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期末考査明けの日から夏の甲子園大会出場校を決める県予選が始まったが、それと同時に僕たちの夏季補習授業も始まる。
出席日数には影響しないが、ほとんど補習を休む生徒はいなくて部活で試合のある生徒が数人休むくらい。
朝、教室に入ると幾つかの席が開いていた。
今日は我校の第1回戦のある日だから、野球部の尾形と吹奏楽部の森村直美ともう一人の吹奏楽部員が補習を休んで試合会場に行っているのは分かるが、他の生徒まで応援に行くこともないだろう。
何故なら1回戦の相手は、我校と同じ野球弱小高校。
いつもの年なら、ハラハラする接戦になるだろうが、今年は怪我から癒えて絶好調の野村が居るから投手力だけで勝てて当たり前。
応援なんていらない。
案の定補習授業が終わったときに先生から野球部の勝利を聞かされて、そのとき急に各教室から生徒のワーっという歓声が上がっていた。
勝って当たり前。
だけど2回戦の相手は中堅クラスの高校だから投手力だけでは難しいだろうし、たとえそこに勝ったとしても3回戦は春季大会でベスト8に入ったシード校が勝ち上がってくる可能性が高いから、いくら野村を要していても……。
ところが僕の予想に反して、我校の野球部は3回戦も突破してしまった。
4回戦の日程は僕らの住む地域からかなり離れた所にある球場。
しかも試合は第3試合で、14時の開始予定。
補習授業が終わって家に帰ると、土間にある“ぬか床”に手を突っ込み茄子とキュウリを引っ張り出し、冷蔵庫にあった沢庵と白菜の浅漬けと共に適当な大きさに刻んで、どんぶり鉢についだ白ご飯の上に乗せる。
後はゴマと揉み海苔と“もろみ”を乗せて麦茶を注ぐと、三木家代々に伝わる夏のスタミナ茶漬けの出来上がりだ。
僕は茶漬けを掻っ込みながら、教科書とノートを広げ、ついでにラジオを付けた。
時計はもう直ぐ14時だというのに、前の試合の中継が行われていた。
延長戦かと思ったが、どうやら向こうでは夕立があって試合が中断したらしい。
回はまだ6回だから、我校の試合開始時間はあと1時間近く遅れるだろう。
試合が終わったのは午後5時過ぎ。
夕立が降った後は、雨が嘘のように晴れ渡ったとラジオで言っていたから蒸し暑かっただろう。
夕食を食べ終わり、自室で勉強の続きをしていたが、なんだか気分が乗らない。
時計を見ると、もう8時……。
「チョッと散歩してくる」
そうお母さんに告げて、外に出る。
まだ本格的な夏の前だというのにムシムシして、シャツが肌に絡みつく。
バス停のある河原まで出てしばらく歩いていたが、蚊に刺されて家に戻った。
「おかえり」
「ただいま」
家に戻り顔を洗って、蚊に刺されたところに痒み止めを塗って自分の部屋に上がり再び教科書を広げたが勉強は一向に進まず、時計の針だけが進んでいた。
階下のテレビが9時前の天気予報を伝える。
“今夜は所によって急な雷雨となるだろう”と。
「母さん、チョッと散歩してくる」
「おや、またかい。気を付けてね」
「うん」
僕は傘を持って外に出た。
空を見上げると満天の星が瞬いていたが、西の空の向こうでたまにチカチカとフラッシュを焚いているような光が見える。
夕立!?
台風でない限り、天気は西から東に変わって来る。
河原をフラフラと散歩していた。
何故かバスが来るたびに、散歩を止めて家に向かおうとする足。
最終のバスは9時45分到着……。
ウロウロしている僕の姿を見て、カエルたちが笑っていた。
最終のバスが河原の向こうからやって来るのが見えた。
“今度こそ家に帰ろう”
いつもノロノロと走っているバスだが、今夜は思ったよりも早く、僕は慌てて停留所のある土手に駆け上がった。
ちょうどバスが来てドアが開く。
色のない景色に、光が灯る。
お婆さんがひとり、バスから降りて来た。
運転手さんが首を伸ばして、僕に話しかける。
「乗りますか?」
「いえ……」