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Alice in Abyssal Oblivion  作者: エスティ
幕間 災いの兆し
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chapter x-9 絵札親衛隊

 王宮へ戻るトランプ兵たちが召喚魔法を解くと、乗っていたトランプカードが光となり消滅する。


 多くは王都付近の外回りを担当していたスペード隊であった。王都の外は治安が悪く、いつ命を落とすか分からないことから俗に死番と呼ばれ、当番となる隊は前日に酒場へと赴くのが習わしであった。


 祝祭の日は隊ではなく班として市町村へと散っていき、祝祭の様子を順次報告する。


 スペードの2番班長、ハートの5番班長、クローバーの7番班長がトランプカードの消滅とほぼ同時に王都の石畳に足を着き、各班の帰りを待つトランプ兵長の元へと歩みを進める。


 トランプ兵長の前に各班長が集結し、右手で兜を取り、素顔を見せた。


「それでここまでノコノコと帰ってきたのか?」

「は、はい。アリスには近づくべからずとの仰せでしたので」


 各班長は叱責を覚悟した。ましてや世の嫌われ者、魔障に追い返されたのだ。


「……いいだろう。報告が済んだら持ち場に戻れ」

「「「えっ?」」」


 思わず耳を疑い、目を大きく見開いた。


「以前は魔障と関わっただけでも怒鳴っていたのに、何故です?」

「あれを見ろ」

「「「!」」」


 トランプ兵長が指差した先には、派手な色彩を帯びた甲冑を着用する絵札親衛隊の面々が闊歩する。


 王都民は口を開けたまま道を開け、トランプ兵長や各班長も道の端に整列する。


 絵札が描かれたトランプ兵の1人、ジャック・ネイブが赤いマントを羽織り、祝祭の監視をしながらも煌びやかな馬車の中にいる王族や貴族の護衛として先導し、人々に道を開けさせている。


「あの派手な甲冑は何ですか?」

「あれは絵札親衛隊の甲冑だ」

「絵札親衛隊って、王族や貴族に付属するトランプ兵の将軍じゃないか」

「そんなに偉いのか?」

「偉いなんてもんじゃねえ。王族や貴族の中でも特に戦略や戦術に優れた者しかなれないんだ。この前ここにおられたアルバン様も絵札親衛隊の出身だ」


 残酷なことに、トランプ兵にも厳格な序列が存在する。


 1番から10番は各魔法都市や市町村を警備し、治安維持を任務とする。非常時は文字通り兵士として軍に加わり、戦地へと駆り出される。出世するほど数字が下がり、甲冑も立派になっていく。特に実績に優れた1番はエースと呼ばれ、主に前線指揮官を務める。勤続10年以上で数字に関係なくトランプ兵長選抜資格を得る。門番や新人指導が主な任務となるが、其の実、トランプ兵長とは名ばかりの称号でもあった。事実上の便利屋としてどこへでも駆り出され、あまりにも役割が多過ぎるために誰もやりたがらない職務だ。トランプ兵は重度不祥事以外の理由で解雇されることがない。そこで人員削減を目的としたトランプ兵長の選抜が行われ、用途に耐えられない者の多くが自主退職を余儀なくされる。


 一方、絵札親衛隊と呼ばれるトランプ兵は王族か貴族の中でも特に剣術や魔法に優れた者から選抜されることで就任する。エースと同等の権限を持ちながら王族や貴族の護衛として過ごし、非常時には将軍を務めるのだ。国王、女王、騎士の顔を冠した絵札の紋章が描かれた甲冑を着用している。どれほどの実績があろうとも、平民出身者は就任資格すらなく、王族や貴族というだけで将軍となった者たちにひたすら顎で使われ、トランプ兵の中には鬱憤を晴らそうと、より立場の弱い平民を虐げる者もいる。


 馬車が停まり、貴族と思われる1人の女性が両手でスカートを捲りながら降りると、意気揚々と建物の中へと入った。ジャックは馬車を停めたまま立ち尽くしている。


 気紛れで馬車が停まる光景は珍しくない。魔法都市へと出向けば土産物の1つを買って帰るのが王族と貴族の嗜みだ。散財せずして身分は成せずを合言葉に、どこかへ出かけては金回りに勤しんでいる。


 偶然にもトランプ兵長とジャックの視線が一致する。


「これはこれは、兵長ではないか」

「ご無沙汰しております。ジャック様」

「お前も大変だな。あんな()()さえ起きなければ、今頃はエースだったろうに」

「お気遣い、痛み入ります」


 目を細めながら見下ろすジャックに対し、頭を深々と下げるトランプ兵長。


「まあ戦場へ駆り出されないよう精々祈ることだな。この前スラッジオ討伐に赴いた部隊が全滅したと聞いた。しかも徴兵された者の多くが、各地で席を埋めるだけの仕事をしていた兵長たちとはな。女王陛下も合理的なことをお考えなさる」

「おい、あまりにも失礼ではないか!」


 まだ新人と思われるトランプ兵が前へ出ると、相手が誰かも分からぬまま指差しながら口を開いた。


「よせ。このお方はトランプ兵の将軍、絵札親衛隊の隊長だぞ」

「……ご無礼しました」

「そこらのトランプ兵と一緒にされては困る。俺たちは今を時めく絵札親衛隊だぞ。行く行くは就任するであろう王国軍大将候補生と言っていい。お前たちとは住む世界が違う。よく覚えておけ」


 ジャックが忠告するように能書きを垂れた。


 建物から現れた貴族を迎え入れるかのように客席の扉を開けた。


 御者に合図を送ると、再び馬車の先頭に立ち、他の絵札親衛隊と共に馬車を囲み、道を開けるよう催促するかのように堂々と足を高く上げながら闊歩する。


 ムウニ・ディンロ市場の外へ出ると、正門にいるトランプ兵には目もくれず王都の外へ出た。


「何が絵札親衛隊だよ。たまたま貴族に生まれたってだけで偉そうに」

「魔障も俺たちに同じ思いを抱いている。満足に魔法を使えるというだけで、我々は魔障に対して傲慢な立ち振る舞いをしてきた。より立場の弱い者を虐げる構造だ。誰1人として今の体制に目を向けさせないためのな。我々も根本はジャック様と変わりないのかもしれん」

「「「……」」」


 3人のトランプ兵がアリスの言葉を思い出す。最後に見たアリスの視線は冷たく厳しいものだ。


 ジャックの後姿が見えなくなるまで目で追っている自らの立場と重ねた。トランプ兵たちは自らの言動に初めて疑問を覚えた。いくら王命とはいえ、何故魔障というだけで、祝祭への参加が不当に制限されるばかりか、進学に雇用までも規制されなければならないのかと。


 トランプ兵長が哀愁漂う背中を向け、大きく息を吐いた。


「兵長、ジャック様が仰っていた事件というのは?」

「大したことではない。今から20年ほど前の話だ。私は先代王の下で徴兵され、カエルバスとの戦争後は他に仕事がなく、トランプ兵の仕事に就いた。私が最初に引き受けた仕事は、魔障による強盗事件の解決だった。あの頃は丁度失われた大飢饉(グレート・ロスト)の影響で人々が仕事に就けず、私も兵士として雇われる以外に働く手段がなかった。だが最も大飢饉の影響を受けたのは魔障だった。多くの魔障は合格卒業すらできないまま、魔障院を成人卒業した。各地を巡っても仕事に恵まれず、生活苦に陥った魔障たちが立て続けに強盗事件を起こすようになった」

「強盗事件と兵長がエースになれないことと、一体何の関係があるんです?」

「――今だから言える話だが、私には魔障の友人がいた。グレイシャー・フロスト」

「……グレイシャー・フロストって、永劫の獄に収監されている凶悪犯じゃないですか!」

「今はそうだ。だが昔のグレイシャーは、眩しいくらいの好青年だった……」


 トランプ兵長は空を見上げ、かつての友を憂い、懐かしみながら追憶する。


 内に秘め、忌まわしき記憶として封印していたが、一瞬たりとも忘れることはなかった。


 20年前――。


 グラシード村のインギルドで意気投合した2人の青年が酒を飲み交わしていた。


「いやー、みんな揃って仕事に困るなんてなー。ついてねえよ」

「お前さんは戦争に駆り出された経験を買われてトランプ兵の仕事か。羨ましいよ」

「本当は進学したかったんだがな、貧しい平民の生まれってところに大飢饉だ」

「「「「「はははははっ!」」」」」


 人々の人生が入り混じり、酒の勢いに任せて高笑いするが、それは傷の舐め合いに他ならなかった。


 グレイシャーを通して魔障の事情を理解し、多くの魔障は基礎魔法も固有魔法も使えないまま、仕事にありつけず、途方に暮れていたが、グレイシャーは希望を捨てることなく夢を語る。


「俺さー、いつか魔障院を建てて、多くの魔障がどんな時代を迎えても生きていけるようにするんだ」

「良い夢じゃねえか。応援してるぜ」

「後は結婚だな。普段は貧乏暮らしでもいいからよ、たまには家族揃って旅行にでも行きたい」

「きっとできるさ。私もいつかはエースになって、ルベルバスに多大な貢献をしたいものだ」


 励ますように微笑みながらトランプ兵が言った。


 しかし、時代は魔障の細やかな夢さえ許さなかった。


 賑やかなインギルドの酒場だが、裏では多くの魔障が切羽詰まり、強盗計画を立てていたのだ。


 王宮貯蔵庫は夜中の間、日付が変わる僅かな時間のみ警備が薄くなることを魔障たちが聞きつけた。


 漆黒なる強盗計画は予定より速やかに実行され、魔障たちによって数十枚の白金貨が盗まれたのだ。


 この日、不運にも王宮貯蔵庫の見張りを務めていたのは、魔障たちの黒い噂を聞きつけていたグレイシャーの友人にして、王宮守護任務に就いていたトランプ兵であった。


 強盗の1人を伸びる鎖で巻きつけるように捕らえると、頭部を覆っていた布を乱暴に解く。


「観念しろ! もう逃げられんぞ! ――お前っ! 何故ここにっ!?」


 見覚えのある顔に、兜越しに口が開いたまま塞がらなかった。


 トランプ兵が目撃したのは、他でもないグレイシャーの姿であった。


 目を疑い、絶句するまま立ち尽くすトランプ兵。


「おいおい、クローバーの10番隊は警備が下手って聞いてたのによ。まさか戦争で実績のあるお前さんがクローバーの10番隊長だったとはな。とんだサプライズだ」

「グレイシャー、一体どういうつもりだ? 冗談で済まされる問題じゃないぞ! 寄りによって王宮貯蔵庫に忍び込むなど……平和な結婚生活をしながら魔障院を建てるんじゃなかったのか!?」

「ああ、そうだ。あの言葉に偽りはねえ! でもよ、俺たちはたまたま大飢饉の時期に成人卒業した魔障ってだけで生活すら満足に営めねえ! こんなの不公平だろ! 他の連中は戦争特需で良い思いして暮らしてるってのに。なあ、見逃してくれよ。俺とお前の仲だろ。なっ?」


 僅かな希望に身を委ね、不穏な笑みを浮かべるグレイシャー。


 跪きながらも巻かれている鎖をジャラジャラと鳴らし、情状酌量を懇願する。


「……それはできない。私は王宮に仕えるトランプ兵だ」

「俺たちを裏切るってんなら、こっちにも考えがあるぞ」

「私がお前を裏切ったんじゃない。お前が王国を裏切ったんだ……兄弟同然と思っていた。なのにこんな重罪を犯すとは……残念だ」


 気の抜けた声を発しながらも、更に強い力で鎖を握りしめ、地面を引き摺るように連行する。


 後日、グレイシャーを含む強盗全員が逮捕されるに至った――。


 クイーンズランドは混乱を避けるべく強盗事件を伏せようとしたが、魔障の強盗たちによって盗まれた白金貨が王都の中で王都民に発見されたことで大変な騒ぎとなり、遂に新聞にまで掲載された。


 インギルドで撮られていた写真には、主犯グレイシャーの隣に1人のトランプ兵が腰かけ、情報交換と思われるやり取りを行っていたと言わんばかりの見出しであった。


「私は共謀を疑われた。すぐに晴れたが、凶悪犯と交友関係にあったことは立派な不祥事だ。これが響いて将軍たちから目をつけられ、夢にまで見ていたエースの道は潰えた。私は魔障の行いに失望した。一方的に恨みすら抱いていた。アリスと出会うまではな」

「そうだったんですか……」

「昔のことだ。今更気にする必要はない」

「でも酷いですよね。兵長を裏切るなんて」

「魔障が不当に扱われ、飢饉が続く世でなければ、グレイシャーはごく普通の青年として、平穏な暮らしを手に入れていたはずだ。残酷だが、斯も人の運命とは、些細な星詠みの悪戯1つで、いとも簡単に変わってしまうものだ。そのことを決して忘れるな」

「「「はいっ!」」」


 トランプ兵たちが同時に右手を額に添えた。


 祝祭を粛々と監視するべく、トランプ兵たちは再び持ち場へと戻っていく。再びグレイシャーの顔を思い出し、1人余韻に浸り、近くで常連が騒ぎ立てるパブランドンへと赴いた。


 レイモンドがジョッキいっぱいに琥珀色のビールを注ぎ、常連に手渡している。


 ジョッキを打ち鳴らす光景を見守るトランプ兵長。


 ――アリスがいなければ、こんな微笑ましい光景は二度と見られなかった。


「おっ、兵長さん。あんたも飲んでくか?」

「いや、私はいい。誰かが問題を起こさないよう見張る必要があるんでな」

「相変わらず固いねぇ~。今日くらい肩の力を抜いてもいいんじゃねえか。祝祭なんだからよ」

「……1杯だけだぞ」


 常連が居座るカウンター席に加わり、隣の客とジョッキを打ち鳴らす。


 トランプ兵長の凍りついた心に一筋の風穴が空き、漏れるように光が差し込んでいた。

 戦いに敗れ、王位継承権を失い、藁にも縋る想いで異界の門を潜り抜けた。異界の者たちは好戦的ではあったが、話せば分かる良き友でもあった。軍を集い、力を蓄え、再び相見える定めであろうか。


 白薔薇の女王ベティー・オブ・ウッドヴィルの著書『不思議の国の異界伝説』より

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