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Alice in Abyssal Oblivion  作者: エスティ
第1章 天魔の一角獣
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chapter 1-20 魔鏡の神隠し

 永劫の獄では、暗い中で剣と太刀の死闘が続く。


 甲冑を着用しながらも、身軽にして俊敏な動きを見せるピクサーブとヘッズマンは剣と太刀を打ち鳴らし合い、激しく体を酷使しながら消耗していき、ピクサーブは息が上がっている。


 一方、ヘッズマンは呼吸1つ乱れていない。


 動きに一切の無駄がなく、一瞬の隙を突く太刀の光沢は、ピクサーブにはより大きく鋭く感じるほどであった。ピクサーブが戦ってきた多くの猛者を遥かに凌ぐ剣術を持ち、剣を通して伝わる太刀の重さに指が痺れるほどの刺激には、敵への敬意と感服すら覚えた。


 ピクサーブはヘッズマンの猛攻を受け、腕が疲労から悲鳴を上げた。


「がはっ!」


 剣で受けるも、太く長い足に腹部を蹴られ、永劫の獄の壁に叩きつけられた。


 ――クッ! 流石に私でもキツイか。


 死を覚悟しながらも、逃げることは考えなかった。背後には小さく無力なアリスがいる。護衛としての責務を放棄することは、妖精王フェアリウスに背くことになる自負さえあった。


「何故アリスの命を狙う?」


 肩で息をしながらピクサーブが尋ねた。


「死刑執行人だからだ」


 端的に応えると、ヘッズマンはピクサーブの剣を弾き飛ばし、手から離れた柄が石畳に着いた。


 ピクサーブの腕は重い連撃を受け、感覚さえなくなっていたのだ。手の震えを見抜いたヘッズマンは胴体を狙えたが、あえて剣を指から離させた。


 かと思えば、ヘッズマンは太刀を鞘に収め、パチンと鉄の音が鳴る。


「何故止めを刺さない?」

「お前を死刑に処せとは言われていない。勝負はついた。通してもらおう」

「通りたければ……私を殺してから行くことだ」

「とんだ未熟者だな」

「何だと――!」


 ヘッズマンがピクサーブの体を押し退けようと、手の平で肩を突く。


 すると、ピクサーブの足がバランスを崩し、尻餅をつき、体が言うことを聞かない。


 思うように起き上がることもできないまま、ヘッズマンは悠々と奥の扉へと辿り着く。扉に手をかけると後ろを振り返り、兜越しにピクサーブと目を合わせた。


「己の力量も分からぬまま戦いに挑む者など、斬るに値せず」


 小声で言い残すと、再び前を向き、体力の尽きたピクサーブとの距離が離れていく。


 扉の奥から気配を察知し、鳥肌が立つアリス。


 急いでどこかへ隠れなければと、周囲をキョロキョロと探し始めた。


 家具はどれも白く、鏡台の上に立っていたアリスは丸見えとなる格好だ。ヘッズマンの足音が大きくなると、気づかれる前に鏡台の裏側に姿を隠す。部屋の端の先には人気のない廊下がある。ヘッズマンは廊下の存在に気づくと、アリスが逃げ込んだと思い込み、廊下へと進んでいく。


 気配が遠のく様子を肌で感じると、アリスは頭を鏡台の横から出し、様子を窺った。


 目の前にある鏡を眺めていると、水面のように波打っている。


 手を真っ直ぐに伸ばし、鏡に触れると、手は鏡に触れるどころか突き抜けてしまった。奥へ入れることを確認すると、アリスは足を上げ、鏡の奥へと進んでいく。中は赤い煉瓦が積まれた空間であった。


 後ろを振り返ると、物置部屋にあったはずの鏡が正面に置かれている。


 ――この感覚、前にどこかで経験したような……。


 暗い地下にいたことを忘れさせるように外から光が差し込んだ。屋内にいたはずであったアリスは違和感を隠せないまま外に出ると、目の前には真っ白な雲が漂っている。真下には遠く離れた場所に未開の地上が見えた。見渡してみれば、所々に岩のような島が大小問わず浮かび、背中から翼を生やした天使と思われる人々が空を飛びながら髪を靡かせ、管楽器を吹いたり弦楽器を弾いている。


 頭に浮かぶ天使の輪(エンジェリング)がアリスの目に入る。


 神話の中で聞いたことのある天使の特徴と瓜二つだ。


「随分と小さいお嬢ちゃんだね。見かけない顔だけど、どんな用で来たの?」


 1人の天使がアリスに気づき、後ろから声をかけた。


 黄色いパーマの青年天使が真っ白なトーガに身を纏い、顔の雀斑を覗かせる。


 少し遠くの大きな浮き島には古城と思われる高い構造物が目印のように建つ。アリスはようやく、天空界エンジェリアまで来てしまったことにようやく気づく。大きな鏡は紛れもなく異界の門であった。


「実は訳あって体が小さくなってしまったの。元の大きさに戻りたいんだけど、どうすればいいのか全く分からなくて、ずっと困ってるわ」

「そうか、だったらセラフィア様の所へ行ってみたらどうだ?」

「セラフィア様って誰?」

「天空界エンジェリアの拠点、天空都市アンゲロアで最も偉い執政官だ。ほら、あそこに大きな都市があるだろ。セラフィア様にかかれば大抵の悩みは解決する。連れて行ってやるよ」


 小さくなり過ぎたアリスの体を指で持つと、天使は右肩にアリスを乗せた。


 天使が指差した先に見える都市の名前を聞き、早速興味を持つアリス。


 翼を広げると、一直線に飛び立ち、アリスは両足が流されながらも、トーガに必死に捕まりながら加速していく天使の移動速度に耐え、すぐにアンゲロアの前に辿り着く。


 頭上の天使の輪(エンジェリング)は輝きを増し、歓迎の意を手に取るように感じた。


 微風がアリスの金髪を靡かせ、上空には大きな天体の数々が透き通るように見えている。誰の手も加えられていない自然の輝きを肌で味わい、天空都市を眺めた。


「ありがとう。私はアリス。あなたは?」

「俺はメッセン、アンゲロアに棲む天使だ。まさかとは思うが、君がアリスなのか?」

「どのアリスかは存知ないけど、私はアリスよ」

「驚いた。まさか天のお告げで聞いたアリスがここに来るとは思ってもみなかった」

「天のお告げ? ――そういえば私、夢でエンジェリアに来いって言われたのよ」

「誰に言われたの?」

「マルアスっていう一角獣よ」

「……マルアス……だと?」


 突然、メッセンの顔色が変わり、言葉に詰まる。


 驚嘆というよりは恐怖を感じる顔だ。動揺を見せながら口を閉ざした。


 巨大な浮き島の周囲に城壁がないことを不思議に思いながらも、メッセンの顔色に目を奪われた。


 天からのお告げで聞いたアリス本人であることを理解しながらも、メッセンは警戒を募らせ、天空都市アンゲロアに降り立ったところで、アリスに纏っている布を指で掴み、地面に下ろした。


「アリス、マルアスと言ったが、それは本当か?」

「ええ、本当よ。どうかしたの?」

「エンジェリアでマルアスの名を知らない者はいない。背中の右側には天使の白い翼、左側には悪魔の黒い翼が生えている一角天魔だ」

「一角天魔?」

「天魔は天使と悪魔との間に生まれた間の子だ。エンジェリアでは天使が悪魔と結ばれることは禁忌とされている。一角獣にも天使の力を持つ一角天、そして悪魔の力を持つ一角魔がいる。通常は交わることがない存在……いや、あってはならないことだ。故にマルアスは、誰も近づくことのないメメントの森に幽閉されているというわけだ」

「幽閉されてるって……マルアスが何をしたっていうの?」

「さっき言った通りだ。マルアスは忌むべき一角天魔、天使と悪魔、両方の力を持っている。放っておけば敵側につき、我々を脅かす難敵になるかもしれない。最近のエンジェリアは悪魔の勢力が強くなってるからな。仕方のないことだ」


 天空界エンジェリアでは、上空を支配する天使と地上を支配する悪魔による争いが行われていた。


 何万年にもわたる争いの末、悪魔の力を封印することで平和が訪れたが、何者かの仕業によって封印が解放され、悪魔が再び力を取り戻し、地上には力による支配が再び到来した。


 一角天魔と称されるマルアスは、天使から嫌われた末、最果ての浮き島にあるとされるメメントの森に幽閉され、悪魔側がいつ地上から襲ってくるとも限らない緊迫した状況となっていた。血統を重んじる天使にとっては禁忌の存在だが、マルアスは既に死んでいるのではないかという噂さえある。


「マルアスには近づかない方がいい。だがマルアスが天のお告げを君に伝えたことが本当なら、不本意ではあるが、天のお告げに背くわけにはいかん。あの古城に行くといい。君が天のお告げが指し示したアリスなら、セラフィア様も力を貸して下さるだろう」


 メッセンが告げると、再び翼を広げ、空へ飛び立っていく。


 鏡台の謎も、マルアスの詳細も不明なまま、アリスは天使たちが棲む天空都市を堪能しようと店を見て回るが、服がはだけてくると、真っ先に衣服を手に入れようと町の中を彷徨った。


 見たこともない白い建物が公共広場が目につく。


 大規模集合住宅の中は層状に重なっている。共同の階段を備え、アーケードのある中庭に面して開いており、借家は浴場のある建物に結びつけられている。2階の軒が各窓の上にアーチ状に迫り出しているのが特徴で、中央には柱廊玄関のある中庭を備えた雑居住宅となっている。


 泊まっている馬車を見つけると、1頭の一角獣がアリスに気づく。


 背中からは天使の両翼が生えている一角天であった。


「おっ、随分と小さなお客さんだな。翼が生えていないとは珍しい」

「私はアリス、訳あって人間界から来たの」

「アリス? 人間界? こりゃまた驚いた。まさか天のお告げで聞いた人間に出会えるなんて、思ってもみなかった。俺はユニロス。お告げで聞いた人間よりもずっと小さいがまあいい、今回は特別だ。どっか行きたいとこ、あるかい?」

「あの古城に行けるかしら?」

「よし分かった。行き先は天古城(キャッスロア)だな。乗ってくれ」


 ユニロスの体を左足から攀じ登り、背中の鞍に腰かけた。


 毛触りが良く、アリスの両側に広がる翼が上を向き、馬車の荷台と共に空へ飛び立った。


 白い翼に掴まり、冷たい空気を肌で感じた。周囲の雲を吹き飛ばし、4本の足を前後に動かしながら翼を上下に動かし、少しずつではあるが、古城へと近づいていく。


「あそこはアンゲロアの中枢だ。多くのお偉いさんたちが天使たちを束ねているんだぜ」

「王様とかはいるの?」

「いるわけねえだろ。王政なんて何万年も前の話だ。かつてのエンジェリアは暴君のせいで滅びかけた。不満を持った民衆が立ち上がり、多くの血を流しながらやっとの思いで暴君を追い出し、自由と平等を勝ち取ってからは、みんなで話し合ってエンジェリアを統治するようになった。それが今に続く共和政の誕生ってわけだ。平和ってのは、努力の賜物なんだぜ」

「王様なしで統治するなんて不思議ね。人間界では考えられないことだわ」

「おいおい、そっちは王政なのかよ。不自由で不平等な世は楽しいか?」

「……楽しいと感じるかどうかは人それぞれよ――私は楽しかったけど」

「過去形かよ」


 呆れるように歯を見せながらユニロスが言った。


 天古城(キャッスロア)に辿り着き、城門前に降り立つ。


 アリスは門番の天使兵に気づかれないまま壁沿いに掻い潜り、城内へと入った。


 不規則な模様が描かれた大理石の床が城内の地面を覆い尽くしている。螺旋階段を眺め、最上階と思われる場所までは螺旋階段で行けばいいのかと考えを巡らせていると、アリスを黒い影が覆った。立派な翼を持ち、灰色の長髪を靡かせ、緑色のブラウスと赤色のコルセットを着用した天使が現れた。


 探す間もなく目が合うと、アリスは反射的に身構え、危機感を募らせた。


「待っていたぞ、選ばれし人間よ。君がここに来ることは分かっていた」

「――天のお告げのこと?」

「そうだ。君は天に選ばれた。アリス・ブリスティア。是非君に会いたいと思っていた」


 笑みを浮かべる天使がアリスの体を指で掴み、共に調理室と思われる部屋へと一瞬にして移動する。


 本棚のそばには、大理石が敷かれたアイランドキッチンがある。上には調理器具、瓶詰めされた食材、見たこともない乾燥した魔草の数々が置かれている。


「私はセラフィア、エンジェリアを取り仕切る執政官だ」

「あなたが……セラフィア?」

「おっと、まずはパーティー衣装を着せなければな」

「今の私はとても小さいけど、本当はこんな大きさじゃないの」

「心得ている。そこで見ていろ。治し方は確か……この本に書いてあったはずだ」


 部屋の片隅にある本棚から1冊の本を取り出した。


 本を片手に瓶詰めされた食材を取り出し、腕から捻出された魔力によって湯を沸かし、色のついた液体をいくつも煮込み始めた。異様な臭いが漂いつつも、アリスはアイランドキッチンの上に下ろされ、セラフィアが調理する様子を固唾を呑んで見守っている。


 袋詰めにされた食材を取り出そうと、手を袋に入れた。


 黄色いスポンジケーキを取り出し、白いクリームを掻き混ぜ始めた。


 時折、首を傾げながら食材を選ぶ様子には心配すら覚えた。


 しかしながら、統治者が頭を悩ませながら調理する様はアリスには可愛らしく感じた。

 国家海軍だけでは経費が嵩むため、海を監視しきれないのだ。多くの国家は自国の海賊に目となってもらう形で周辺海域を任せ、異国船を打ち払い、貿易や漁業も請け負ったことが公認海賊の始まりだ。国家から直々に雇用されることで、生活の安定を図れるばかりか、港町を牛耳ることさえ可能である。


 アゴスブルク家創始者ルドルフ・フォン・アゴスブルクの著書『政略の伝承者』より

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