殺戮の旅 Ⅰ
一話ごとにどのくらいの文字数で上げればいいのか分からない、執筆初心者のyu-kaです。
元々継続力のない自分でも何か成し遂げたものが欲しいな、なんて思いで書き始めた本作ですが、一応人の目に触れるので、読みやすくできたらな、なんて思って文字数のこととか考えてたんです。
でもわかんないんでいっか、ってなりました。はい。
新緑の香りを含んだ柔らかな風がどこからともなくやってきて、青年の頬を撫でたかと思うと、新たな大地に向けて音もなく静かに去っていった。わずかな乱れもなく刈り揃えられた下草が緩やかに揺れ、石畳の脇に植えられた木々の葉が音を立てている。
青年の目の前には広大な屋敷が鎮座していた。白を基調とした石造りの建築で、装飾自体は控えめではあるが、バルコニーには花がモチーフの凝った壁飾りが備え付けられており、ガラスにはステンドグラスや幾何学模様が施されている。こまめに手入れされているのだろう、外壁や屋根の煉瓦には傷一つない。微塵の汚れもなく、ほぼ新築時と変わらない見た目を保っていた。華やかな存在感のある玄関の扉の前には庭園があり、色鮮やかな花弁が咲き乱れ、そのちょうど中央にある噴水の吹き上げられた水しぶきが日光を反射してキラキラと輝いていた。
青年はしばらくその光景を眺める。そして少し目を閉じたかと思うと、ゆっくり口を開いた。
「セリア、感じ取れるか?」
その声は青年の隣にたたずむ黒髪の少女に向けられていた。セリアと呼ばれた少女は微動だにせず、その場に立ち尽くしていた。彼女は艶やかな漆黒の長髪を揺らし、伏せられた目の睫毛をかすかに震わせている。彼女の身長は青年の体の胸ほどまでしかなく、その顔つきは女性的な美しさがあるとはお世辞にも言えない、少女的なあどけなさの残る幼さを感じさせるものだ。やがてわずかな時が過ぎたかと思うと、セリアは青年の方を向く。
「いる、エディンの言う通り、やっぱりこっちだったみたい」
そう言ってセリアは目尻を緩ませて、柔らかくはにかんだ。
そんなセリアに対し、青年——エディンは彼女の頭に手を伸ばした。そして細い髪質の黒髪をぐしゃぐしゃとなで回す。セリアはわ、と少し驚いたような声を上げて、少し拒むようにエディンの手を軽くつかむが、彼は構わずそのままでいた。しばらく少女の髪の感触を楽しんでいたエディンは慌てふためいているセリアの様子に微笑をこぼすと彼女の頭から手を離す。そして少しだけ前に歩み出た。
「少しだけ離れてろ、汚れるぞ」
エディンのその言葉で我に返ったのか、セリアは距離を取るように小走りで彼から離れていく。小動物のようなかわいらしさを感じさせるその姿を尻目に、エディンは身に着けた灰色のロングコートの胸ポケットから小瓶を取り出した。小瓶の中には赤にも、黒にも見えるようなやや粘着質な液体で満たされていた。少し揺らすと、とぷん、というふうな音を立てて液体が動く。よく目を凝らすと、その液体が動くたびに金の細い糸のようなものがかすかに光輝いていた。エディンはそれを見て、小瓶に線をしていたコルクを外す。すると外気と触れ合った液体は瞬時に深紅に染め上がり、所々が金色の燐光を発していた。
エディンはその液体を自分の周りに撒き散らした。すると不思議なことにその深紅の液体は彼をぐるりと囲むように空中に留まり、波状の円を形成して緩やかに回転を始める。エディンは右手に残った空の小瓶を無感情に眺め、そのまま力を込めて握りしめる。握りしめられた手の中で瓶が軋む音が聞こえる。彼はそれに一切構わずそのまま力を籠め続けた。すると、とうとう握る手の力に耐えられなくなったのか、ピキッという瓶に亀裂が入る音が響き、直後エディンの手に鋭い痛みが走った。エディンはわずかに表情を歪め、ゆっくりと手を開くと、砕けた小瓶の欠片が彼の掌の皮膚に突き刺さり、血がにじみ出ていた。そしてあっという間に掌に小さな血だまりが生み出された。
エディンは血まみれの右の手を自分の周りを回る液体の輪へと伸ばして、掴んだ。その瞬間、深紅の円環は金色の輝きを放ち、じんわりと熱を帯び始める。回転を止めたそれは波状の輪郭をたなびかせて、まるでエディンの装飾品であるかのように煌びやかに彩っていた。エディンはそのまま目を閉じ、頭の中であるものを思い描く。そしてかすかに口を開いた。
「聖なる星の息吹よ、暴け、サイフォスのレガリア、いと清らかなる我らが主の力の源泉、ここに具現せよ、其の聖言の在るが儘に」
刹那、エディンを中心に風の渦が起きる。見えないはずの風がまるで霧のように、空気を濁してエディンの姿を覆い隠し、周りに吹き荒れている。石畳の歩道脇に植えられた木々の葉や庭園の草花は風にどうにか抗おうと堪えていた。やがて暴風が吹き止むとエディンの体がゆっくりと露わになっていく。
そこにはいくつもの直剣で形作られた鉄の翼があった。ちょうどエディンの腰から鉄色の太い骨のような二本のフレームが伸びている。光を反射して鈍く輝くそれには片側に四本の両刃の片手剣が装着されており、まるで一対の翼のように展開されていた。エディンの腕には肘から先から掌までをまるっきり覆うような籠手が身に着けられ、装甲が複雑に入り組みあった特徴的なフォルムをしている。
エディンは籠手の嵌められた右手を目の前にかざし、ゆっくりと指を動かす。金属の籠手の指の関節部が折り曲げられるたびに擦れあって音を立てる。何度か掌を開いたり、閉じたりして調子を確かめると、エディンは体を捻って背面の直剣に手を伸ばした。すると翼のフレームもエディンの動きに呼応するように動作し、彼の手の近くに剣の柄を寄せる。エディンはそのまま直剣を抜き放つと、金属の鞘と剣の刀身が擦れあって火花を散らす。そして隠されていた鈍色の剣先が陽光に晒され輝きを帯びていた。
エディンは石畳に手にした直剣を突き刺す。そして、木の裏に隠れておずおずと様子を伺っているセリアの姿を見つけると、嘆息を吐いて苦笑を浮かべた。
読んでいただいてありがとうございました。
一番最初の話にある通り、記録みたいなつもりで書いてるので、投稿自体は不定期ですが、気になった方は次回もぜひ、、、
psコロナで絶賛ダウンしてるのでちょっと遅れるかも、、、