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Alice in Abyssal Oblivion  作者: エスティ
第2章 黄昏の人魚と海底の都
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chapter 2-13 邂逅せし魔災

 市場から離れた港の倉庫街、波止場の影に続く石畳の路地。


 潮風と魚の匂いが漂い、魔導灯が薄暗く揺れている。アリスは箒を構え、ただならぬ気配を追う。


 路地の奥、穀倉の近くへ赴くと、白い軽装鎧の少女が立つ。透き通る白髪が風に靡き、金十字の短いマントが揺れる。ジャンヌ・ピュセル。ルクステラ帝国のものと思われる聖騎士の服装に身を包む乙女を目の当たりにするアリス。水色の碧眼がアリスを捉え、細身の体から放たれる魔力が空気を震わせる。


 穀倉の屋根からアリスを見下ろすジャンヌ。


「やはり気づいていたか」

「昼間から私に目をつけていたのはあなたね?」

「如何にも。お前が魔障院の掃除番、アリス・ブリスティアだな?」

「ええ、そうよ。あなたは一体何者なの?」


 剣が届かないくらいの距離まで軽やかに降り立つ。


「私はジャンヌ・ピュセル。ルクステラ帝国の聖騎士。用は他でもない。お前に忠告を届けに来た」


 ジャンヌの声は澄んで低く、夜の静寂に響く。アリスは箒を構え、警戒する。


「今日は忠告されることが多いわね」


 剣の柄に手を置き、水色の碧眼を光らせる。


「カルド・プルミニストル枢機卿が聖剣ヴォーパルを奪った。その時に魔障院の掃除番を噂にしていた。あのお方はお前を帝都アティ・テルに呼ぶだろう。だがルクステラには来るな」


 アリスは箒を握り、レイシーとアティ・テル帝立大学への進学希望を話した件を思い出す。


「――聖剣ヴォーパル。聞いたことがあるわ。一振りで戦局を大きく変えてしまう魔力を持つと言われている伝説の魔導兵器。鞘なき聖剣とも呼ばれていて、今は自らを収める鞘を探すかのように、世界各地を彷徨っているなんて噂だけど、本当にあったのね」

「ほう、魔障にしては博識のようだな。そうだ。聖剣ヴォーパルは実在する。悪いことは言わん。ルクステラには決して来ないことだ」

「どうしてルクステラに行ってはいけないの?」

「カルド枢機卿がお前の力を利用しようとしているからだ。お前がアティ・テル帝立大学を目指していることも既に存じておられる。カルド枢機卿は皇帝陛下より直々に政務を命じられた宰相。あのお方の手にかかれば、お前1人を進学させるくらい造作もない」

「断ると言ったら?」


 水色の碧眼が鋭く細まり、剣を鞘から半分ほど引き抜いた。


 刃に青い炎が走り、月光を反射して路地を照らす。


「愚かな選択だ。カルド枢機卿は聖剣の力でルクステラの覇権を握るだろう。お前は駒になる。各国の脅威であるスラッジオをいとも容易く討伐するほどの腕前だ。もしルクステラに来るなら……斬る」


 アリスは箒の穂先を輝かせ、鉄槌の形へと変えた。


「私の夢は教職に就いて、魔障の未来を変えることよ。進学は教職に就ける唯一の機会なのよ」


 ジャンヌは剣を完全に抜き、青い炎が刃を包む。


「無駄なことだ。運命は既に決している。最後に星詠みの力を使った時のことだ。私は未来のルクステラの光景を見た。帝都アティ・テルは壊滅し、燃え盛る大地と化していた」

「どういうこと?」

「私には未来が見える。いや、厳密に言えば、少し前までは未来が見えていた。私は星詠みの力で最悪の未来を予見し、ルクステラの民に幾度となく伝えてきたが、予見が当たる度、民からは魔災として忌み嫌われてきた。私は人知れず先回りし、最悪の運命を回避してきた」


 剣を構え、聖騎士の威厳が路地を圧する。魔力が空気を震わせ、アリスの箒と共鳴する。


 今ここで戦っている場合ではない。そうと分かりつつも、戦うことを楽しんでいる自身の姿にアリスは胸を高鳴らせた。体が戦いを求めているようだ。


 しかし、理性が僅かばかりに勝り、アリスを正気に戻らせた。


「ジャンヌ、あなたが私の行く手を阻むというなら、あなたをお掃除するわ。場所を変えましょ。たとえあなたが私を斬る権利を持っていたとしても、王都の人々に迷惑をかける権利はないわ」

「――純真な心を持つ少女と聞いたが、噂は本当のようだな」


 頬が緩むジャンヌの剣が鞘へと収まり、青い炎の気配が消えた。


「安心しろ。今日は忠告しに来ただけだ。お前の言うことにも筋が通っている。だが、もしお前がルクステラに上陸するようであれば、容赦はしない――!」


 ジャンヌがアリスの後方に目をやると、囲むように水色の魔法陣が出現させ、一瞬にして姿を消した。


 アリスの後ろから慌てて駆けつけるトランプ兵の足音が聞こえた。


 穀倉の影に隠れると、スペード隊とクローバー隊が捜査を始めた。


 魔力探知機を使い、気配を追うが、一向に見つからない。やはり魔障の微弱な魔力までは読み取ることができない。トランプ兵は気づくことなく、アリスのすぐ横を通り過ぎた。


 ホッと胸を撫で下ろすアリス。


 ふと、魔障盗賊団の言い伝えを思い出す――。


 トランプ兵が魔障盗賊団の捜索を困難にしている要因は、魔力探知を受け付けない魔力の弱さにある。


 隙を見て走り出し、ワンダー号へと戻るアリス。


 こっそりと船内に戻ろうとしたところ、甲板の上には呆れ顔のアシュリーが佇んでいる。


「!? アシュリー、どうしたの?」

「こっちの台詞。アリス、どうしてこんな夜更けに外へ飛び出したわけ? 夜番のトランプ兵が巡回している時間帯よ。わざわざ危険を冒してまでどこへ行ったの?」

「人の気配がして、倉庫街まで追いかけていただけよ。心配させたなら謝るわ」

「それで? 何か収穫はあった?」

「ええ。ジャンヌ・ピュセルという人に会ったわ?」

「ジャンヌ・ピュセル!?」


 半開きだったアシュリーの目が度肝を抜かれたように大きく開き、困惑する。


 しかし、すぐに呆れ顔へと戻り、今度はアリスが不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」

「あなた、夢遊病にでも罹ったんじゃないの?」

「失礼ね。私は至って正気よ。ルクステラから来たみたいだったけど、聖騎士の服装だったわ」

「でしょうね。何か言われた?」

「もしルクステラに来たら斬るって」

「脅迫ね。でも、何となく分かる気がするわ。他には?」

「星詠みの力で最悪の未来を回避してきたって言ってたけど、本当かどうかは分からないわ」


 アシュリーが夜空を見上げ、輝く星々を目に焼きつけた。


 同様にアリスも顔を上に向けると、ブリスティア魔障院で過ごした日々を思い出す。


 船内に続く扉をゆっくり閉じると、アシュリーが甲板の手摺りに肘をついた。アリスも隣に並びながら肘をつき、夜風にブロンドの髪を靡かせた。


 港の近くにいたトランプ兵が一斉に引き上げていく光景が見えた。


「ジャンヌ・ピュセルは千年戦争後期にルクステラ軍で活躍した聖騎士の乙女よ」

「千年戦争後期? ――そんな……私は確かにこの目で……」

「だから夢だって言ってるのよ。今から434年も前の歴史人物で、しかもルベルバス軍に捕まって処刑されているわ。夢でもない限り、会うなんて不可能よ」

「嘘じゃないわよ! トランプ兵の気配に気づいて、すぐ魔法で姿を消したところを見てるんだから!」

「どうでもいいけど、声大きいわよ」

「……」


 思わず咄嗟に口を手で塞ぐアリス。アシュリーは思わず目を細め、頬を緩めた。


 本当に夢遊病なのかと目を疑いながらも、アリスは箒を吸い込み口に変形させ、真相を確かめようと箒の中へ身を投げた。アリスのベッドの近くにはテーブルや椅子が置かれている。


 吸引機、バケツ、木槌、モップ、望遠鏡、雑巾といった魔導具がアリスを見守るように浮遊している。


 アリスはベッドに腰かけ、本棚に並べられている本の中から、千年戦争にまつわる書籍を取り出した。ページを捲り、硝子に覆われた蝋燭の灯を近づける。古びた紙にはインクの文字が踊り、挿絵が浮かぶ。


 身を乗り出し、ジャンヌの名が記された章を指で探しながら見つめる。


 歴史を履修していなかったアリスにとって、ジャンヌの話は盲点であった。本棚の中から読むことのなかった千年戦争大全第6巻を捲ると、細かな筆跡でジャンヌ・ピュセルの生涯が詳細に語られている。


 ルクステラ帝国の辺境ミレンド村に生まれたジャンヌ・ピュセルは星詠みの魔力を宿した少女として知られた。白髪と水色の碧眼、純白の軽装鎧に金十字のマントを纏い、青い炎を宿す剣を振るう姿はルクステラ帝国軍の象徴であった。星詠みの力は未来を予知することができるとされ、飢饉やクリーチャーの襲撃を幾度も回避したが、民衆からは魔災と呼ばれ、忌み嫌われた。ミレンド村の水晶の木に囲まれたジューヴォ教会の修道女に拾われて育った孤児のジャンヌは神への信仰を深めた。星詠みの予知が飢饉やスラッジオの襲撃を告げ、やがて生みの親を失うと、孤独な放浪の末、教会に戻り、聖騎士の誓いを立てた。


 ジャンヌの剣は青い炎でクリーチャーを焼き払い、ルクステラの辺境を守った。千年戦争後期、ルクステラ帝国はルベルバス王国との領土争いで疲弊していた。ジャンヌはルクステラ帝国軍を率い、星詠みの予知で敵の奇襲を防ぎ、青い炎の剣でスラッジオや敵兵を討った。戦功は聖騎士の乙女として讃えられ、皇帝の信任を得た。だが星詠みの力は正統教の枢機卿から異端視され、貴族の猜疑を招いた。鞘なき聖剣とも呼ばれ、ジャンヌの家宝とされる聖剣ヴォーパル。千年戦争後期において、時空をも切り裂く神の武器を遂に兵士たちの前で抜いた。戦場で聖剣を振るい、敗北寸前の帝国軍を奮い立たせた。


 聖剣の浄化の力は敵を滅したが、制御不能な魔力はジャンヌ自身を危険に晒した。千年戦争は時を重ねるにつれ、ルベルバス王国軍が優位となっていく中、遂に重要拠点ニューゴルブを守り抜いた。聖剣の鞘が見つからぬまま、ジャンヌが手放すことはなかった。千年戦争の最中、王国軍の策略により、ジャンヌは捕縛された。星詠みの力が魔災とされ、正統教に基づいた異端尋問により、死刑宣告を言い渡された。ジャンヌはルベルバス軍の支配下にあった港町ドンマルノで火刑に処された。燃え盛る焔に包まれ、両手を握りしめながら祈りを捧げた。民衆が見たジャンヌの最後の姿であった。処刑後、亡骸は焔の中へと消えてなくなり、所有していた聖剣ヴォーパルは行方を晦ました。


 挿絵にはジャンヌの姿が描かれている。白い鎧に金十字の短いマント、青い炎の剣を構え、水晶の木に囲まれたジューヴォ教会の前に立つ。もう1枚は火刑台の炎に包まれるジャンヌ。白髪が風に靡き、碧眼が星空を見上げている。ページの余白には、星詠みは神より授けられし力と古代文字で記されている。


 アシュリーが箒の中に入ると、気づいたアリスが古本を閉じた。


「分かったでしょ。ジャンヌ・ピュセルはルベルバスで処刑された。434年も前の事実よ。不思議とは思うけど、聖剣ヴォーパルの力が、ジャンヌの亡霊を呼び起こさせた可能性はあるかもね」


 アリスは箒を握り、倉庫街で見たジャンヌを思い出す。


 ジャンヌの水色の碧眼と青い炎の剣は同じだったが、挿絵に比べて髪が大幅に伸びている。


「夢じゃないわ。ジャンヌは生きてる。カルドが聖剣を奪って、それを彼女が追っているのよ」

「仮に生きているとして、どうして倉庫街にいたわけ?」

「……分からないわ」

「いずれにしても、ジャンヌの言っていることが本当なら、ルクステラは危険よ。それでも行くの?」


 アリスは手摺りに肘をつき、星空を見上げる。


 トランプ兵の甲冑が港の遠くで消え、夜が深まる。


「――考えておくわ。まずは深淵なる忘却の謎を探らないと」


 アシュリーは手を口に当てて微笑する。


「なら私は千年戦争の記録を掘るわ。ジャンヌの星詠みの力が本当かどうかも調べてみる」


 ふと、アリスの目に青い王宮が映る。


 エドウィンが言った言葉を思い出す――。


 白薔薇の女王を知り、青い王宮の地下にある開かずの部屋が真っ先に脳裏を過る。


 女王に辿り着く唯一の手掛かりだ。確かめるには侵入する以外の選択肢はない。


 王宮への侵入は重罪に値する。魔障が行った場合は更に罪が重くなる恐れもある。魔障盗賊団の所業を思い出し、アリスは躊躇の念が前面に押し出されようとしていた。真実を見つけるためならば、罪を犯してもいいのだろうかとアリスは悩む。ましてや食べていくためであっても葛藤はあるのだ。


 ――仲間だけは巻き込みたくないわ。


 青い王宮に侵入し、白薔薇の女王にまつわる手掛かりを探そうと、アリスは決意を固めた。


 太陽が姿を覗かせる前に、アリスは船内へと続く扉を開き、何事もなかったかのように床に就く。メイベルたちはハンモックの上に横たわりながら寝息を立てている。


 船長室で本を漁り続けるアシュリーを心配しながらも、アリスは大きく息を吐いた。

 錬金魔法は平和のためにのみ使われていた。だが大帝国の領土拡大を目指す欲深い将軍たちが挙って錬金魔法の適性者を募り、反対する者は全て除名され、やがて破滅を導くものと予感した。


 古代錬金魔術師ロレッタ・アルジェントの著書『禁忌の錬金魔法』より

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