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Alice in Abyssal Oblivion  作者: エスティ
第1章 天魔の一角獣
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chapter 1-24 永久討論

 天使たちが佇む中、天古城(キャッスロア)最上階周辺に黒い雲が揺らめいた。


 地上に巣食う悪魔の復興が迫る中、アリスが鉄槌と化した箒を振り上げると、地面を蹴り、ケルビアに向かって走り始めた。咄嗟に盾を構え、箒の一撃を軽々と受け止めた。


 大きく打ち鳴らす音が共鳴すると、アリスは反撃を警戒し、距離を置くように後ろへ飛ぶ。


 ――こいつ、小娘のくせに何という馬鹿力だ。いや、どちらかと言えば箒の力か。


「小娘ぇ! この守護神の盾(エンジェリアイギス)の前に平伏すがいい!」


 盾から黄色いオーラがドーム状に広がり、ケルビアを包み込む。


 オーラはやがて球体となり、ケルビアが大きな白い翼を羽搏かせ、体を浮かせると、アリスに向かってあらゆる角度から目にも止まらぬ速さで突撃する。


 アリスは箒で何度も攻撃を受け止めるが、ケルビアの猛攻は止まらず、防戦一方であった。


 箒の威力がアリスに跳ね返り、大理石の床が罅割れを起こし、靴の跡ができるほどであった。


 守護神の盾(エンジェリアイギス)は触れた相手を弾き飛ばし、反射させるように矛の威力を相手に向けることで、相手が自らの矛で死を迎えることが見て取れる。


「ケルビアは盾の硬さを攻撃にも防御にも活かす攻防一体の盾使い。戦力の差は明らかです。このまま続ければ、間違いなくアリスが死にます。止めなくていいんですか?」

「ああ。様子を見た限りだが、アリスは魔力を制御しているようにも見える」


 鉄槌の芯で打ち返そうと、ケルビアの盾に狙いを定めた。


 しかし、埋まった足を上げられず、僅かに反応が遅れた。


 ケルビアの盾がアリスの腹部を強打し、体ごと吹き飛ばされると、音を立てながら壁に背中を叩きつけられた。重力に従い、床に倒れ込むアリスであったが、箒を杖にしながら立ち上がった。


「さっきまでの威勢はどうした?」

「アリス! これ以上戦ったら死ぬぞ! 俺のことはいい! 今すぐ降参しろぉ!」


 心配そうに声をかけるマルアス。耳にまで届いたが、忠告など無意味であった。


「――どうやら無理みたいね」

「ふっ、さっさと立ち去れば、痛い目を見ずに済んだものを――ん?」


 再び箒を片手で構えると、今度は両手で持ちながら振り上げた。


 戦意喪失とも受け取れる言葉を放ち、一時はマルアスを安心させ、ケルビアを慢心させたが、アリスの中から湧き出る絶大な魔力にセラフィアは気づいていた。ソロネアは今になって感づき、自らが感知できないほどに静寂を保っていたアリスの弱々しかった魔力を疑い、目を見開いた。


 顔を上げると、今まで見せなかった、冷たくも激しい眼光をケルビアに向けた。


「……本気を出さずにあなたを倒すのは」


女神の箒(ゴッデスイーパー)】がアリスの想いに応えるように青白い光を放つと、鉄槌の両端に光沢が表れ、近づくだけで肌に静電気が走るくらいに集約された魔力を帯びた。ケルビアは思わず一歩足を下げると、自らの意思に反して両手が震え、呼吸が乱れた。


 アリスはケルビアに向かって走り出し、箒に跨りながら空を飛ぶ。


 上空から穂先の鉄槌を体ごと上に傾けると、勢い良く振り下ろした。


「お掃除の時間よ。【粉砕掃除(クラッシュスイープ)】」


 鉄槌が盾の黄色いオーラに直撃すると、魔力の波動が周囲に飛び散り、壁を破壊していく。


 ケルビアが力を込めるが、徐々に鉄槌の威力に呑まれ、青白いオーラが黄色いオーラを包み込むようにしながら球体が罅割れ、最後には砕け散る格好となった。


 守護神の盾(エンジェリアイギス)が鉄槌を受け止め、ケルビアが八重歯を見せた。


 アリスの【女神の箒(ゴッデスイーパー)】による渾身の一撃を受けてもなお、盾が形を変えることはなかったのだ。穂先を元に戻すと、アリスはマルアスの元へ歩み寄った。


「俺の勝ちだな」

「いや、引き分けだ」

「何だと――!」


 ケルビアが大きく目を見開くと、守護神の盾(エンジェリアイギス)の円形中央には、縦真っ直ぐに小さな亀裂が入っていた。呼吸さえ忘れ、アリスの凛々しいまでの後姿を目で追った。


 再び盾を見ると、亀裂の入った盾越しに自らの鬱憤に塗れた顔が映る。


 ソロネアが盾の傷を眺めると、右手を翳し、優しい光を放った。


 亀裂が埋まるように塞がり、傷1つない元の盾へと戻っていく。


「あんな箒ごときで、神の力を宿す守護神の盾(エンジェリアイギス)に傷をつけるとは」

「これでもう大丈夫でしょう。しかし、あの少女に一泡吹かされましたね」

「あんがとよ。あいつは一体何もんだ?」

「少女の魔力からは直向きな誠実さを感じました。少なくとも、悪魔の仲間ではないでしょう」

「引き分けか。でもこれじゃ埒が明かねえな」


 落胆の表情を浮かべ、口を閉じながらマルアスの顔を見上げるアリス。


「マルアス、全力は尽くしたけど駄目だったわ。どうやら天のお告げはハズレのようね」

「そうでもないみたいだぜ」

「えっ?」


 マルアスがセラフィアがいる方向へと顎を動かし、アリスを振り向かせた。


 気づいてみれば、最上階には多くの天使が集まり、称賛の拍手を送っていた。


 天使にとって拍手は受容の象徴であった。後に続くように、セラフィア、ケルビア、ソロネアが手を叩き始めた。アリスが盾に亀裂を入れた瞬間から、天使たちの認識さえ変わったのだ。


「盾は打ち破れなかったが十分だ。君は間違いなく天に選ばれし人間。神は我らを憂い、人間界から悪魔を討伐するべく、選ばれし者を来訪させた」

「話し合いには応じてくれるのね」

「力なき者に語る権利はない。いつの時代も同じだ」

「単刀直入に言うわ。マルアスを天使側の仲間として認めてくれないかしら?」

「私は賛成だが、他の者たちの賛同を得る必要がある。反対する者はいるか?」


 セラフィアが後ろを向き、天会に席を持つ天使たちに問いかけた。


「儂は反対じゃ。悪魔の左翼を持つ馬など信用できん」

「悪魔の力を持つ以上、いつ敵に回ってもおかしくはない」

「そうだそうだ! 俺たちの仲間に悪魔がいるなど、国民たちに示しがつかん!」


 天使たちが口々に言うと、ケルビアが大きく息を吸った。


「てめえらっ! 下らねえ言い訳ばっかしてんじゃねえぞっ!」

「「「「「!」」」」」


 風が吹くような怒号が飛ぶと、ケルビアは話を続けた。


「今は悪魔の力が復興しているんだ。敵味方云々で言い争っている場合じゃねえ! これ以上天会を長引かせる奴は、悪魔に味方しているものと見なすぞ! 次の選挙でも当然不利になる。いや、次の選挙が来る前に、アンゲロアが崩壊するかもな」

「しかし、大事なことだからこそ、よく話し合って決めなければ」

「お前の主観だけで全てを決められると思うなよ。みんなが反対多数なら、マルアスは追放だからな」

「その通りじゃ。余所者の戯言を真に受けているお前こそ、次の選挙から出番はないと思うんじゃな」


 反撃と言わんばかりに、天使たちの反論が始まった。


 ケルビアは自らの保身に固執する天使たちを睨みつけた。


 以前アリスが聞いていた、不毛で長いだけの議論がまたしても始まることが容易に想像できた。


 各地の民意を代表する天使たちは御託を並べ、一歩も譲ろうとはしない。


 相手の話を聞かないばかりか反対意見が出れば人格否定を始める者までいて収拾がつかない。互いの仲を邪険なものにし、憤りだけが溜まっていく。課題に結論が出ることはなく、全てが後回しになるために対応が遅れ、悪魔の復興を許す始末となったことをアリスもマルアスも悟っていた。


 天使たちの語る姿には、受け入れ難い教条的なものがあるとアリスは感じた。


「アリスと戦ってよく分かった。俺たちを脅かす存在など、いくらでもいるとな。異界から来たアリスが俺の盾に傷をつけたくらいだ。神が我らを援護するべくアリスを寄こしたというなら、悪魔の連中も相応の力を蓄えているに違いねえ。この前見た悪魔共は、見たこともない兵器を使っていた」

「どんな兵器なの?」

「悪魔共の体にこびりついていた黒き汚泥が大量に伸びてきたかと思えば、瞬く間に兵士たちを飲み込んじまった。兵士たちは体を支配され、悪魔の力を得て俺たちに襲い掛かってきやがった。やむを得ず撤退したが、ここまで迫ってくるのは時間の問題だぞ」

「「「「「……」」」」」


 天古城(キャッスロア)最上階に静寂が走り、怖気づくように押し黙る。


 天使は戦いの渦中にいた時代が終わると、争い事から離れ、過酷な戦争経験もなく、平和な時代を謳歌していた。一方で悪魔は天使によって全ての浮き島から追い出され、立ち入りさえ禁止される形で何もない地上へと追いやられ、文明を築くまでに多くの苦役を強いられた。


 故に、悪魔が天使に戦争を仕掛ける動機は十分であった。


 しかし、いざ悪魔の脅威に晒されたことを知ったところで、誰も動こうとはしなかった。


 ただ1人を除いては――。


「いい身分ね。やるべきこともやらず、ただ話し合いをするだけで仕事をした気になって。挙句の果てに誰1人として決められない上に、責任も取れないなんて」

「貴様っ! 我らを愚弄するつもりかっ!? 人間の分際で!」

「あなたたちがずっと話し合いばかりしている間に悪魔が力を復興したのよ。私が住む人間界には、生まれつきの身分だけが取り柄の暴君がたくさんいる。人々を恐怖で支配するわ、自分勝手な命令で国を衰退させるわ、疑心暗鬼が行き過ぎて罪なき命を処罰しようとするわで、生きた心地がしなかったわ。でも、あなたたちのように、延々と話し合って、決断を先送りにするようなことは、一度もなかったわ。いくらみんなで話し合って決めると言っても、肝心の決断ができないなら、何の意味もないわ」

「先送りは多数決で決めたんじゃぞ。儂らは民意の代表ぞ。何の問題があるというのじゃ?」

「多数決でも間違うことくらいあるわ。それが分からない時点で大問題よ。民意が全てに勝るというならそれでもいいわ。あなたたちの決断が遅れたせいで、エンジェリアが滅びの道を歩むことしかできなくなったとしても、それが他でもない民意だというなら、許してもらえるんでしょ?」


 冷たい嘲笑を浮かべながらアリスが尋ねた。


「ならば君に決めてもらおう」

「セラフィア様、なりません。人間に我々の運命を委ねるなど――」

「ここまで啖呵を切ったんだ。相応の責任を取ってもらおうではないか」


 セラフィアがアリスと向き合いながら片目を閉じると、アリスは胸の奥にある意図を受け取った。


「分かったわ。悪魔との戦いに私も参加するわ」

「何と、アリスが我々に加勢するだと」

「ええ、その代わり、1つ条件があるわ。私たちが悪魔との戦争に勝った時は、マルアスを天使側の存在として受け入れてもらう。異論は受け付けないわ」

「何を言うかと思えば、そんなこと認められるわけが――」

「ケルビア、悪魔の力は天使を凌ぐ勢いなんでしょ?」

「……ああ、そうだ」


 ケルビアはそっぽを向き、眉間に皺を寄せながら返事をするのが精一杯であった。


「あなたたちがマルアスを受け入れないというなら、マルアスを連れて人間界に帰るわ」

「……何と自分勝手な」

「この世で最も恐ろしい悪魔は心の中に棲んでいる。私が在籍している魔障院の標語よ。自らの内に巣食う弱い心、悪心と言ってもいいわ。それが最も厄介な敵なのよ」

「――分かった。では採決を行う。アリスの言葉に賛成の者は挙手を願う」


 隣にいるお互いの顔を見合う天使たち。


 ざわざわと様々な言葉が小さく飛び交った。


 優柔不断な天使たちであろうと戻る選択肢はない。天のお告げに従うならば、既に救世主として名の知れたアリスに真っ向から歯向かうのには骨が折れる。保守的な者たちにとっては、戦いに勝とうが負けようが、全ての責任をアリスに押し付けられるとあっては、流石に決断せざるを得ないのだ。


 1人、また1人、手を挙げる者が続出する。


「では賛成多数のため、アリスの緊急案を可決とする。悪魔との戦いに勝った場合は従うように」


 風船が割れるように天使たちが散り散りに解散する。


 張り詰めた空気が一変し、殺風景だけが支配する最上階へと威厳が戻っていく。


 マルアスが蹄を鳴らしながらアリスに歩み寄る。


 セラフィア、ケルビア、ソロネアもまた、アリスを囲むように集結する。


 アリスの脳裏に赤薔薇の女王が佇む姿が浮かぶ。一瞬、自らの決断と行動に嫌悪を覚えた。


 セラフィアは灰色の髪を後ろにまとめると、頻度の低い大刻みな拍手を送った。アリスとてエクスパンケーキを贈与された恩恵はあるが、黙ってなどいられなかった。流行り病がルベルバスを襲った時、大臣たちの不毛な議論に水を差し、逸早く決断を下した赤薔薇の女王に、アリスは自らを重ねていた。


「アリス、礼を言う」

「執政官なのに決められないなんて、ちょっとガッカリしたわ」

「先人たちによる大戦争の末、必死に勝ち取った共和政だ。私の独断では決められないのだ。執政官とは名ばかりで、実態はただの進行役だ」

「いつから天会の問題に気づいていたの?」

「選挙で上位天使に選ばれた時からだ。自分のやり方で進めようとすれば、独裁者の名を連呼されながら反感を買い、すぐに追い落とされる。かと言って状況を放置すれば、問題は先送りのまま。だが君は天会に巣食っていた終わりなき話し合いを物の見事に掃除してくれた。じっくり話し合って決めることも大事だが、判断が遅れてしまっては意味がない」


 階段を下りていくセラフィア。アリスにはその背中が小さく見えた。


 後に続くように螺旋階段を下りていくと、セラフィアの部屋へと辿り着く。外の様子がよく見える窓から天空都市アンゲロアを見下ろした。蟻の大群のように天使たちが歩く様は滑稽であった。


 未だ危機を知らない者たちの前に、忍び寄る影が迫っていた。

 時々未知なる魔草を発見することがあるが、調べてみればこの惑星には存在しない植物であることが発覚することも少なくない。恐らくは異界から迷い込み、新たな土壌として根付いたのだろう。


 魔草学者セドリック・オーウェンの著書『異界の神隠し』より

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