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2.伯爵令嬢、隣国へ行く(3)

「見た目は子供だが、魔導具士としての必要な知識は備えているみたいね。ここで立ち話もなんだから、中に入りなさい。もう少しであの男もくるし」


 玄関が開いて、三人は家の中へと入る。中も至って庶民的な家。ロード伯爵邸のようなきらびやかな調度品などは置いていない。シンプルでありながら、どこか機能的。


「地下が工房になっているから」


 外から見えた地下室の窓。どうやらあそこが工房らしい。


「とりあえず、お茶を淹れるわ。適当に座って。あ、フランの奥さんの名前を聞くのを忘れた」


「リネーアよ」


「よろしくね、リネーア。悪いけど、手伝ってもらってもいいかな?」


「もちろん」


 どうやら大人な女性二人は意気投合した様子。一応成人はしたが、見た目は子供な女性はソファにちょこんと座ろうとしたのだが、お世話になる家主に渡しておきたいものがあったことを思い出し、義兄が持って来てくれた荷物をゴソゴソと漁る。


「はいはい、座って座って」

 ハイケが手にしている銀のトレイに人数分っよりも一つ多いカップとティーポットが置かれている。そしてリネーアの銀トレイにはお菓子。


「そうそう、フラン。最近、ホルヴィスト国で売り出された魔導具で、自動でパンが焼けちゃうやつ。あれ、手に入らないかな?」


 荷物をゴソゴソと漁っていたカリーネの手が止まる。


「魔導パン焼き機のことかい? 寝る前に必要な材料を入れておけば、朝食に焼き立てパンが食べられるという、あれのことを言っている?」


「そうそう、そうよ。それそれ。発売された途端、大人気で売り切れ続出とは聞いているんだけれどね。ほら、食べ盛りの子がきたわけでしょう?」


 ハイケはちらりとカリーネを見つめた。どうやら、ハイケにとってカリーネは食べ盛りに分類されるらしい。


「あのぅ、ハイケさん……」

 食べ盛りのカリーネが、師となる女性の名を呼ぶ。


「なあに? パン焼き機がなくても、あなたの食事くらい、ちょちょいと作るから安心してちょうだい」


「あの。お世話になるので。これを、と思いまして……」


 カリーネが手にしていたのは、まさしく今、話題にあがった魔導パン焼き機。


「あの、魔導パン焼き機です。ちょっと大きいのですが、どちらに置きますか?」


「え? これが魔導パン焼き機? 思っていたより小さいわ。こんな貴重なもの、もらってもいいの?」


「あ、はい。私が設計したので。こちら、量産試作品ですが。普通に使う分には問題はありません」


「え。カリーネが設計したの?」


「あ。はい。工場(こうば)で働いている方から話を聞いて、こんなものがあったら便利かな、と思いまして」


「ちょっとフラン。何なのこの子。まさか、魔導パン焼き機の設計者に会えるとは思ってもいなかったわ」

 すっかりと舞い上がってしまったハイケは、お茶の準備をしたものの、それを淹れる様子が微塵も感じられない。仕方なく、リネーアがお茶の準備を始める。


「ハイケ、落ち着きなさい。このカリーネが君の弟子になるわけだから」


「ええ、優秀な弟子みたいで嬉しいわ」


「となれば、私はお師匠さまとお呼びした方がいいですね。お師匠さま、どうぞよろしくお願いします」


「お茶が入ったわよ」


「ああ、リネーア。ごめんなさい。客人にやらせてしまって」


「いいのよ、気にしないで。妹がお世話になるんだから」


「妹……。カリーネはリネーアの妹、なのね……」


 信じられないとでも言うかのようにカリーネを見ているのは何故だろう。

 こんなに似ている二人なのに、とカリーネは思っているのだが。ライラック色の髪も、シナモン色の瞳も、まったく同じである、というのに。


「遅くなってすまない。開いていたから、勝手に入ってきた」


 背後から声がしたため、カリーネは思わず振り返る。


「フラン、久しぶりだな。そちらが、君の奥さん? で……、隠し子?」


「ああ、久しぶり。ラーシュ。そう、こちらが妻のリネーアで、妻の妹のカリーネ」


「え? 妹? てことは、この子が例の学校に入ってくる子?」


 カリーネは先ほどからその失礼な男を見上げていた。金色のさらさらの髪にアクアグリーンの瞳。どこかの絵本から飛び出してきたような王子様のような容姿をしている。こんな整った男性を、カリーネは目にしたことがない。もちろん、義兄であるフランも見目は整っているのだが、こう、種類が違う。


「そう。カリーネ、こちらは私が留学時代に世話になったラーシュ・タリアン。魔導具士養成学校の研究課程にいるんだ」


「あ、えと。カリーネ・ロードです」


「え? 本当にこの子が? あの学校に入学する子?」


 先程、この男に向かって王子様のようだ、と思ったことを撤回したい。この男はカリーネのことをじっと観察した挙句、やはり信じられない、と首を振った。

 そこで、どうやら何かに気付いた様子。


「おい、ハイケ。君、いつの間にこんなものを手に入れたんだい?」

 ラーシュが口にしたこんなもの。彼の視線の先には、先ほどカリーネがハイケに渡した魔導パン焼き機。


「これって、あれだろ? ホルヴィスト国で流行っている魔導パン焼き機。まだ、生産が追いつかなくて、こっちに出回っていないはずだが」


「そうなのよ、ラーシュ。カリーネからもらったの。設計したのがこの子なんだって。なんか、すごい子を弟子にとってしまったわ……」


 魔導パン焼き機を見ながらうっとりしているハイケだが、うっとりする相手が間違っているようにも思える。だが、たいてい魔導具士というものは魔導具を見てうっとりするもの。


「は? このフランの隠し子のようなこの子が設計者? これの? 君が?」

 じっとラーシュがカリーネを見つめている。カリーネはこんな風に見下ろされてしまっては、蛇に睨まれた蛙状態で、動くことができない。つまり、頷けない。


「ラーシュ。あまり義妹(いもうと)をいじめないでくれるか? カリーネ、こちらに座りなさい」


「ああ、そうよ。カリーネ。お茶が入ったのだから、それにお菓子も食べて」

 魔導パン焼き機を手に入れたハイケの機嫌がすこぶる良い。


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