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2.伯爵令嬢、隣国へ行く(1)

このロード伯領から、隣国ストレーム国の王都であるパンクハーストまでは魔導車で半日。魔導車とはその名の通り、動力が魔力の車。車輪が四つついている箱型の乗り物。馬車には御者が必要だが、この魔導車には運転手が必要となる。

 この魔導車でロード伯領を朝発てば、日が沈む前にはパンクハーストには着く。このロード伯領がホルヴィスト国の南側の国境にあるからだ。実はホルヴィスト国の王都に行くよりも、ストレーム国の王都に行く方が近い。

 だから、このロード伯領にある鉱山で採れる魔鉱石は、ストレーム国にも流通しており、ロード伯爵はホルヴィストとストレームを繋ぐ架け橋と言っても過言ではなかった。魔鉱石は魔導具製作に必要不可欠なもの。魔導具の国と言われているストレーム国は、このロード伯領の魔鉱石を重宝している。何よりも、鉱山から王都まで魔導車で半日という立地条件。もちろんストレーム国にも魔鉱石が採れる鉱山はいくつかあるのだが、やはり王都からはそれなりの距離の場所にある。

 だが、魔鉱石は天然石だ。採掘できる量というものは決まっている。己の欲求任せに、掘ればすぐに枯渇してしまう。まして、それを独り占めしようという領主であっては困る。欲にまみれず、民のことを第一に考えるような人間がロード伯爵に相応しいとされている。

 もちろん、カリーネの父親はそんな人物。だからあの嵐になりそうな日に、早めに工場で働く者たちを帰した。あの後、耳をつんざくような雷鳴が響き、雨は激しく降り、道路を川にしてしまった。幸いなことに、崩れた場所や浸水した場所はなかったが、危うく工場で働いていた者たちは帰宅できないような、そのような状況になるところだった。


 魔導車がぐんぐんと進んでいく。もちろんこの魔導車を運転しているのはカリーネの義兄であるフラン。主な移動手段が馬車から魔導車へと替わったことで、移動に費やす時間もぐんと減った。

 ヘルムートとカリーネの婚約が解消されてから二か月後。彼女は今、義兄が運転するストレーム国に向かう魔導車の中にいた。


「それで、なぜお姉さまもいらしているんですか?」


 カリーネは隣に座っている姉に声をかけた。フランがカリーネを隣国まで送り、その他諸々の手続きを行うと名乗りをあげた。むしろ、隣国に留学経験がある彼がそれを引き受けてくれたことで、ロード伯爵の負荷というのは一気に減った。


「あら。だってフランは私の旦那様ですもの。一緒に行くのが妻の役目でしょう? それに、可愛い妹が二年間も隣国に留学するのよ。それの手伝いくらいさせなさいよ」


「というよりは、パンクハーストで買い物したいから、というように思えるのですが……」


「あら、わかっちゃった?」


「お姉さまのことですからね」


「どうやら、パンクハーストでは画期的なデザインのドレスが流行っているようなのよ。普段着使いのね。そういった新しいことは、わが国でも取り入れていくべきだと思うのよね」


 リネーアは魔導具に興味のあるカリーネと異なり、やはり女性のファッションに興味があった。だが、ただ単に見栄えのいいドレスを欲しがるのではなく、どちらかというとそこに機能性を求めている。むしろ、ドレスにコルセットは不要、とでも言うかのように。

 そして今、隣国へと向かっている魔導車の中にいる二人の女性は、コルセットが不要なスタイリッシュなハイウエストドレス。だったはずなのだが、残念なことにカリーネに似合うそれが無かったため、カリーネはちょっとフリルであしらわれたワンピース姿。カリーネのライラック色の髪は赤いリボンで高い位置で一つに結わえてある。それに引き換え、リネーアは落ち着いた編み込みだ。姉妹であるにも関わらず、どことなく姉妹に見えない雰囲気。


「リネーア、カリーネ。パンクハーストの街が見えてきたよ」

 前の席で運転をしていたフランが、後ろの女性二人に声をかけた。カリーネは窓にへばりついて外を見る。今まで長閑な田園風景が広がっていたが、いつの間にか建物が増えていた。恐らく民家。


「わぁ、ロード領とは見た目も全然違いますね」


「一応、王都だからね」


「そうよ、あんな田舎のロード領と一緒にしてはいけないわ」


「お姉さま、もしかしてロード領に不満があるのですか?」


「不満はないわ。私は王都暮らしよりも、あの田舎の方が性に合っているし。ホント、社交界シーズンにあのタウンハウスで暮らすのが億劫なくらいよ」


 社交界関係は、全て姉夫婦が引き受けている。次期ロード伯爵として、伯爵夫妻の代わりに参加しているのだが、どうやら姉はそれが面倒くさい様子。田舎暮らしをしていると、どうしても人付き合いが億劫になってしまうのは、致し方ない。


 ストレーム国の王都、パンクハーストの街に入ると、魔導車はこの国を警備する騎士達によって誘導された。魔導車は速度が出るため、街中で走らせるには危険なのだ。国と国、領地と領地間の移動に重宝されるそれだが、人の多い街で走らせることは禁止されている。

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