表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Alice in Abyssal Oblivion  作者: エスティ
第1章 天魔の一角獣
35/109

chapter 1-25 捜索

 ムウニ・ディンロ市場で1人の魔障院生が道を尋ねて回っている。


 人々は白い魔障院制服を目撃するや否や、目を尖らせながら足の向きを変えた。


 小柄の魔障院生、アシュリーはアルブムシルヴァの優等生であった。類稀な暗記を武器に自ら辞書を作り上げ、魔障院新聞(マディータイムズ)に新たな知らせを記載するべく奮闘の日々が続く。


 ここ数日、特に動きはなく、メイベルもアリスを一向に探し出せない始末だ。


 アシュリーには大いなる使命感がある。魔障院生たちが卒業し、就職を決めていくが、その後行方不明になることも少なくない現状に違和感を持ち、王都に買い出しへと赴いては、こっそりと人が行かない場所に忍び込み、お叱りを受けることも少なくない。


 アルブムシルヴァでも内申は悪く、卒業単位にこそ到達していないが、未だどこにも紹介されることもないまま、事実上の広報役として魔障院生活を送っている。


 アシュリーには大きな武器がある。


 固有魔法【透明(インビジブル)】を使いこなし、他者に気づかれることなく、実態の調査が可能であった。自らが触れている人や物まで巻き込んで透明化することもできるためか、メイベルが着用する制服の袖を掴み、気配を消しながら透明化した。基礎魔法が使えないこともあり、書き取りは全て羽根ペンによる手書きという変わり種だ。卒業生の1人が行方を晦まし、以降会えないことが気掛かりだ。


 気づけば卒業生の行方をテーマに新聞を発行しているほどだ。


 ふと、アシュリーの目の前をメイベルが横切った。


「はぁ~、アリス見つからないなぁ~」

「――メイベル?」

「えっ、アシュリーなの?」


 アシュリーがメイベルを見上げ、コクリと小さく頷いた。


 背丈はアリスより一回り小さいくらい。喜怒哀楽があまりハッキリしない表情、銀色の長く透き通った髪、赤子のような頬の童顔なのか、同期からも年下と見なされる始末であった。アリスの後からブリスティア魔障院に入学すると、無口で大人しいことから瞬く間に孤立した。


 しかし、文才はアシュリーを見放さなかった。


 成績は同期の中では最も優れているばかりか、メイベルとも拮抗し、追い上げるように上級生の単位に追いつくほどだ。早期卒業が期待されたが、やはり基礎魔法どころか固有魔法までもが役に立たない魔障であることが大きく響き、紹介もされていない矢先であった。


 魔障でなければ学者になれたと、オスカーが嘆くほどだ。


「卒業した魔障院生たちの件で仕事に来たわ」

「私はアリスを探しに来たの。どこに行方を晦ましたんだか」

「永劫の獄に囚われた後、服だけが残っていたと聞いたけど、恐らく脱獄ね」

「アシュリーもそう思うんだ」

「背が低くて、ずっと入学生と間違われてきたから、一度背を伸ばしたいと思って体を大きくする魔法薬を研究したことがあったの。でもそれを作るには高度な魔法が必要と分かって諦めた。王都には高度な魔法を使う人が集まってくる。魔法薬は売ってなかったけど、作り方は書いてあったわ」

「体を大きくできるなら、縮むことも可能ってことね」

「うん、私もその説を推してる。死んだなら死んだって報道されるはずよ。指名手配されているなら、必ずどこかで生きているはず」

「その話、僕にも詳しく聞かせてもらえないかい?」

「「!」」


 アシュリーの左隣から高い男性の声が聞こえた。


 振り向いてみれば、大道芸人のように奇抜な格好をしたハッターが佇んでいる。


 見知らぬ人に話しかけられたとあっては警戒する他はない。


 しかし、メイベルはハッターの話に聞き覚えがあった。レイシーが奇抜な帽子屋が妙なことを口にしていたことを思い出すと、藁にも縋る思いで一歩前へ出ると、剽軽な顔を見上げた。


「もしかして、うちの院長を知っているの?」

「あー、レイシー院長のことかな。非常に興味深い話を聞いたよ。広場へ行こうか」

「「……」」


 小さく頷き、怪しみながらもハッターについていく。


 メイベルとアシュリーはお互いに顔を見合うと、ハッターの余裕を持った軽やかな歩き方に目が釘付けになり、さっきまで気にしていたはずの周囲が見えなくなっていく。


 広場に辿り着くと、ハッターは帽子の位置を気にするように指で斜めに整えた。


 ハッターが小瓶を開けると、周囲に青い煙をばら撒いた。人除けの魔法陣を張ると、あっさりと人気はなくなった。メイベルが口を閉ざし、アシュリーが存在感を消す必要はないに等しいものとなった。


「何をしたの?」

「人除けの魔法さ、魔障が王都に入ると目立つからね。魔法薬は魔法陣の効力範囲を拡散させる。しばらくはここら周辺を誰も通りたがらないと思うよ。これは人の意識を外に向ける魔法なんだ。よく1人になりたい時に使う。人混みは息苦しいからね」

「かなり高度な魔法ね。ここまでできる人はなかなかいないと思うけど」

「魔法都市大学で高等な教育を受けた。だから王室御用達の帽子屋にもなれた。正確には元王室御用達だけどね。まあそんなことはどうでもいい。話を聞かせてくれ。力になるよ」


 メイベルは口々に語り、アリスの生存を示唆した。


 ハッターにも思い当たる節はある。スラッジオ討伐に参加し、生き延びてきたアリスが簡単に死ぬはずがないと、心の片隅で信じていた。アシュリーの推理は骨身に染みた。


 存在を透明化してもなお、見抜かれたことにアシュリーは度肝を抜かれた。


 アリスが行方を晦ましてからというもの、王都は火が消えたように士気が下がり、誰1人としてアリスの名を口にすることさえなかった。指名手配されてからは賞金目当てにアリスを探し出そうとする者が後を絶たず、アリスに救われた恩義を感じる者たちとの間で分断が起こった。


「なるほど、君たちもアリスの生存を信じているようで安心した」

「ハッターもアリスが生きていると思う?」

「ああ、もちろんさ。きっとどこかで生きている。時に君たちは指名手配の理由を知っているのか?」

「脱獄したことによる指名手配じゃないんですか?」

「いや、そうじゃない。公爵夫人が赤薔薇の女王に反旗を翻した。指名手配を始めたのは公爵夫人だ。アリスを生け捕りにしようと考えているのは、アリスを赤薔薇の女王から保護するためだ」

「捕まえるためじゃなくて、保護するための指名手配なんて初めて聞いたわ」

「これが初めてじゃないさ。今まで何度も秘密裏に行われてきた。もっともらしい大義名分を罪状として貼り付けることで、人々に探してもらうんだ」

「でも捕まったら、結局赤薔薇の女王に差し出されるんじゃないの?」

「心配ない。アリスは公爵夫妻を救った恩義がある。王都の人々も公爵夫妻に賛同している。公爵夫妻が先にアリスの身柄を確保した場合はアリスを無罪放免にするという条件で王宮前での抗議を取り下げた。言わば妥協案だ。赤薔薇の女王が何を企んでいるかまでは分からんが、アリスを始めとした魔障を排除しようとしているのは確かだ。もっとも、僕は女王の背景に何かあると踏んでいるがね」


 帽子を深くかぶり、腕を組みながらベンチに腰かけるハッター。


 日差しを遮るように雲が空を覆い尽くしている。だが雨が降る様子はない。


 マラタスカは王宮の前で不当判決に対する抗議の意思を示すように丸1日居座り続けた。九死に一生を得た王都民たちとて想いは同じであった。抗議の末、先に折れたのは赤薔薇の女王であった。


 アリスを確保した側の判断に従う条項を契約書として作成するところまで漕ぎ着けると、マラタスカは悦に浸りながら悠々と公爵家へと闊歩していった。


「そんなことがあったんだ」

「マラタスカ1人では無理だっただろう。だが今回は民意を味方につけた。女王とて多数派を無視することはできない。アリスを見つけたら、まず公爵家に連れていくんだ。本人は恐らく何も知らないだろう。赤薔薇の女王よりも、僕らが先にアリスを見つけるんだ」


 メイベルとアシュリーがコクリと同時に頷いた。


「まずは最後に消息を絶った永劫の獄へ行こうか」

「えっ、でも許可なしに入れる場所じゃないですよね?」

「バレなきゃ問題ない。君の固有魔法なら行けるだろ?」


 ウインクをしながらハッターが言った。アリスがかつて見せた表情だ。


 言われるがまま歩き始めると、人通りに直面する。公園の周囲を再び人が行き交うようになり、夢から覚めたように日差しが頭に直射する。再び視線を感じると、アシュリーは気配を消した。


 王都の外に出ると、地下へと続く階段の前に2人のトランプ兵の姿が見えた。


 ハッター、メイベル、アシュリーは【透明(インビジブル)】により透明化した。


 全く気づくことのないトランプ兵の間を通り抜けていく。クローバー隊と呼ばれるトランプ兵は農民出身ということもあり、畑を耕す他、牢獄で罪人の見張りを担当するのだ。死臭を避けるべく、防臭の魔法が施された甲冑を着用していることをハッターが見抜くと、ポケットから小瓶を取り出した。


 キャップを開け、先が尖っているスポイトを指と指の間に挟む。


 スポイトに液体を注入すると、自らの両鼻に注ぎ込み、顔を顰めた。


「それは何ですか?」

「鼻封じの魔液だよ。ここから先は嗅覚なんてない方がいいからね。使うかい?」

「はい。教科書に載ってました。しばらくの間嗅覚を感じないようになって、どんな場所にいても呼吸ができて、何も臭わなくなる――ってことは……」

「うん、多分耐えられないかも。取り分け花の香りばかり嗅いできたメイベルにはね」

「どういう意味よ?」

「あっ、行っちゃった」

「ええっ!?」


 構わず先に進むハッターを慌てて追いかけるメイベルとアシュリー。


 同様に鼻封じの魔液を両鼻に注ぎ込む。嗅覚が消滅すると、通り抜けた時から鼻を突くような濁った地下水の臭いを感じなくなる。一時的な感覚の消滅に恐れを抱き、元に戻れるのかと懸念すら持った。


 しかし、ハッターの平気な後ろ姿から全てを察した。


 信用などない。アリスの知り合いと言えども、手柄の独り占めは構わないが、アリスを赤薔薇の女王に売られることは避けたいと考え、慎重にハッターの後をつけるのであった――。


 一方、アリスは天空都市アンゲロアにて、悪魔の討伐に向けて支度を済ませていた。


 数日かけて市民に避難を提案したが、時間の無駄でしかなかった。


 天使たちは至って楽観的で、悪魔たちが攻めてくることはないの一点張りだ。話が通じないどころではなく、本気で平和が続くと信じて疑わないのだ。天使は大戦争の後、自らを戒めるべく、能動的に攻めてはならない掟を設けたことをセラフィアはアリスに話した。


 天会では掟を盾に出撃命令が滞り、対応が遅れる始末だ。


 セラフィアが指を扉に当て、アリスが寝泊まりしている部屋を訪問する。


 天古城(キャッスロア)の城内に設けられたアリスの部屋は必要以上に広く、夜寝静まる際には閉塞感すら持ってしまうほどだ。時折、ブリスティア魔障院にいる魔障院生の姿を思い出しては、自らを無意識に支配しようとする孤独感を黙認し、訳もなく蓋をした。


 マルアスは部屋の中を駆け巡るように小走りしている。


「説得はできたかい?」

「無理だったわ。誰1人として避難しようとしないの。これから襲われるかもしれないのに」

「そうか……アリス、悪い知らせだ。ここから少し遠くにある浮き島が悪魔たちに襲われ、占領されてしまったようだ。浮き島が悪魔の手に渡るのは数千年ぶりだ。今は伏せているが、アンゲロア市民に伝えたところで、聞く耳は持たないだろう。ケルビアの忠告に耳を傾けるべきだった」

「今すぐ避難勧告を出すべきよ」

「無理だ。掟に拘束されるのは市民によって選ばれた上位天使のみで、市民に対する拘束力はないんだ。自主避難を促すくらいしかできない。天使たちは長い間王政に苦しめられた歴史がある」


 口を閉じながら下を向くアリス。箒を召喚し、吸い込み口から1冊の古本を取り出した。


「君は実に不思議な少女だ。人間でありながら、何故我々天使のことを自分の事情のように考える?」

「世界は繋がっているのよ。人間界と天空界が繋がっているようにね。世界のどこかで起きた異常は、放置すれば必ず人間界でも起こるわ。あなたには説明しておいた方が良さそうね」


 古本をセラフィアに渡すと、目を光らせるように読み漁った。


「人間界の文字か。だが、私には分かるぞ――なるほど、アビサル・オブリビオンという手書きの御伽神話のようだが、これを見せるということは、今のエンジェリアと深い関わりがあるということか?」

「ええ。この本には興味深い記述があるわ。人間界で起こった謎の異変には、必ず黒き汚泥が関わっていたということよ。天空界を脅かそうとしている黒き汚泥の正体は……スラッジオ」

「スラッジオ?」

「人間界での黒き汚泥の名前よ。スラッジオはどこの世界にもいる。ケルビアのお陰で分かったわ」


 ――妖精界に出現したスラッジオも、恐らく人間界にはいなかった個体ね。


 アリスはスラッジオの出現が、悪魔の復興にも大きく関わっていることを読み解いた。


 アビサル・オブリビオンでは、数多くの異界を数奇な運命を辿るように旅人が探検する。異界では黒き汚泥が問題の根源であることを示唆していたばかりか、しばらくして同じ現象が人間界でも起こっていたことを著者は語っている。無論、読者の誰もが妄想と嘲笑った。


 しかし、黒き汚泥が異界で引き起こしてきたとされる、飢餓、疫病、戦争といった現象は、旅人が見た後で必ず起こっている。アリスにとって、異界で起こる現象は人間界への最終警告でしかなかった。


 深淵なる忘却は人々から歯痒い記憶を消し去り、代償を伴う時の流れを生み出していた。


 アリスもまた、既に数奇な運命を辿りつつあった――。

 魔箒を人々の間に普及させたのは、ルベルバス王国初代国王にしてルヴァ島の征服者、始祖王ルヴァの時代であった。独立と王権を誇示するべく、大帝国の一部であった島を改称し、魔箒を人々に授与したのだ。


 魔法雑貨屋ザック・スパージョンの著書『魔箒手法』より

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ