⑬
翌朝、僕は直美の小母さんの車に一緒に乗って病院へ向かった。
丁度吹奏楽部の生徒たちが応援に出発擦り前に見舞いに来ていたらしく廊下ですれ違った。
直美は午前中に先生に診てもらい、経過は良かったようで退院する事になった。
午後1時から決勝戦が始まるので、絶対彼女は応援に行くと言い出して困らせるものだと思っていたが、応援に行くと言い出さなくてその代わりにレストランで食事がしたいと言ったので3人でレストランに入り食事をして帰った。
家に帰るともうとっくに試合は終わっていて、我校の野球部は決勝戦で破れ甲子園出場は叶わなかった。
夏休みの終わりの日の夕方、浴衣姿の森村直美が手にバックを提げて訪れ散歩に誘われた。
特に予定のなかった僕は、誘われるまま表に出た。
西の空が海老茶色に染まっていた。
河原を歩く彼女は、その風を楽しんでいるように見え、少し強い風が吹くたびにポニーテールにまとめた髪がサラサラとなびいていた。
川面を這うことでマイナスイオンを含んだ風が心地いい。
揺れるポニーテールを眺めながら、猫じゃらしに誘われる猫のように、直美の後ろを付いて行く。
「終わっちゃったね」
「ああ」
「高校3年。最後の夏休み……まあいいか、好きな人と居られたのだから」
森村直美の言葉の意味が気になった。
”好きな人?”
森村直美の好きな人って誰だ……ひょっとして、やはり野村?
僕の考えが、そこに辿り着いたとき、彼女は持っていたバックを開いた。
なんだろうと覗き込むと、それは花火だった。
「じゃ~ん。ご期待に応えまして花火です!」
なにも期待なんかしていないよと僕が言うと、まあいいからいいからと言って、何かの景品で貰ったような子供用の花火のセットを広げ出した。
「ほら、火の係り!」
ボーっと見ていた僕に彼女はライターを渡して、そう言った。
「なんで僕が?」と応えると、火は男の仕事だと勝手に決め付けていた。
渋々花火の傍にライターをもって行き火を着けようとするが、ライターなんて使った事がないのと夕方の涼しい風に邪魔されてナカナカ火が着かない。
「もう、ドンくさいなぁ」と言いながら彼女は手に持った花火をライターに近づけてくる。
そしてその瞬間に花火に火がついた。
「あちちっ!」
熱かったかどうか良く分からなかったが僕は急に着いた火に驚いて反射的に手を引き、勢いあまってライターを投げ飛ばしてしまった。
川面の辺りからポチャリと音がした。
「あ~ん。もう、ばか」
「ゴメン!」
謝った僕に、彼女は怒った様子も無く、むしろ楽しそうだった。
「火がひとつしかないから順番に花火を持って着けましょう」
どの花火にしようか迷っていると「火が消えるから、どれでもしいから早くしなさい」と怒られ、慌てて消えそうになっている直美の花火に近づけた。
ナカナカ火が着かない。
消えてしまったら、この小さな花火大会はお終い。
ふたりでドキドキしながら火の行方を見守ると漸く僕の花火にパッと火が移った。
「キャーッ!繋がった!」
直美が子供のように喜んだ。
その笑顔は、小さいときと同じ無邪気な笑顔。
それから後は順調に火のバトンタッチが上手く行き、最後の線香花火の時は僕と彼女が一緒に火が着くようにして、どっちが長く持たせられるか競った。
チリチリと微かな音を立てる線香花火の妖しげな明かりに写しだされる彼女に目を奪われながら思い出したことがあった。
それは直美が試合の応援で遅くなり、僕が散歩と称して迎えに行ったときのこと。
あのとき直美が「おうえん歌」と言って聞かせてくれた曲のこと。
あれはたしか「みんなで池の雨」と言う曲。
この曲はドイツ民謡で、ヘンゼルとグレーテルの曲とも言われているが、実は日本の有名なミュージシャンが歌詞をつけたことにより一時話題になった。
そしてその歌詞の中には「私に会いに来てくれたの」という一文がある。
ひょっとしたら、森村直美は僕が迎えに来たことを知っていたのかも知れない。
そのことに気付いた途端、なぜか顔が急に火照ってしまった。
「どうしたの?」
「ううん、な、なんでもない」
言った途端手が震えて、線香花火の火を落としてしまった。
「ヤッター! 私の勝ち‼」
僕のは終わってしまったが、せめて直美の花火だけは永遠に燃え続けてくれる事を願ったが次の瞬間彼女の花火も火の玉がポトリと落ちて一瞬にして辺りが暗くなった。
「終わっちゃったね!」
花火から目を離して彼女を見ると、煙が目に入ったと潤んだ瞳を手で擦っていた。
それからふたりで、終わった花火の後片付けをして家に帰った。
こうして僕の夏休み最後の日は終わった。
次はいよいよ最終話。
三木くんと直美さんのその後はどうなるのでしょう?
最終話は15時頃に投稿しますので是非読で下さいね。




