chapter 2-5 魔岩窟
アリス一行は荷物の積み込みを終えると、高く聳え立つグラン鉱山を目指して歩き始めた。
しばらくして麓に到着する。木々は枯れ、作物は食べ尽くされている。
そこには何の秩序もなく、ただ強き者が弱き者を食らい尽くすだけの光景が突きつけられるかのように純粋な眼に映っている。表情を崩さないアリスとは対照的に、後ろに続くメイベルたちはキョロキョロと首を振りながら口元を震わせた。紛れもなく、道なき道に足を踏み入れることへの恐怖であった。
砂利を踏む足音がクリーチャーに聞こえないかを心配しながらも、グラン鉱山の奥へと進んでいく。
鉱山の洞窟内に明かりはなく、木製のトロッコは粉々に砕け散り、線路に至ってはクリーチャーと思われる魔物によって強引に食い千切られていた。
「随分暗いわね。誰かランタン持ってない?」
「持ってないわよ。洞窟の中を探検することは想定してなかったわ」
黙々と歩いていたアシュリーが小さな口を動かしながら言った。
ピクサーブが明かりを灯そうと手の平に魔力を集中する。
小さな熱の球体が手の平の上に出現し、熱の球体を覆うように炎が灯る。燃え上がる橙色の炎を見つめるアリスたちはピクサーブを羨ましく思いながらも称賛するように黙り込む。
基礎魔法の初歩とも言われる【火炎】である。炎が分身させるように散らばり、周囲に明かりとして漂い、アリス一行を照らした。包み込むような暖かさに笑みを浮かべるメイベル。
「これで洞窟内も見えるだろう」
「助かるわ」
「護衛だからな。もっと頼っていいんだぞ」
「……」
ピクサーブの逞しい後ろ姿を前に、ベラは思わず項垂れそうになり、人知れず息を吐いた。
突き当りに看板が見えた。この先関係者以外立ち入り禁止とあるが、地面には鉱夫と思われる靴跡がいくつも鮮明に残っているが、一方で奥に続くほど違う足跡ばかりが目立つ。
「ピクサーブ、何か分かる?」
「靴の形からして長靴と思うが、鉱夫は長靴を履くのか?」
「長靴は主に放浪者が履くものよ。素材が安くて長い距離を歩けるから重宝されていたわ。恐らく最後にここを訪れていたのは、グラン鉱山で一攫千金を狙っていた人ね」
「トレジャーハンターよ」
アシュリーがボソッと呟いた。洞窟内なのか、小さな声でさえ響くように伝わった。
かつて失われた大飢饉が発生した頃、一斉に失業した魔障や成人卒業を迎えた魔障の間で一時流行した自由業であった。トレジャーハンターの主な仕事は探索ではなく採取である。
採取した作物や資源を質屋に売り、人数そのものが増えてからは乱獲が相次ぎ、更なる物価上昇を招いたばかりか、王宮から直々に採取制限令を通達されるほどであった。追い詰められた魔障たちはいよいよ手段を選べなくなり、貴族の家に忍び込んでは金品をこっそりと盗み、闇市に収める日々を過ごした。
しくじった魔障が目撃した貴族の1人を殺害すると、トレジャーハンターの魔障が鬼の首を取ったように指名手配され、立て続けに捕らえられた。見せしめとされた魔障盗賊団とは異なり、彼らは永劫の獄へと収監され、裁断が下された後でグラン鉱山へと派遣され、多くは終身懲役刑とされた。
魔障だけではない。各地方から罪を犯した人間やアニマリーが派遣罪人として供給されていた。派遣罪人は1日1回のみパンと水を与えられるのみである。死の鉱山と呼ばれ、やがて誰も近寄らなくなった。
罪人はグラン鉱山で夜中以外は休みなく働かされ、仕事を怠れば鞭打ちだ。
雇用ではなく懲役であるためか、給与が出ることもない。
忙殺の嵐に見舞われ、1人、また1人と倒れていった。
しかし、どこを見ても遺体がない。恐らくはクリーチャーに丸呑みにされたとアシュリーは見ている。
「そんなことがあったのか。罪人とはいえ、ここまで過酷な死に方を強いるのか」
「リーフォレストではありえない?」
「ああ。ここまで過酷な実刑を見たのは初めてだ。我が主が如何に良心的であるかがよく分かる」
「罪人とは言っても、20年前の魔障たちに限って言えば、罪を犯さないと生きていけない立場に追いやられた人たちでもあるわ……むしろ被害者よ」
アシュリーが俯きながら拳を握りしめた。
「人間界は世知辛いな」
「人間界も、でしょ?」
「ハハッ、そうだな」
マルアスが陽気に笑ってみせると、アリスたちも釣られるように口角を上げた。
すると、何やら突き当りを曲がった先から呻き声がアリス一行の耳に入った。
違和感を覚え、頭よりも先に足が動く。光刺す方へ進むと、派遣罪人と思われる者たちが種族を問わず鶴嘴やスコップを持ち、地面には白銀の輝きを放つブリキの水筒、ライ麦パンが入ったバスケットがいくつも置かれている。人間だけではない。ゴブリン、リザード、魚人族、獣人族、蛙族といった種族が入り混じり、揃いも揃って目の下には黒い隈ができていた。
見張りは1人としていないが、それでも誰かに怯えるかのように体を動かしている。
1人がアリス一行に気づくと、次々に目線が集中する。身構えるように箒を召喚するアリス。
不思議そうにアリス一行の顔を見ると、1人の鶴嘴を持った細身のゴブリンが歩み寄ってくる。
「お前たちは何者だ? 格好を見る限り、新入りじゃなさそうだが」
「人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るのが礼儀というものよ」
「……俺はコッツ。かなり前からここで現場指揮を執っている」
「私はアリス。訳あってここの魔石が必要なの。もし良ければ採掘してもいいかしら?」
「別に構わんが、ここには俺たち派遣罪人を監視する支配者がいる。そいつを怒らせたら最後、全員ぺしゃんこに踏み潰されちまうぞ。悪いことは言わん。死にたくねえならとっとと帰れ。最近はめっきり新人が来なくなっちまったし、私はありがてえけどな」
「支配者?」
アリスが首を傾げると、コッツは高い鼻をアリスに向けながら赤裸々に話し始めた。
グラン鉱山には恐るべきクリーチャーが支配を続けている。
魔岩窟グランディオン。体の表面は黒い宝石のような岩で覆われ、所々に魔石や鉱物が埋まるように付着している。太く大きな腕と脚を持ち、ドラゴンに匹敵する巨体を誇る岩人である。
無論、縄張りにして狩場たるグラン鉱山の外に出ることはなく、魔石や鉱物を餌として食らい、派遣罪人を監視しながら鉱物資源を掘らせ、逆らう者は皆殺された。
「グランディオンは昔からいたの?」
「いや、昔は山岳地帯に棲む大人しいクリーチャーだった。ディオンと呼ばれる岩人で、聖域の守り神とされておったが、ある日から巨大化した真っ黒なディオンがグラン鉱山を乗っ取り、鉱夫たちを追い出しちまった。いつしかそのディオンは、魔岩窟グランディオンと呼ばれる存在になった」
「王都の新聞や掲示板にも……そんな載ってなかったわ」
「あの連中は都合の良いことしか載せないからな。もっとも、クリーチャーの巣窟と化しているグラン鉱山には誰も立ち寄らねえ。しかも一度入ったら最後、もう二度と出られない身分の奴ばかりだ。かく言う俺も魔障盗賊団に雇われて、計画に関与したというだけで終身懲役刑だ。ここを牛耳っていた貴族がいなくなって解放されたかと思えば、今度はグランディオンの支配下。まさに踏んだり蹴ったりだな」
「つまりここの支配者をお掃除すれば、あなたたちは解放されるのよね?」
自身の籠った声を放つアリス。コッツは目を細めながら耳を疑った。
「お前さんは正気か?」
「至って正気よ。あなたたちがどんな罪を犯したのかは知らないけど、おおよそ魔障盗賊団と関わりがある集団であることは見れば分かるわ。魔法で採掘しているのはアニマリーだけのようだし、仲良しそうにしている時点で、ここにいるアニマリーも魔障盗賊団じゃないの?」
「……ああ。アニマリーの中にも赤薔薇の女王に反発する勢力がいる。かつては俺たちゴブリンも反革命分子の一角だった。魔障盗賊団に入ったのは、王室が俺たちを省みることを期待してだ……だがそれも無駄だった。仲間たちは皆殺された。生き残ったのは派遣罪人としてここに送られた者ばかりだ」
「「「「「……」」」」」
コッツの言葉に共感するように、周囲の人々やアニマリーが首を垂れた。
鉱夫たちの願いはただ1つ。グラン鉱山から抜け出すことだ。
管理者たる貴族がこの場所を放棄した時点で終身懲役刑は形骸化している。
図らずも後を継ぐ格好となった魔岩窟グランディオンの支配により、反逆する者を容赦なく踏み潰し、足場を壊しながら闊歩する姿を思い浮かべ、体を震わせるコッツ。
「私に任せて。グランディオンをお掃除するわ」
「勝手にしろ。魔障院制服からして、お前さんは魔障だろう。奴は魔障が勝てるほど甘い相手じゃない。本来であればクエストが出るほどのクリーチャーだ。警告はしたからな」
コッツが持ち場へ戻ると、鶴嘴を振るい、硬い崖に打ちつける音を合図に、何かに憑りつかれたように再び作業へと戻っていく。スコップで地面を掘り、辺りには魔石が散らばっている。
逃げ出そうと思えばできるが、脱獄した者の末路が脳裏を過り、行動にも移せない。
脱出以前に諦めの感情が勝り、魔石を掘らなければグランディオンの格好の獲物だ。
少しばかり奥まで歩くと、派遣罪人が寝泊まりする小屋の他、パンを焼くための窯がある。
近くには湧水があり、滝のように澄んだ水が流れ出ている。
「クリーチャーがいるのに、どうしてみんな逃げないのかしら?」
「外の世界に居場所がねえんだ。俺にはあいつらの気持ちが手に取るように分かるぜ。あいつら、檻に入れられていた時の俺と同じ目をしてやがる」
「マルアスの話も悲惨だったけど、こっちはかなり深刻よ。ずっとここで働かされている内に、逃げる意欲さえ奪われてるんだわ。ここを出たら食い扶持の保障もないし」
メロディが哀れみの目を向けながら言った。
「まずは魔石を掘りましょ。みんな下がってて」
アリスが穂先を向けると、穂先は前後に形を伸ばし、鉄槌の形へと変わっていく。
箒を大きく振り上げながら崖に向かって助走を始めると、鉄槌の先に魔力を集中させた。
「【粉砕掃除】」
勢い良く箒を振り下ろすと、鉄槌が反り立つ崖を蹴散らすように粉砕し、崖の中に埋まっていた魔石や鉱物が姿を現し、音を立てながら岩が崩れていく。
メイベル、アシュリー、メロディ、ベラ、ピクサーブ、マルアスは開いた口が塞がらない。
無論、それは少し離れた位置にいた派遣罪人たちも同じであった。辺りに散らばる魔石や鉱物を拾い上げると、穂先を吸い込み口へと変形させ、中へ詰め込んでいく。
魔石は多種多様な色に輝き、初めて見る色合いに魅せられながら拾い上げていく。
コッツが大慌てで足を動かし、アリスのそばまで走り寄った。
「お前っ! 何やってるんだっ!?」
「何って、崖の中に魔石があるって聞いたから、崖をお掃除したのよ」
「馬鹿者! いきなり崖を破壊する奴があるか! 一歩間違えば大事故だぞ! それに――」
アリスとコッツの2人を大きな影が覆い尽くし、岩の拳がコッツに向かって弾丸のようにぶつかった。
「がはっ!」
吹っ飛ばされたコッツが崖にぶつかると、重力に従い、仰向けに倒れた。
すると、崖の上の岩が罅割れ、コッツの頭上に向かって落下する。
「コッツ!」
気がついたコッツが首を上に向けるが、既に距離が詰まり、最期を悟ったように目を瞑る。
何かが切れる音がコッツの耳にハッキリ聞こえた。恐る恐る目を開けてみれば、騎士の鎧を纏ったピクサーブが剣を構えている。すぐそばには真っ二つに切断された大きな岩が横たわっている。
「怪我はないか?」
「あ、ああ……」
「なら良かった。後はアリスに任せておけ。お前たちは今すぐここを出ろ。死にたくなければな」
「感謝する」
一言述べると、コッツは急いで立ち上がり、派遣罪人を煽り立てるように避難を嗾けた。
派遣罪人たちが糸が切れたように作業の手を止めると、一斉に道具を捨て、物陰へを姿を隠し、アリス一行の様子を固唾を呑んで見守っている。
アリスの目の前にいるのは、魔石の塊とも呼べる魔岩窟グランディオンであった。
穂先を再び鉄槌に変えると、箒に跨り、空高く飛び上がった。マルアスも両翼を広げ、悠々とアリスの隣に並ぶと、グランディオンの前に立ちはだかる。
両腕の拳を強く握りしめ、雄叫びを上げるグランディオン。
「かなり怒ってるみたいね」
「誰かさんが起こしちまったみてえだからな」
「寝起きは機嫌が悪いのね」
「どうするつもりだ?」
「決まってるでしょ。目の前の粗大ゴミをお掃除するだけよ」
アリスの鉄槌に魔力が集中すると、瞬く間に巨大化し、狙いを定めた。
上空から鉄槌を振り下ろすと、グランディオンの太く長い顔面に直撃し、砂埃が舞った。
「やったか!?」
マルアスが叫ぶと、砂埃の中からアリスの後姿が見えた。
岩が崩れる音が聞こえ、メイベルたちもまた、一斉に物陰へと隠れた。
魔導革命を推し進めたのは他でもない魔導王シルヴィアであった。千年戦争中期まではルベルバス王国が圧倒的優勢であったこともあり、魔導兵器を開発する余裕があったのだ。やがて有り余るほどの魔導兵器は魔導具と化し、民に活用されたが、この時は我が国の優位が1人の少女によって覆されることなど、誰も知る由もなかった。ある魔導兵器がルクステラ帝国に渡ったことが全ての始まりであった。
国王直属侍女オクタヴィアン・セクシアの著書『アトロウシャス・ガバメント』より




