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Alice in Abyssal Oblivion  作者: エスティ
第1章 天魔の一角獣
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chapter 1-18 不可解な裁判

 日が落ちると、永劫の獄は緩やかに確実に暗くなっていく。


 黒い煉瓦が敷き詰められ、簡単には壊れないよう魔力結界が張られている。力尽くでの脱獄もできなくなっているばかりか、魔力の手錠と合わせて二重の縛りとなっている。


 廊下は雨漏りを起こし、水滴の音が聞こえる。


 最初こそ眠りに就けないほどアリスの耳を騒がせた。次第に慣れてくると、アリスは考えても埒が明かないと感じたのか、再び横たわり、目を半開きにさせながら助けを待つが、門番すら立っていない始末であった。空腹になっても食欲が湧くことはないほど劣悪であった。


 居座るだけで生命力を吸い取られるとさえ思わせる王立刑務所は王都裏門の地下にある。


 収容される者のことなど、まるで考えられていない。


 恐怖のあまり指が震え、一際大きなため息を吐く。


「汚れるのは不快か?」

「ええ、いつもならお風呂に入って全身をお掃除しているところよ」

「これからどうなるのかが心配だ。まさか移動禁止命令に違反していたことがバレていたとは」

「王都の一味がいたって船長が言っていたけど、密偵がドゥブリスにいたようね」

「アリスのことを良く思わない何者かの仕業だろう。何か心当たりはないのか?」

「想像もつかないわ。魔障を憎む人はたくさんいるもの」


 魔力の手錠に連結している鎖がジャラジャラと音を出し、アリスをうんざりさせた。


 鎖は牢屋の鉄格子に繋がれ、引っ張っても一向に外れない。


 天使と悪魔、両方の力を持つ一角天魔が気に掛かる。くっきりとした姿を想像しながらも、アリスは鉄格子から門番が差し入れたと思われるライ麦パンを口に頬張った。


 善と悪の象徴として描かれてきた存在を共有するかのような混沌の魔力を夢越しに感じ、その壮大さを肌で理解した。まさしく天魔の一角獣と、アリスは心の中で呟いた。


 再び硬い床に横たわり、僅かな希望に夢を見るのだった――。


 翌日、早朝にアリスを断罪する裁判を開くことが決定する。


 通常であれば、裁判には手続きがあり、順番待ちとなることが慣例であった。


 しかし、アルバンは守護官権限により、他の裁判よりも優先的に行われる運びだ。赤薔薇の女王もこれには否定を示さず、事実上の国王公認裁判となっていることにクエンティンは一筋の危機感を持つ。


 一足先に王宮法廷を訪れていたアルバンの元にクエンティンが足を踏み入れた。


「おやおや、随分早いんですね」

「アルバン、アリスをどうするつもりだ?」

「どうするも何も、アリスは魔障の分際で大罪を犯した。死刑は堅いでしょうね」

「何を考えてるんだ! アリスはルベルバスの救世主だぞ! どんな大罪を犯したと言うんだ!?」

「落ち着いてください。あなたらしくもない。アリスは移動禁止命令違反を犯しました。流行り病が蔓延っているこの時期に、最初に王国内で発生したとされる港町ドゥブリスに赴いたのです。各地方では既に違反者が裁かれています。流行り病を広めたことが証明され、死刑になった者もいる。判例に則るのがルベルバスの裁判です」

「しかし、アリスはドゥブリスの町を救ったと聞いているが」

「それとこれとは別です。違反は違反、法律に例外はない。感情に任せて裁判を行えば、わざわざ法律を制定する意味がない。あなたも公爵家の一員なら、お分かりなのでは?」

「……」


 急所を突かれたように黙り込むクエンティン。


「前にも言いましたが、あまり魔障の味方をすれば、多くの者を敵に回しますよ。それじゃ」


 靴を鳴らしながら立ち去っていくアルバン。


 守護官が持つ非常大権を前に、クエンティンはアリスの無事を祈ることしかできなかった。


 日が最も高い場所へと上がり、人々の活動が活発になり始めた。


 王宮法廷の中央には証言台があり、傍聴席には多くの関係者が腰かけていた。


 木造の証言台に纏わりつくようにアルバンが佇み、赤薔薇の女王が最も高い席から見守り、証人たちの到着を待つ。クエンティン公爵がアリスに代わって証言台に立つ。ハートクイーンカードを持つ者たちがぞろぞろと現れ、席が埋まる。アリスと一度は関わったことのある者たちばかりだ。


 威圧するが如く、赤薔薇の女王がアルバンの隣に立つ。


「ではこれより、アリス・ブリスティアの断罪裁判を行うものとする。今回の裁判は女王陛下に裁判長を務めて頂き、守護官である私が検察役を行うものとする。そしてこの度、クエンティン・マウルタッシュ公爵がアリスの弁護役を自ら買って出ましたので、私が弁護役への質問を行った後、証人たちは証言台で順番に発言してもらうものとする。まずはアリスが移動禁止命令違反を犯した件について伺いましょう。ドゥブリスに滞在していた部下の報告によれば、アリスはドゥブリスで多くの患者を悩ませていた流行り病を治し、そこにいる被告人の1人、ジミー・クック船長と共に逃亡を図ったとあります」

「ちょっと待て。俺は逃亡を図ったわけじゃないぞ――」

「静粛に。あなたの出番は後です」


 手の平を見せながらアルバンが言うと、ジミーは目を尖らせながら渋々口を閉じた。


「アルバン、1つ確認したいのだが、よろしいか?」


 クエンティンが挙手すると、アルバンは余計なマネをと思いながら顔を向けた。


「何でしょう?」

「1番の当事者であるはずのアリスが何故ここにいないのだ?」

「アリスは危険です。今は永劫の獄で魔力の手錠をかけられていますが、放置しておけば永劫の獄諸共掃除されるかもしれませんので、警戒レベルを最大まで上げています」


 法廷が騒めき、隣に腰かける者同士で顔を見合っている。


「静粛に。最近の魔障は何を考えているのか、想像もつきませんので」

「永劫の獄は重犯罪者のみが入る刑務所だぞ。あんな悍ましい所に入れたのか?」

「まるで一度入ったことがあるような口振りですね」

「一度仕事で行ったことがある。少なくとも永劫の獄に入るような身分ではないはずだ。いくら被告人とはいえ、発言権すら認めないのはどうかと思うが」

「ご存じないんですか? 魔障は自己弁護のためなら平気で嘘を吐く連中です。千年戦争から何も学んでないんですか? あの時捕らえられた魔障が嘘を吐いたせいで、国家機密をルクステラまで持ち去られたのですよ。魔障は信用に値しない。呼ばれないのは当然です」

「――守護官様、発言許可を頂けますか?」


 傍聴席から挙手したのはレイシーであった。アルバンに呼ばれた証言者の1人だ。


「許可しましょう。証言台へどうぞ。証言台に立ったら、名前と所属を言ってください」


 何も言わず、堂々たる面持ちで席を立ち、証言台へと足を運ぶ。


「ブリスティア魔障院長レイシー・ブリスティアと申します」

「レイシー院長、アリスは魔障院ではどのような生徒なのですか?」

「平たく言えば、絵に描いたような劣等生です。授業内容に疑問を持ってはよく発言する子で、先生方も手を焼いていました。成績も決して良くありません。基礎魔法は全く使えず、固有魔法【掃除(スイープ)】を使って優秀王国民(エクセレンター)に恥をかかせ、王都から抗議文を提出されたこともありました。出張するまでは授業にも出ていませんでしたし、専ら魔障院付属図書館を漁っていました」


 目論見通りの発言に笑みを浮かべるアルバン。


「ですが――」


 レイシーの表情が変わり、アルバンに違和感を持たせた。


 大きく息を吸うと、レイシーは冷や汗をかきながら口を閉ざした。


 法廷が静まり返り、傍聴席にも緊張が走る。赤薔薇の女王もまた、レイシーの動向を見守るように両手の指を組みながら机に両肘をつき、固唾を呑んで見守っている。


 レティシアの表情が曇り、レイシーに合図を送るように視線を向けた。


 一方、ハッターがこっそりと法廷に入ると、傍聴席最後尾に立つ。


「嘘を吐いて誰かを陥れる行為だけは一度もしたことがありません。呆れるほどに真っ直ぐで律義で、嘘を吐いた方が得をする時でさえ、思ったことを正直に述べては人を困らせていましたから」

「歴史の授業で法螺を吹いて追い出されたと報告が上がっていますが」

「そのことは私も先生方から聞きました。きっと何か理由があるはずです」

「それはどのような?」

「例えばの話ですが、歴史の方が嘘を吐いているのかもしれません」


 再び法廷に騒めきが走る。最初の騒めきよりは静かな話し声だ。


 赤薔薇の女王が血相を変え、口の閉まりを強め、真っ赤な口紅が見えなくなると、レティシアが割って入るように証言台に近づき、レイシーと目を合わせた。


「レイシー院長、今の発言は歴史を愚弄するものです。くれぐれもお言葉には気をつけてください」

()()()()()、例えばの話です。失礼しました」


 アルバンに向かって頭を下げ、謝意を表すレイシー。


 ふと、レイシーは魔障史書マディーヒストリックスの内容を思い出す――。


 数日前、流行り病の知らせが届く前のことであった。


 アリスが授業を途中で放棄したとメイベルに伝えられると、レイシーは羽根ペンの動きを止め、すぐさまメイベルが差し出した魔障史書マディーヒストリックスに目を通した。目を凝らしながら読んでみると、自らが正しいと認識していたはずの歴史とは所々内容が異なり、レイシーは開いた口が塞がらなかった。レイシー自身が持つ魔障史書マディーヒストリックスと照らし合わせてみれば、見たこともないクリーチャーの絵が描かれていた。他でもないジャバウォックである。


 レイシーは頭を抱え、目の前が眩しくなる。


 改変される前の世界が見えると、大きく目を見開いた。


 自らが見たジャバウォックの禍々しい姿、戦場は紅蓮の炎に呑まれていく中、レイシーは逃げるので精一杯であった。ジャバウォックの後ろでは、鎧を着用する赤薔薇の女王が冷徹にも無表情のまま佇んでいる。敵軍勢を指差し、力強くジャバウォックや部隊に命令を下す様は、将軍顔負けとも言える女王の勇姿であった。何の抵抗力もない敵兵に対する情けもなく、ただ敵兵というだけで、住民ごと容赦なく蹂躙する光景にレイシーは嫌悪した。しかし、絶望的な力を前に屈するしかなく、近くの町へと命からがら逃げ延びた。敵兵を匿ったとして戦乱の炎が町へと広がり、レイシーは物陰に隠れ、九死に一生を得たのだ。アリスの言い分を思い返し、王位継承戦争の話が真実であったことを知る。


 レイシーは紛れもなく全てを思い出していたのだ。アリスの寝室に本を返すと、今度は魔障院付属図書館へと赴いた。魔障院副院長兼司書のチャールズ・ドジソンの元へと早歩きで駆けつけた。


「チャールズ、アリスがここに来ませんでしたか?」

「ええ、ついさっきまでいましたが。どうしたんです? そんなに慌てて」

「何の本を読んでいたか、ご存じありませんか?」

「歴史書を読み漁っていましたが、何の本までかは――あっ、そういえば、アリスが妙なことを聞いてきましたね。王位継承戦争はご存知かと。一応答えましたが、どうも納得がいかない様子でした。私は何か間違ったことを言ったのでしょうかね」

「つい最近の出来事ですよ」

「はて、簒奪王クリスの時代がつい最近とはこれ如何に。アリスに影響されるのは結構ですが、これではまるで、歴史書の方が間違っているように聞こえますね」


 チャールズが不思議そうに両手を上げながら言った。


 レイシーは口を小さく開けながら感づいた。アリスが常々持っていた違和感の正体に。


 歴史書を読み漁っていたのは自らの認識と歴史を照らし合わせ、世界の変化を知るためであるとすれば説明がつくと感じ取り、院長室へと戻っていく。


 1人になったチャールズは人気のない図書館に居座り、再び本を手に取り黙読する。


「段々似てきたね……院長に」


 物思いに耽りながらボソッと呟き、再び読書に明け暮れるチャールズ。


 レイシーもまた、世界が改変されたことを確信すると、何らかの因果を感じさせるようにアリスを断罪するための不可解な裁判に呼ばれ、証言台に立つことを求められた。


 道行く人に王位継承戦争の件を尋ねたところで、返ってくる答えは同じであった。


 誰もが王位継承戦争を忘れ、認識の違いに苦しんでいたアリスにシンパシーを感じていたレイシーがアリスの味方をするのは無理もないことであった。歪んでいたのはアリスではなく、深淵なる忘却によって改変された世界であったことを確信しながらも、密かに原因を探るしかなかった。


 人の認識は世界の僅かな歪みでも、いとも簡単に変わるものと思い知る。


 ハッターはレイシーの証言に妙な違和感を持った。真実を知らない者であればまず言うはずのない言葉を述べてしまったからだ。ただ1人アリスを庇うような証言は魔障院生を知り尽くしたレイシーだからこそ言えたのだと、ハッターは人知れず感心する。


 証言台から降りたレイシーは、そそくさと傍聴席へと戻るのだった。

 天使と悪魔が夢魔の力を持つのは、創造主たる神の力を得た霊獣夢魔により生み出された神の使者が分岐した結果とされている。平たく言えば、元々は同じ存在だった。しかしながら、何らかの要因によって一体化していた良心と悪心にそれぞれの自我が芽生え、神の意思さえ無視するようになったのだ。


 古代神獣召喚士ヴォルカ・サリナシオスの著書『異界冒険記』より

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