⑭
夏休みが終わってから僕は“戦闘モード”に突入した。
戦闘と言っても、運動神経のない僕が実際に戦場に出て戦う訳ではない。
受験戦争に向けての戦闘だ。
学校のある日はもちろん、休日も朝から晩まで勉強漬け……と言いたいところだが、時々邪魔が入る。
毎度邪魔をするのは、森村直美。
秋の日は、抜けるように青空が綺麗だとか、イチョウの葉が黄色くなったとかモミジが赤いとか。
秋が深まって来ると、柿が赤くなっているとか不思議な理由をつけては僕を外に連れ出そうとする。
僕は幼い頃から僕より背の高い森村直美にある種の恐怖と憧れを抱いていたから、誘われるまま外に出て散歩を楽しんでいた。
冬に入ると、僕の家に上がり込んできて、僕が勉強をしている横で文庫本を読みながら時折家から持って来たミカンやリンゴを剝いてくれた。
やがて冬も終わりに近づき庭の梅の木に花が咲き始めた頃、お互いの人生を大きく左右する出来事が起きた。
それは進学。
僕はガリ勉が功を奏して、目標としていた東京の国立最難関大学に合格し、直美は地元の国立への進学が決まった。
卒業式こそ泣いていた直美だったが、僕が東京に出発する日に駅まで来てくれた時はケロリとして笑顔で手を振って見送ってくれた。
泣くものとばかり思っていたので、少し期待を裏切られた気がして寂しい気がした。
思春期。
思春期とは第二次成長期のはじまりから終わりまでを指す。
この時期に、女子は生理が始まり大人の女性のような体つきに変わり、男子は声変りが始まる。
そして男女ともに親と少し距離を置くようになり、代わりに異性に興味を持つようになる。
いわゆる恋愛。
思春期の恋愛は結婚を意識したものではなく、これから先に訪れる結婚に向けた予行演習的要素が大きいと何かの本で読んだ。
つまり、色々なタイプの異性と接することにより、自分により合うタイプを探し出し易いように経験を積む訳だ。
森村直美がくれた夏。
今までの僕の夏休みと言えば、学校に行けない代わりに朝から晩まで勉強をする毎日だった。
けれども高校最後の夏休みだけは、彼女のおかげでホンの少しだけだけど普通の高校生らしい夏を過ごせた。
春から僕は東京の大学に進み、直美は地元の大学に進む。
おそらく僕の大学生活は、森村直美の居ない高校生活のように勉強漬けとなるだろう。
そして森村直美は大学で活発に動き、様々な恋を経験することとなる。
僕は彼女を拘束するつもりもなく、その権利さえも有さない。
幼馴染の直美を、知らない男に取られるのは癪に障るが、ただ幼馴染だからと言って彼女を占有する権利はない。
と、言うより快活な彼女にとって僕は決して相応しいとは言えないはず。
10年後……直美はどんな男と結婚して、どんな家庭を築いているのだろう?
そして僕は……。
~10年後~
「勉つとむ!、強つよし! いつまでも絵本読んでいないで、サッサと着替えなさい」
「はぁ~い」
「ハイは伸ばさない‼」
「はい」
「アナタ、勉と強、保育園の送り迎え宜しくね。朝は8時半でお迎えは4時だから」
「えーっ、4時だと配達の時間に掛かるよ、そっちで何とかならないのか?」
「なる訳ないでしょ!明日は高校の卒業式だから、今日はもう予約でパンパンよ!」
「わかった、なんとかやってみる」
「じゃあ、お願いねマイダーリン!愛しているよ!」
「よせやい! お義母さんに宜しく」
「毎日会っているでしょ!」
結局、僕が勉と強の送り迎えをすることになった。
直美が家を出て、2人の子供の保育園へ向かわせる準備をしていたとき、長男の勉が僕に聞いて来た。
「ねえねえ、お父さんって凄く有名な大学出ているってお母さんが言っていたけど本当なの?」
「ああ、本当さ」
「なのに、なんでお爺ちゃんの酒屋で働いているの?」
今度は強が聞いて来た。
「人は皆、人それぞれなんだよ」
「お母さんが言っていたけど、お父さんは、ただ勉強することが好きなだけだったんだって」
「ふぅ~ん変なの」
たしかに、変だ。
でも、変なのは僕だけではない。
直美は、いったい僕のどこが良かったのだろう?
子供たちの仕度が終わり、家を出る前に3人揃って神棚を拝む。
いつもは気にしていなかったが、神棚に置いてあるソーダの空き缶に一輪の花が挿してあった。
あのソーダの空き缶は直美が嫁いで来たときに持ってきたもの。
何故、空き缶なんかを?
そして何故いつまでも大切にしているのだろう?
人生は、不思議なことばかり。
みなさん読んで下さり有難うございましたm(_ _"m)
人生なにがあるか分かりません。
でも真直ぐに前を向いていれば、必ず良い事が起きるでしょう(⋈◍>◡<◍)。✧♡




