⑤
「あら博くん、こんな所で何しているの?」
直美に声を掛けられたときの僕の恰好ときたら自販機の下に潜り込むように這いつくばって“無様”と言うほかなくて、直美の声もどこか笑っているように聞こえた。
「ジュ、ジュースを買おうと思って来たんだけど、コインを入れようとしたときに落としてしまって……あれー、どこに落ちたんだ??」
「何が飲みたいの?」
「あっ、えっ、えーと、コーラ」
思いがけない問いに慌てて答えたあと、ガシャンと音がして振り向くと「ハイどうぞ」と直美から冷えたコーラを渡された。
「あ、お、お金は……」
「こんなに暗くなってからだと見つからないでしょう」
「あ、ありがとう」
「私は何にしようかな♬」
直美は楽しそうに、自販機を見つめ、ソーダを買った。
鼻歌交じりにソーダを選んだという事は、なにか良い事があったに違いない。
屹度、野村との事に間違いない。
「一緒に飲もう」
「う、うん」
僕たちは閉まった駄菓子屋の前にあるベンチに腰掛けて、一緒にジュースを飲んだ。
「勉強、どう?」
「う、うん。まあまあだ……吹奏楽部、忙しそうだな」
「もう直ぐ甲子園の県予選が始まるからねっ」
「今年は、どう?」
「なにが?」
「うちの野球部」
「決勝まで行くんじゃないかしら」
「まさか、毎年1回戦か2回戦止まりなのに」
「でもさっき野村君が、そう言っていたわ。“今年こそは絶対優勝して見せる”って」
「の、野村と一緒だったの……」
何故か直美は、この時だけ僕の問いに直ぐには答えずに一泊開けてから「そうよ」と少し笑みを浮かべながら答えた。
屹度、この一瞬開けられた時間は、彼女が開き直るために必要だったのだろう。
知られたくはなかったけれど、僕に聞かれた以上、嘘は言えない。
生まれた頃からの付き合いだから知っている。
森村直美は僕に嘘をつかない。
「ところで博くんは、どうして自分の家の前にある自販機で買わずに、コノ自販機まで歩いてコーラを買いに来たの?」
しまった!
大切なことを忘れていた。
僕の家の前にも自販機は有ったのだ。
さて、困った。
どう言ってこの場を切り抜けるかが、僕が嘘つきになるかどうかの分かれ道。
「ほ、本当は散歩に出たんだけど、直ぐに喉が渇いちゃって……」
「早いわね!」
直美は僕の顔と、その向こうに見える僕の家の看板を交互に見て言った。
「な、夏だからな」
「じゃあ、散歩はこれからなの?」
「ま、まあ、そう言うことになるか……」
「じゃあ、私もいっしょに行く」
「いいよ」
「だっていつも、私の練習に付き合ってもらっているんだもの。今日は私が博くんのボディーガードを務めるわ」
「あ、ありがとう」
「じゃあコレ宜しく」
森村直美はそう言うと、いきなり僕にカバンを預けた。
「なんで僕が、直美のカバンを持たなくっちゃならないの!?」
「だって私は博くんのボディーガードを務めるんだから、当然でしょ」
「だから、なんでソレが当然になるの?」
「急に暴漢に襲われそうになったとき、カバンを持っていたんじゃお話にならないでしょう。違う?」
「そりゃあ、そうだろうけど……」
「どこ行く?」
「いつもの河原でいいよ」
「ふぅ~ん」
いきなり直美が斜め上から横目で僕を見る。
「なんだよ!いったい‼」
「だって、散歩に出るのに家を出た割には、まるで今になってコースを決めたみたいで怪しいなって思ったの」
「じ、人生、着の身着のまま。僕は元々、天下の風来坊なんだよ」
「嘘仰い。なんでも詳細なところまで決めなければ行動に移せないくせに」
痛い所を突かれた。
直美の言う通り、僕は昔からキチンと計画を立ててからでないと、行動に移せないタイプなのだ。
計画が立っていないと、不安で動けない。
いつからそうなったのかは記憶にないけれど、少なくとも幼稚園の遠足の時から親にお願いしてパソコンで行く先の“おさらい”をしておく習慣はあった。
ジュースを飲みながら、他愛もない話をして、僕たちはしばらく河原を散歩して、それから分かれてお互いの家に戻った。
モヤモヤしたものは少し残ったけれど、その後の勉強は思った以上に進めることが出来た。