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1.伯爵令嬢、婚約破棄される(3)

「ブラント子爵って。もしかして、あのスザンナ? もしかして、スザンナがヘルムートの婚約者になるってこと?」


「リネーア。あなたブラント子爵令嬢のことをご存知なの?」

 フランの話を聞いて少し気持ちが落ち着いたのか、夫人もカリカリせずに娘に訪ねた。


「ええ。知ってると言うほどのものではないのですが。ちらっと夜会でご一緒したことがあるだけ。恐らく、年は二十歳くらいだったかしら?」


「まぁ。大人の女性なのね」

 カリーネがぽろっとこぼす。ヘルムートは確か二十二歳であったはずだから、もしかしたらカリーネよりもそのスザンナという女性の方が年齢的にもお似合いなのかもしれない。


 だが、余計なことは口にするな、とでも言うかのようにリネーアは妹を一瞥する。

「とにかく派手な女性、という印象でしたね。ドレスも、こう、胸を強調するような」

 と手振りで胸をボンと強調するリネーア。それを見たカリーネは自分の胸元に視線を向け、もう一度姉を見て、もう一度自身の胸を見る。


「あのヘルムート殿が好みそうな女性ですよ」

 フランが言えば、じっとカリーネは自身の胸元を見つめている。むしろ、お仕着せの胸元を引っ張って、中を覗き込む。


「カリーネ。あなた、先ほどから何をしているの?」

 胸元ばかり見ている娘に気付いた母親が、声をかけた。


「いえ、ヘルムート様は、こう、お胸が豊富な女性が好きでいらしたのだな、と。どう見ても私はそこに遠い胸をしているなと、思っただけです」


「カリーネ、何も女性の魅力は胸の大きさだけではないわ」

 姉が励まそうとしてくれるのは分かるのだが、カリーネの倍の大きさの胸を持ち合わせている姉に言われても、説得力に欠けるというもの。


「むしろ、カリーネは今が成長期だろう?」

 とフランはフォローに入ったつもりだが、成長期という言葉もどうなのだろうと、口にしてから後悔する。


「そうよ、カリーネ。あなたはまだ十六。身長ももう少し伸びるだろうし、胸もお尻も今はぺったんこだけれど、これから成長するのよ」

 姉のフォローがフォローになっていないような気がするのは、気のせいだろうか。

 だが、カリーネはこの胸もお尻もぺったんこな体つきが気に入っていた。ドレスを着ても映えない身体付きではあるが、とにかく動きやすい。魔導具士として工場に呼ばれた時などは、あっちもこっちも身軽に動くことができる。


「お姉さま。私は別に自分の身体に不満を持っているわけではございませんから、心配なさらないでください」


「話がずれてきてしまったようだが」

 なんとかその場を取り繕うとするロード伯爵。女性が三人もいれば、話題がコロコロ変わるのが、この場ではいつものことでもあるのだが、今日は肝心な話をしなければならない。


「まあ、つまり、そのあれだ。ヘルムート殿はカリーネとの婚約解消を望んでいる。だから、書類にサインをして返送しろということなのだが。カリーネは、ヘルムート殿との婚約を解消することに合意する、ということで問題はないか?」


 ピカッと、窓の外が一瞬だけ眩しくなった。どこかで雷が光ったのだろう。


「はい。問題ありません。むしろ、喜んで」


 雷鳴が轟く。まだ、雷は遠いようだ。


「そうか」

 と呟くロード伯爵は、どことなく寂しそうにも見えた。


「ですが、お父さま。カリーネとヘルムートの婚約が解消されたとなれば、またカリーネに変な男が群がってくるのではありませんか?」


 それはリネーア自身の経験にもよる。ただ、リネーアの場合、彼女と結婚をした男性はこのロード伯爵の爵位を継ぐことができるという特典もついていたから、カリーネのときとはまた別な意味で変な男が寄ってきたわけだが。

 カリーネの場合は、恐らく嫁ぐときの持参金目当てが多いだろうと推測される。何しろこのロード伯爵。レマー商会と昔からつるんでいるため、そこでの儲けが多いのだ。そして、領地にある魔導具製作工場。ここの売り上げも主な収入源の一つ。もちろん、この工場で働いていない者たちは、実は鉱山で働いている。つまり、鉱業と工業の双方で成り立っているという珍しい場所なのだ。

 どちらがこけても、どちらかが穴埋めをする。そんな役割もある。


 フランはソファに寄り掛かって足を組んだ。さらに腕を組み、何やらじっと考え込んでいる様子。

 カリーネは、肩の荷がおりたとでも言うかのように、お菓子に手を伸ばしている。

 また、窓の外が光る。次は、すぐに雷鳴が聞こえてきた。


「カリーネ。君は、隣国に留学するつもりはないか?」

 じっと何やら考え込んでいたフランが口にしたのは、留学、という言葉。


「りゅうはふ、でふあ?」

 口の中にお菓子が入っていたカリーネが言うと「行儀が悪い」と母の声が飛んでくる。


「留学、だと?」

 ロード伯爵も右の眉をヒクヒクと動かしながら、フランを見る。


「ええ。カリーネの魔導具士としての技術を、もう少し隣国で磨いた方がいいと思うのです。隣国のストレーム国は魔導具の国とも言われていて、魔導具士養成学校まであるのですよ」


「それとこの婚約解消が、どんな関係がある?」


「恐らく、カリーネの婚約解消を聞きつけた無能な男どもは、金を狙ってカリーネに我こそはと求婚してくるでしょう。ですから、義父(とう)さんと私で、カリーネを隣国に追いやったということにするのです。いわゆる、国外追放というやつですね」


 こんなことをリネーアの夫であり将来的に爵位を継ぐフランが口にすれば、その金を独り占めしたいのではないかと思われそうだが、リネーアに尻に敷かれているフランがそこまでできるとも思えない。やはり、どことなく性格は三男坊の甘えん坊なのだ。

 だが、周囲は恐らくフランがカリーネを邪魔で隣国へと追いやったと思うかもしれない。むしろ、そう思わせることもフランの作戦なのだが。


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