10話 運命的な出会い
中学二年生の二月、すなわち先月。大船切裏は"同期"の三人から一週間遅れて特殊能力に目覚めた。三人とは仲良くやっている。現にその一人、戸塚智絵とチームを組んでこのイベントに出場している。だが、自分が加入する前に三人が経験したイベントの思い出話に混ざれなかったことがあったり、時折疎外感を覚える。
そんなとき、コトリに仲間ができた。一週間遅れて特殊能力に目覚めたのは田浦夕雅。他校生ではなく同級生だったということを運命に思い、コトリは異性相手ながらも彼に積極的に関わりにいった。
ユウガは至って普通の男子だ。授業は真面目に受けて、昼休みはクラスメイトと鬼ごっこで遊んで、オンオフがはっきりしている。ただ手先が不器用なのか、家庭科でミシンを使うときは毎回糸を絡ませてしまうトラブルメーカーな一面もある。
しかしそれは彼の特殊能力に起因するものではなく個性。元から苦手なだけだ。
けれどもコトリにとってのユウガは、彼の特殊能力が目覚めて以降は特別な存在になった。同じ能力者として彼のことを知り、他の能力者に彼を知ってもらうために中継役になったり、彼が窮屈な思いをしないように済むよう行動した。
知ろうというコトリの厚意はいつしか好意を芽生えさせ、一ヶ月後に告白する計画を立てた。だが僅か一週間後、ユウガが好きな相手を見つけたことで白紙になってしまった。
それでも諦めずアプローチを続け、このイベントにも二人きりでチームを組んで出るはずだった。同級生による事実上の妨害によってチームを引き裂かれてしまった。
「頑張れー!」
ユウガを応援したい気持ちと、自分の居場所を奪ったチームメイトへの怨嗟、二つの心があるコトリは、今から試合をする彼らを観戦する。
「ありがとー!」
そして応えてきたのはチームメイトの福俵天使の方だった。満面の笑顔が悪魔のしたり顔に見えてしまいコトリは自己嫌悪に陥る。肝心のユウガは試合に集中して、振り向いてもくれなかった。
溜池彼方が合流し、試合のメンバーが揃った。カナタは試合相手を確認する。マッチングはチームメイトに任せて、その間はパートナーのルミアの特訓に付き添っていた。
そして対面し、二つ前の試合で見かけた人たちだと気づいた。
「コイツらか? さっき二人で試合してなかったか」
「ああ。三対二でいいってよ」
カナタはユウガたちの試合を終盤だけ見たが、そのときはアツカ二人でやっていた。このイベントは二人か三人でチームを組んで出場するが、同人数でのマッチングというルールはない。あくまでもコンテスト。勝者を決めるものではない。
現にカナタたちも一度三対二でコトリのチームと勝負した。だから相手が合意というのなら、今回もそれでいいと思った。
「よろしく」
「おう。君が例のメカ使いだね」
「ああ。こいつはルミア」
カナタは他の参加者と違い操縦せずメカの自我に任せて試合に出ている。会場に向かう途中に拾ったメカで出場を決めたわけで、彼が特別というのなら、それは運命的な出会いによるものだ。
カナタはルミアを捨てた者がこの会場にいると推測しており、今のユウガの言動に警戒した。だがルミアは彼の顔を見てもノーリアクションなので、無関係と捉えた。
それよりカナタが気になるのはユウガのチームだ。
「えっと、二人は付き合っているの?」
「いや別に」
「違うよ!」
男女二人で組んでいるからそういう仲かと気になったがユウガは否定し、外野からもう一人割り込んで否定する声が響いた。発言者はアツカではなくコトリで、カナタのチームメイトたちは、なんだこいつと呆れている。
それはアツカが悪乗りしてユウガの彼女アピールをしないよう牽制するための圧だ。
「いい? ユウガとその子はそういうのじゃないから」
「お、おう……」
軽はずみな質問を投げたカナタに、コトリが詰め寄ってくる。彼女とはさっき試合をしただけで今日が初対面なので、戸惑いが先に出る。
「言ってなかったな。コトリはユウガと出るはずだったそうだ」
「俺らと同じようにな」
鎌ヶ谷速と佐倉満がカナタに説明する。彼がいないところでコトリたちと試合の交渉をしていた彼らは、彼女が当初ユウガと出る予定だったと聞いている。急遽変更になったのは、カナタたち三人も同じだ。
そしてその一言でカナタはユウガとコトリ、アツカの関係を察した。彼の取り合いにおける勝者と敗者だと。
「かわいそうって思ってるよね」
「いやそんなこと」
カナタは内心を見透かされ、肯定すると怖いので否定に逃げた。後退りする彼を助けようと、ルミアはコトリに放水を浴びせる。
「ありがとうルミア」
カナタはお礼を言った。ロケットパンチを飛ばしたり必殺技を撃ったりするよりはよっぽど安全な迎撃だったので注意はしなかった。
じゃじゃ馬を追い払ったところで、いよいよ試合の作戦会議。カナタはユウガたちがコトリたちに0―1で負けたことは知っている。失点の瞬間は見ていないから実力負けか不運かは、終始観ていたハヤトたちが知っている。
「相手は二人とも鉄壁の守備が強み。シュートを撃つ前にディフェンス技で阻止してくる」
「ああ、さっきの試合の最後」
それはカナタにも心当たりがある。コトリが追加点を入れるかと思った矢先、アツカが必殺技で封じてタイムアップを迎えて、勝ったのに悔しがっていた。
アツカが止めにくる前にユウガがゴール前に立っていたから、もし彼女が来なくても彼が止めにいっていたようにも思える。
「逆に言えば、一点に抑えられたってことか。あの二人を相手に」
コトリのチームは二人ともシュート技を持つ得点力が強みで、カナタたちも前半で二点入れられた。後半はミチルがキーパー技を習得させて無失点に抑えたが、ユウガとアツカは前後半合わせて一失点。
「まあ次やれば最初から止めてやるけどよ」
「二回が限度じゃん」
ミチルはメカに必殺技を持たせたのが後半からだったから前半は防げなかった点に対し、次は最初から使える状態で試合をするから防げると言い張る。
しかし必殺技が強力な反面、使用は一試合に二回まで。後半まで保たないだろうとハヤトに突っ込まれる。
「これ勝ったら次カリンたちだけど、負けたらリベンジしにいくか?」
「いいぜ」
ユウガたちと試合の交渉をしたとき、次の予定も立てておいた。この試合に勝った方が先に、あるチームに挑めると。それなら一人少ない彼らが不利だが、それで勝てないようでは挑む資格はないと言い張り、三対二で受けたのだ。
「なあ、今回はキーパーなしでどうだ?」
カナタは作戦を提案した。今回の相手の得意分野とその攻略を考えて、まだ一度も実践したことがないながらも発言した。
「キーパーなし?」
「0―1で向こうは一点も取れてない。得点力がないとミチルの必殺技が活かしにくい」
「確かに」
ミチルがメカに習得させたキーパー技は一つ。それは限界を解除したパワーを出させるゆえに二回が限度。強いシュート技を止められる反面、それを持たない相手には宝の持ち腐れというわけだ。
その意見にはミチルも納得した。ユウガたちは前の試合でキーパーのいないコトリチーム相手に無得点で、攻撃面は脅威ではない。
「キーパー抜きってのは、さっきの相手がやってたな」
「ああ。だから動きはあんな感じでいいと思う」
三人チームでキーパーなしの布陣や立ち回りは初めてだが、カナタたちが一つ前に試合した相手が参考になる。守備の薄さが目立つこともなく、フォワード二人で攻撃もでき、どっちが勝ってもおかしくない良い勝負だった。
「守るのは点取ってからでも遅くねえしな」
「ああ。そしたら今までのに戻していいかも」
ポジションはタイムを取れば、陣形はいつでも試合の途中で変えられる。そして一点でも入れたら後はタイムアップまでゴールを守れば勝つわけで、その際は今まで通りキーパーにミチルメカを置く。
「けど今まで毎回先に点入れられてるからな」
「確かに。別にそういう作戦でもねえのに」
問題は前提となる先制点を達成。これまで二試合とも相手に先制されている。先に取るつもりで勝負をしているのに、相手のリズムに変えられてゴールされてしまっていた。
「……二回とも相手ボールでスタートだった」
「そうじゃん!」
カナタの思いつき、ミチルもハヤトも頷く。そもそも前半は相手ボールで試合を開始したから、点を取るにはまずボールを取るところから始まる。一方で後半は彼らのキックオフで再開するから逆に有利になる。
「キーパーなしはボール取ってからにするか?」
「そうだな。マイボールで開始なら最初から」
試合がどっちから始まるかで、この作戦を開始のトリガーが分岐する。作戦自体は一つで、三人全員で攻める。これでチームの意見はまとまった。
ハヤトとミチルはその通りにメカを操縦するだけだがカナタの違う。自我を持って動くルミアに任せたり、都度指示を出す。
作戦会議はルミア自身も聞いていたが、彼が伝えるのはルミアの立ち回りだ。
「というわけで今回は三人で攻める。それで一点取りにいくが、もしボールを取られたらあの技で止めてほしい」
キーパーなしの全員で攻めて、失敗したらそこで終わりではない。ルミアのディフェンス技の出番だ。直接相手から取りにいくか、撃たれたシュートを弾くか。必殺技"アースブレイク"ならそれができる。
ルミアは頷く。キーパーがいないサッカーへの理解があり、反対しない。その結果失点して、責められる覚悟はできている。
「でも、止められなくてもいい」
「え?」
「取り返す作戦を考えるし、負けたら俺の責任だ」
しかしカナタは責めないと言い、ルミアは戸惑った。責めない理由は一点取られただけで負けにはならないことと、負けたところでルミアは指示通りやったことにある。
「ん? どうかしたか」
「私、怒らないの?」
「怒るのはサッカーじゃないことをしたときだけだ」
言われてルミアは気づいた。カナタは一度もミスを責めてこない。壁を壊そうとしたり、コントローラーを壊そうとしたり、相手のメカを壊そうとしたときはすぐに叱って、代わりに謝っていた。
彼はそういう人だと気づく。サッカーのミスは許すし、それ以外での悪い事は注意する。それがルミア自身の判断だとしても、そう改造されているのを踏まえて指示を出さなかった彼がパートナーとして責任をとり、改善の特訓にも付き添ってくれる。
別にルミアも怒られたいから破壊するのではない。指示を誤った解釈で実践してしまうのは悪い癖と自覚している。だからこそサッカーでのミスは責めないカナタのスタンスは、ルミアにとって新鮮なものだった。
「今回はカステラ食わないのか」
「頻繁に食べるもんでもねえし」
カナタは気合いを入れるときにカステラを食べるが、今回のイベントは一試合のスパンが短い。試合の度に食べると数が膨大になってしまうし、自分が試合に出るわけでもないからカロリーの消費が追いつかない。
前の試合で食べたばかりなので今回は見送りだ。
「まあ熱が入ったら途中で食べるかもだけど」
「確かに、何が起こるか分かったもんじゃないからなあ」
このタイミングでは食べないし、作戦通りに試合が進んだら終わるまでは食べないつもりだ。けれども必殺技や特殊能力で奇想天外な試合展開になることがある。今回の相手も二人とも能力者だ。
予想外の場面に直面し、攻略したい気持ちが昂った。前の試合で食べたのはその瞬間だった。
それがまた訪れないとは言い切れないからこそ、カナタはこの試合は今までより楽に勝てるとは思っていない。
「ああそうだ。今度は突撃されないよう気をつけろよ」
「余計なお世話よ」
予想外といえば、アツカは天使の翼を生やして飛来しコトリに激突してきた。元はといえばルミアのロケットパンチがコトリに命中し、心配して駆けつけたアツカが勢いあまって追撃してしまったわけで、今回も何かしらがトリガーとなってアツカとコトリがぶつかるかもしれない。
そう思うカナタは彼女に注意を促すが、機嫌を損ねたコトリは言い返してくる。
そして試合はカナタたちのボールでキックオフに決まると、作戦通り三人で前に出る。その布陣にユウガとアツカ、そしてこの布陣を初めて見るコトリも驚く。
新しいサッカーを見せてやると意気込む彼らの三試合目が始まった。