10.伯爵令嬢、公爵と結婚する(2)
「さらに、過去にはこのストレーム国の工場や工房から部品が盗まれていたと言う話もあってな。あのときは、さすがに肝も冷えたが」
ヒクッと身体を震わせたのはヘルムートだった。
「それが、何か?」
「いや。アルギナという代理店の名に、心当たりがあるのではないかと思ったのだが」
「さあ、知らないな」
「なら、ケイシー・ニークという人物も知らないな?」
「ふん。そんな男の名前、聞いたこともない」
「そうか」
ラーシュは腕を組んで、じっとヘルムートを睨みつける。カリーネもこの場をどうまとめるのが一番いいのか、ということを考えていた。
今、ヘルムートにはラベルゴ商会の魔導パン焼き機が安全面において不十分であることを伝えたし、それの対策についても伝えた。納得できないというのはラベルゴ商会の都合であって、その対策を行えないのであれば、このストレーム国で魔導具を売ることはできない。
「残念ながら。今後、ラベルゴ商会は、ストレーム国で魔導具を売ることはできないだろうな」
思わずカリーネはラーシュに視線を向けた。いや、対策さえ行ってくれれば、ラベルゴ商会の魔導具だってここで売ることはできる。認証制度の目的はラベルゴ商会の魔導具を追い出すことではなく、危険な魔導具を流通させないことなのだ。
「だが、ヘルムート殿がこちらに足を運んでくれて助かった。今頃、ラベルゴ商会にはそちらの騎士団たちが捜索に入っているはずだ」
「な、なんだと?」
「知っているか? そちらのラベルゴ商会の魔導具で、我が魔術士団の団長が火傷を負ったのだよ」
それはもちろんマルスランのことだ。今から約一年前のこと。今ではすっかりとその火傷も治っているが、マルスランの執念は恐ろしい。
「ラベルゴ商会ではどうやら危険な魔導具を売っているらしい、という話になってね。秘密裏に騎士団に調査を依頼していた」
ヘルムートはギリリと唇を噛むが、それでも反論する余裕はあるらしい。
「ラベルゴ商会の魔導具が原因でその者が火傷を負ったとしても、正しい使用方法を守らないからそのようなことが起こったのではないのか? それに魔導士団団長というのであれば、魔力干渉が起こってもおかしくはないだろう?」
「ですが。本来であれば、そうならないように魔導具側で対策をするのが一般的です」
カリーナがつい声を荒げてしまった。このヘルムートという男は、魔導具で使用者が怪我をしようが何をしようが、構わないと思っているにちがいない。
「一般的であっても、それは強制ではないよな? 魔力のある者が魔導具を使う時には、使う側も対策を講じるべきではないのか?」
ヘルムートの言葉も一理ある。魔導具を使う魔導士の方で、魔力を封じる封魔の道具を使うという手段もある。だが、魔導士たちはそれを好まない。
「そうだ。だが、危険な魔導具を販売していた、ということで騎士団がラベルゴ商会に調査に入っているわけではないよ。それは表向きだ。お前に本当の理由を悟らせないためにな。きっと今頃、ラベルゴ商会とブラント子爵家は、騎士団たちに取り押さえられているだろうな」
ラーシュの言葉に、ヘルムートは眉根を寄せる。
「先ほど、アルギナという代理店について、私は質問をした」
ラーシュが自分のことを「私」というときは、もう一つの顔を使う時だ。
「だが、俺はそのような代理店は知らない」
ヘルムートが吐き捨てた。ラーシュは言葉を続ける。
「そして、ケイシー・ニークという人物についても尋ねた」
「だから。俺はそのような男は知らないと言っている」
「だけど私は、ケイシー・ニークが男であるとは言っていない。ケイシーとは男女どちらでもよくある名前だと思っているが?」
ヘルムートの顔色が変わっていく。
「俺は、知らん。何も知らん」
「ならば。こちらの調査結果を教えてあげよう」
「な、なんなんだ、貴様は。ただの、認証委員だかなんだかの人間だろ。そんな人間が、このモンタニュー公爵家に、口答えをしてもいいと思っているのか」
なんて愚かなのだろう。
カリーネは、小さく息を吐いた。だが、カリーネも知らなかったのだから、ずっとホルヴィストにいた彼はもっと知らないのかもしれない。それにラーシュが渡した名刺には、魔導具認証委員会という肩書とラーシュ・タリアンという名しか書かれていない。
むしろその名から彼がロレンティ公爵であると知る者は数少ないだろう。何しろ、ラーシュ本人がそうさせているのだから。
「そちらが、ラベルゴ商会の者ではなく、モンタニュー公爵家として話をするのであれば。こちらもロレンティ公爵家として話をさせてもらうが?」
「ロレンティ、公爵、だと?」
ヘルムートも、一応は公爵家の人間。隣国のロレンティ公爵の名前は聞いたことがあるのだろう。
「まず、アルギナという代理店であるが。確かにこのストレーム国に存在していた代理店だ。だが、約半年ほどしか存在していない。そのアルギナがここで店を構えたと同時期に、この王都では、魔導具の工場、工房荒らしが頻発するようになった。しかも盗まれるのは、決まって魔導具製作に必要な部品」
ヘルムートはギリリと奥歯を噛みしめる。
「工場荒らしにあったボルネマン商会だが、当時、そこで働いていたケイシー・ニークという人物からアルギナ代理店から、必要な部品が入手できそうだという情報を得た。これ以上生産スケジュールを遅らせることができないと判断したボルネマン商会は、アルギナ代理店から、必要な部品を購入した」
「良かったじゃないか。必要なものが購入できたのだから」
「だが、それは偽物だった。アルギナ代理店は、ストレーム国の工場や工房から部品を盗み、どうやらラベルゴ商会へ横流ししていたようだ。さらに、部品入手で困っている工場には、偽物の部品を売りつけていた。その偽の部品の入手先もラベルゴ商会」
「証拠、証拠はあるのかっ」
「それは、捜索に入った騎士団たちが、きっちりと握っているはずだが? 君が、ケイシーが男である、と宣言したときに、向こうにいるこちらの魔導士が指示を出した」
「な、んだと?」
「私たちの会話は、この魔導通話機を通して、あちらにいる関係者に筒抜けなのだよ」
上着の内側から、魔導通話機を取り出したラーシュ。それは通話中のランプがついている。
「ラベルゴ商会に捜索に入ろうとしても、モンタニュー公爵家の者によって門前払いされるという話も聞いていたからね。君がこちらに来るタイミングで、こちらの魔導士にも協力要請をした。もちろん、ホルヴィストの騎士団たちにもね」
まるでこのラーシュという男は、ヘルムートがここに乗り込むことを知っていたような感じがするのだが。




