずらしてくる。だから今度からは彼女を自由にさせないことが大事だ。
「だから、次からは天使のメカから"アースブレイク"で奪ったときにシュートを撃つ。怯んで動けない間がチャンスだ」
だからディフェンス技でボールを取った直後を狙う。一点目にユウガメカにやった流れを、今度からはアツカメカに仕掛ける。恐らくユウガに空中戦はできない。対抗手段がある方を封じれば、得点は狙っていける。それがカナタの作戦で、ルミアも納得した。
「やられた……けどノルマは達成している」
「前半に一度キーパー技使わせることよね」
ユウガは先制されたことを悔しがるものの、当初の作戦は順調に進んでいることを自覚し気持ちを切り替える。コトリも当たり前のように作戦会議に混ざり、その作戦がミチルメカをキーパー技の使い過ぎで動けなくなるまで追い込むことだと復唱する。
コトリの見立てで二回が限度と信じ、息切れした後半に畳み掛ける。だから一点を先取された時点で一回使わせているのは上出来というわけだ。
「それに次は俺らのキックオフだ。ここでもう一度使わせて、後半で逆転だ」
「うん。止められても時間的にカウンターは間に合わない」
前半のうちに同点に追いつくのは厳しい。あと一度は使えるミチルメカのキーパー技を正面突破するだけのシュート技はない。一方、止められてカウンターされ追加点を入れられるほどの時間は残っていない。
「ああ。だからここは攻撃あるのみ」
「そうね。あのシュートをどう止めるかは、後半までに考えればいい」
ユウガとアツカのやることは決まった。前半の残り時間はとにかく攻める。欲を言えばシュートまで持ち込み、ミチルに二回目のキーパー技を使わせる。
ルミアのシュート技の対策を練るのはその後だ。
「どうする? ミチルキーパーに戻る?」
「いや、このまま。速攻でボール取って二点目いくぞ」
対してカナタたちの作戦会議は、相手のキックオフだがミチルメカをキーパーにせず、ルミアをディフェンス、残りをフォワードの布陣で迎え撃つと決まった。狙いは先制リードを守りきることではなく、追い討ちの追加点を入れること。
お互い点を取る気満々で、試合が再開した。
ドリブルで迫るアツカメカに、ハヤトメカがディフェンスにつく。アツカメカの武器は驚異的な加速。だが助走を与えなければ初速で勝るハヤトメカに分がある。すかさずボールを奪うも、アツカは瞬時にディフェンスに切り替える。
「パス出せ!」
「おう」
アツカメカのディフェンス技を食らう前にハヤトは味方にボールを回す。受けたのはミチルメカで、追い抜いたユウガメカが進路を塞ぐ。
ユウガメカは炎を纏ってパワーを上げ、マッチアップに強くなれる。その発動にはコントローラーボタンの長押しが必要で、準備しているうちにミチルは強行突破を図った。
「貰った!」
キーパーのいないガラ空きのゴールに撃ったシュートは、アツカメカに沈められた。ハヤトメカに向けて撃とうとしたディフェンス技の予備動作で空に舞った後、ゴール前へ滑空してシュートを空中で押し潰したのだ。
ボールはアツカメカに渡り、ハヤトメカとミチルメカのプレスより先にパスしてユウガメカに渡した。最後の砦、ルミアが立ちはだかる。
ドリブルで迫るユウガメカを、ディフェンス技の射程圏内まで引きつけるべくルミアは待つ。今度は操縦者の視界を邪魔する位置取りをせず、正面で構える。
そのとき異変が起こった。ユウガメカが地面から生えてきた枷に両足を止められ、走れなくなりボールだけが前に転がる。
「チャンスだ奪え」
「待て! それはユウガの」
思わぬ好機と捉えたカナタ。しかしこれは彼の判断ミスだ。ユウガたちの試合を少ししか見ておらず、彼のメカの必殺技は試合直前にハヤトたちから聞いた程度の認識だった。
「"アンロックブースト"!」
自ら課した枷を砕く勢いで飛び出しながらスライディングタックル。ルミアからボールを奪い返しつつ突破し、ゴールへと迫る。その手口はルミアがゴールを決めたときと同じ。ドリブルで突破せずわざと相手にボールを渡し、得意のディフェンスで取り返して代用する作戦を、そっくり返された。
そしてボタンの長押しも達成し、"スターファイア"を発動。スピードアップして無人のゴールへ駆けていく。
ハヤトメカが追いかける。ルミアメカも追走するが、スピードでは及ばない。段々と距離は縮まるが、途中からユウガメカが加速し、縮まるペースが落ちる。
だがここでルミアも加速した。ハヤトメカの初速も超え、急激な追い上げを見せる。
ユウガメカも負けじとさらに加速すると、ハヤトメカとの距離は広まる一方になるも、ルミアとの差は縮められていく。その速さはカナタの知るものではなく、唖然としつつも応援する。
そしてカナタはコートを見渡す。アツカメカは追走していない。ユウガメカがボールを失えば、そこで相手の攻撃は途切れる。
「ボール弾くだけでいい! 頑張れ!」
マイボールにしなくていい。とにかくユウガからボールを離すよう、ルミアに呼びかける。だがルミアは動揺して足が重くなった。そのペースダウンがユウガに隙を与え、ゴールを許し1―1の同点となった。
ルミアは最初の試合で、ボールを弾いてシュートを阻止したが他の相手に拾われゴールされた。だからキープするよう意識するようになり、今のも間に合う自信があった。
だからかつて失敗したときと同じようにやれと言われ、迷った。今回は相手に取られないと見えていなかったルミアは、カナタの意図が読めなくて、プレーに支障を来した。
「ルミア!」
「えっ!? あ……」
前半の残りの僅かな時間に懸けてリスタートするも、反応が遅れたルミアのトラップミスでボールが転がり、そのまま前半終了を迎えた。そのとき初めて、試合が再開していたことに気づく。しかし手遅れ。ルミアはそこで立ち尽くし、カナタたちの顔を見るのが怖くて俯いていた。
カナタはルミアの異変が気になるが、先にアツカに聞いて確かめた。なぜさっきユウガと一緒に攻めにいかず、メカを棒立ちにしていたのかを。
「なんで一緒に攻めなかった。コイツが頑張ったのが無駄になるかもしれなかったのに」
「ユウガ一人なら何とかできるって思わせてやりたくて」
話が聞こえたユウガはカナタがなぜ相手チームの連携にダメ出ししてくるのかと困惑し、そしてアツカは淡々と答える。
それは自分まで攻めにいったら相手は諦めの姿勢になるかもしれず、ギリギリまで希望を持たせユウガ一人で破ることで、余計に心を折ってやりたい。そんな願いから、アツカは傍観を選んでいたのだ。
「……そういうことか」
カナタはまんまとアツカの術中に嵌まったことに気づく。彼女の言う通り、ユウガ一人なら凌げると思い込んだ。けれどもルミアはそう思っていなかった。コートの中と外では見れる景色が違う。パートナー同士の認識の差が、思考のズレを招きルミアに不信感を与えてしまった。
「ごめんルミア」
カナタは早速謝りにいく。ルミアに出した指示の意図、中と外での認識の差。気持ちを切り替えられずプレーを無駄にしたことも、彼は自分の責任と捉える。
「あのミスは俺のせいだ。俺とお前で見える範囲が違うことを考慮できていなかったから、あんなこと言われて迷わせてしまった」
ルミアのサッカーのミスは責めない。かといって自分が招いたミスからは目を背けない。そんなカナタは自分のせいでルミアにミスさせてしまったと謝り、次から挽回しようと決心した。
「だからチャンスをくれ。俺がお前たちを勝利に導く」
そのためにはルミアには、これまで通り信じて動いてもらいたい。パートナーでいてほしいと訴えかけ、ルミアは頷いた。
「私にも、チャンスをください」
「ああ。二人で……皆で勝つぞ」
責任を感じるのはルミアも同じ。カナタと同じ気持ちと気づいたルミアは迷いを捨て、後半に向け気合いを入れた。