5話 元の世界?
ダダダダダ!
「やっべぇええええええええ!遅刻する!」
わき道の路地から勢いよく飛び出して、1人の少年が道路の歩道を急いで走っている。
「まっさか!しばらく進んで行き止まりなんて・・・、近道だと思って損したわ。」
しかし!その走る速度は常人の範囲を超えていた。
「勇気!ちょっと待てぇえええええ!私を置いて行かないでよぉおおおおおお!」
少年が飛び出したわき道からもう1人、少女が飛び出してきた。
その少女の走る速度も異常だったりする。
「あ!ほむら悪りぃ!急いでいたらついな・・・」
ピタッと少年が止まる。
「はぁはぁ・・・、ちょっと速いよ・・・」
立ち止まった少年に少女が追い付き、ぜぃぜぃと俯きながら肩で息をしていた。
少し呼吸が楽になったのか、少女が少年の顔をみた。
・・・
・・・
・・・
たっぷり数十秒もの時間、2人が見つめ合い硬直している。
「どういう事だ?」
「どうして?」
やっと話し始めたが、まだ信じられない表情でお互いの顔を見ていた。
「俺は確か・・・」
少年の言葉に少女がコクンと頷く。
「ここって召喚される前の状態だよな?それに俺って妹がいた?」
(確かに変だよ。俺は親父と2人で暮らしていたはずなんだ。母さんは俺が小さい時に死んで・・・、それから親父とずっと2人で・・・、だけど!どうして妹がいる?しかも『ほむら』って名前は?)
ジッと少女を見つめる。
そのまま見つめていると、少女が恥ずかしそうにそっと目を逸らした。
「勇気、恥ずかしいよ・・・、いくら兄妹でもジッと見つめられていたら・・・、お母さんの再婚で昨日から兄妹になったから私も慣れていないけど・・・、違うわ!これは本当の私じゃない!」
少女の顔が急に真剣になり少年へと向き直る。
「私は魔王ホムラよ!あの時、勇気を助けようとして女神の放った魔法に呑み込まれ・・・」
「思い出したか?」
少年も真剣な表情で少女を見つめる。
「えぇ・・・、思い出したわ。でもどうして?私の頭の中に今までと違う記憶があるのよ。魔王『ホムラ』じゃなくて、ただの人間の女の子『ほむら』の記憶が・・・、シングルマザーだったお母さんとずっと2人っきりで生活していたの・・・」
今度は困惑した表情で少年を見ていた。
「勇気、あなたのお父さんと私のお母さんが結婚して、あなたと兄妹になった記憶が・・・、義理だけどあなたと家族になったのよ。何でそんな記憶があるの?しかも、体も何かおかしいのよ。」
少年がゆっくりと頷く。
「俺もそうだよ・・・、ほむらと昨日から家族になった記憶があるんだ。だけどな、俺が異世界に召喚された時、昨日の事だけどそんな事実は無いはすだ!親父が再婚してほむらが妹になるって・・・、それにな、ほむらの体が変だってのも分かる。鏡を見れば分かるけど、今のほむらって確実に若返っているぞ。どう見ても高校生にしか見えないし、あの金髪も赤い目も黒に変わっているんだ。尻尾はもちろん無いからな。」
またもや2人が黙ってしまう。
「絶対に変だよ・・・」
ほむらが口を開き呟く。
「確かにな・・・、俺もあの黒い魔法に呑み込まれた事は覚えている。」
勇気も静かに呟き自分の右手を見つめた。
「ほむら、お前が差し出した手を・・・、その手を握った時のお前の温もりはハッキリと覚えているよ。しかも、それはついっさきの出来事としてな。」
「私も同じ・・・」
ほむらも少しうっとりとした表情で右手を見つめた。
「勇気の手の温もり・・・、絶対に忘れない・・・」
「まぁ、ここでうだうだと考えても仕方ないな。」
「そうね。」
勇気の言葉にほむらが頷く。
「とりあえず元の世界に戻ったし、時間も俺が召喚された時からそんなに経っていない気がする。体もその時の状態に戻っているようだな。」
「だったら、私も転校初日は遅刻したらマズいわね。そんな記憶があるわ。」
「そういう事だ。」
2人が再び走り始める。
ダダダッ!
「ねぇ、私が若返っているって言っていたじゃない?それこそ勇気も若返っていると思うよ。」
ほむらがマジマジと勇気を見ながら話かける。
「多分だけど、俺の場合は召喚された時の状態に体がリセットされたんじゃないかな?ほむらの場合はあの姿じゃこの世界に存在は無理だろう?確実に化け物扱いされてしまうな。」
「そうね、私の中にある記憶だと、この世界は人間以外の種族は確認されていないしね。獣人がいたらそれこそ国家が動いてしまうレベルだろうし、万が一捕まってしまえば散々実験された後、生きたまま解剖されるのがオチよ。最後は国立博物館の地下で秘密裏に保管されているでしょうね。」
ピョン!
「そうだな・・・、って!今気付いたけど、ほむら、見た目だけじゃなくて喋り方も変わっているぞ。あの威圧感ある喋り方が普通の女の子の喋り方だぞ。」
「私がお、女の子って・・・」
スタッ!
ダダダッ!
ほむらが恥ずかしそうに赤い顔で勇気を見つめた。
ピョン!
「そうだな、何て言えばいいか・・・、最初に会った時もすごく美人だったけど、今のほむらはとっても可愛いていうか・・・」
そんな勇気の顔も真っ赤になる。
スタッ!
「ほら!周りを見な。みんなが注目している!ほむらが可愛いからじゃないか?」
立ち止まり周りを2人がグルっと見渡すと、道行く人々全てが2人に視線を注いでいるのに気付く。
「勇気、この視線ってちょっと違う気がするわ。何か恐ろしいものを見るような目よ。」
(確かに・・・)
ほむらの言葉に勇気も周りの視線に気付く。
そして、ジッと耳を澄ませ人々の言葉を聞き取った。
そんな小さな言葉も聞こえる異常さに勇気は気付いていない。
「おい・・・、アレって何かの特撮か?」
「い、いや、これは絶対に特撮じゃない!人間ってあんなに速く走れる?車と同じ速度で走るって・・・」
「しかもよ、あの大きな道路を軽々と飛び越えて渡ってしまうって、あんなジャンプ・・・、私、夢でも見ているのかしら?」
「あの2人がオリンピックに出たら世界の常識が変わるぞ。」
「表彰台独占ってレベルじゃないな。」
「本当に何者?」
「あの制服は日輪学園の制服だぞ。そんな化け物みたいな人間っていたか?」
「学園は人間兵器でも作っているのか?」
「「・・・」」
沈黙が2人を包む。
「なぁ・・・」
「ねぇ・・・」
ジッと見つめ合っている。
「ほむら・・・」
「勇気・・・」
2人が黙って頷いた。
「逃げろ!」
「うん!」
一瞬にして2人の姿がその場から掻き消えた。
この場にいた人々は・・・
「夢だったのかな?」
「何かのドッキリ?」
「う~ん・・・朝から疲れているのかな?」
「見てはいけないものを見た気がする。」
「今日は仕事を休んで帰ろう・・・」
ゾロソロと疲れた表情で人々が再び歩き始めた。
この事は・・・
白昼夢みたいな感じになって、その場にいた人々の記憶だけに残った。
この噂を聞きつけたマスコミや警察達が、後日この辺りの防犯カメラなど全てを確認したが・・・
勇気とほむらが映っていた画像は何かの意思が介在したかのように一切残っていなかった。
「ヤバかった・・・」
「そうね・・・」
「異世界生活のおかげで常識がズレていたのを忘れていたよ。ついさっきまであの女神と戦っていたしな。あの世界じゃ移動に時間をかけたくなかったし、常に身体強化をかけていたから。って!魔法がこの世界でも使える?」
今度は普通に歩きながら勇気とほむらが会話をしている。
先程の異常な移動速度で逆に時間的余裕が出来てしまったからだ。
「多分ね・・・」
今度はほむらが掌を胸の前に広げる。
ポゥ
小さな青白い炎の玉が浮かび上がる。
「やっぱり・・・、私も鬼火が使えるわ。さっきの身体能力もそうだけど、見た目が変わっても魔王としての力は普通に使えるかもね。まぁ、この体はかなり脆弱そうだから、本気で力を使う時は何か考えないといけないかもね。」
「そうか・・・、俺は普通に使えそうだな。見た目は元に戻ったけど、あの世界で身に付けた力はそのまま使えそうだ。だけど、もうこの力は必要ないだろうな。陰キャらしく細々と教室の隅っこでいるのが俺は一番落ち着くよ。」
「ふふふ・・・」
ほむらが微笑んだ。
「そんな事を言って良いの?コレってフラグが立つ言葉じゃない?絶対に何か・・・」
ダッ!
いきなり勇気が走り出した。
さっきのような尋常ではない速度で!
「勇気!どうした・・・」
ほむらの視線の先には1人の女生徒がいた。
だが!
青信号で横断歩道を渡っているのに、彼女に近づく大型トラックがスピードを緩める気配が無い!
ほむらの魔王として異常に良く見える目には、トラックのドライバーがスマホを片手に画面を注視している姿が見えた。
(あのドライバーは目の前に信号があるって気付いていない?スマホを見ながらだから?)
直後、女生徒は迫ってくるトラックに気付いたようだが、すぐ目の前まで迫っていて恐怖からか体が微かに震えているだけで動こうとしない。
(ダメ!恐怖で竦んで動けないでいるわ!)
女生徒を助けようと体に力を入れたが、魔王としての体ではないのでこの距離からの移動だと間に合わないと悟った。
思考だけが速く体がスローモーションのようにゆっくりとしか動かない。
(勇気はどこに行ったのよ!)
「あっ!」
ダメだ!と思い目を閉じそうになった瞬間、女生徒の横に勇気の姿が現れた。
(勇気・・・)
勇気はそのまま女生徒を抱え一気に跳躍する。
スタッ!
横断歩道から離れた歩道に勇気が女生徒をお姫様抱っこをして降り立つ。
ドカァアアアアアアアアアアアアン!
直後にトラックが横断歩道の隣にある電柱に頭から突っ込んだ。
あのままだったら、女生徒は間違い無くトラックに挽かれていただろう。
(何かの転生ものの導入部分みたいね。まぁ、その場合はトラックに挽かれて死んじゃう展開なのよね。)
ほむらが何故か記憶にあるラノベ等の異世界転生ものの小説を思い出してクスッと笑う。
(まぁ、勇気もそんな1人だったみたいだし、さすがにこれで死んで転生するのは可哀想過ぎるわ。交通違反をしたトラックの運転手に対しては事故を起こしたのは自業自得だから同情もしないけどね。)
道を歩いている人達はトラックの起こした事故に意識が向いていて、誰も勇気や勇気に抱かれている女生徒を見ていない。
(むぅ!)
その姿を見てほむらがプクッと頬を膨らませた。
(私ですらまだ勇気にそこまで密着されていないのに!)
ギリギリと爪を噛み殺気が全身から湧き上がる。
周りを歩いている人達も、ほむらの強烈な殺気で誰一人近くに寄ることはなかった。
自分の周りに誰もいない事に気付く。
(たったこれだけの殺気でみんな逃げていくの?記憶から確認したけど、この世界って平和ボケしすぎよ!でもねぇ~)
嬉しそうにほむらが微笑んだ。
(勇気も私もこの世界にいてもあの世界での力を使えるし、多分だけど、小説のように異世界帰りのチートを発揮する展開になるかもね?)
しかし、すぐに笑みが消え、眉間に皺が深く刻まれる。
(これだけの事をしでかすのは神以外にあり得ないわ。それも最上級クラスの神にしか出来ないはずよ。)
誰にも聞こえないほどの小さい声で呟いた。
「私達に一体何をさせたいの?」
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