3.伯爵令嬢、学校へ行く(4)
「それで、加速試験って何なんですか?」
朝、その聞き慣れない言葉を耳にしてから気になっていた。
「三年分の寿命試験を、数十日で終わらせる試験」
「え、そんなことができるんですか? なんで? どうやるんですか?」
ラーシュは彼女の予想通りの反応に嬉しくなってしまった。信頼性評価とは意外と地味なテーマである。地味でありながらも、魔導具の設計評価には必要不可欠なもの。さらに、その信頼性試験に必要なパラメータを算出する方法が意外と難しい。こつこつと地道な計算と日々戦っている。だから、研究そのものが地味と言われがちであるが、魔導具の設計者の中にはラーシュが算出した条件で加速試験を実施し、魔導具の寿命の確認を行っている者たちもたくさんいるのだ。
それでも様々な要因が重なって、その試験を終えた製品が寿命に耐えられないときだってある。そうすれば、お前の計算方法が悪いと言われる始末。
だからこそ、自分の研究についてこのように純粋に興味を持ってもらえることが嬉しかった。そもそも、あの魔導パン焼き機を独学で設計してしまうような少女なのだ。恐らく、魔導具に関することであれば、評価以外にも材料やその調達方法、製造工程など、全てのことに興味を持っているに違いない。
「子リスちゃん、ここは食堂だからね。もう少し、落ち着こうか」
「ああ。すみません。ラーシュさんのお話が興味深くて、つい興奮してしまいました」
ラーシュはフランの言葉を思い出す。魔導具に夢中になりすぎて寝食すら忘れてしまう子、と言っていたことを。
「ところで。ここの授業はどうだい?」
「あ、はい。やはり独学では学ぶことができなかったことを教えてもらっている感じです。今日は、魔導具の安全設計と魔導具の歴史の授業でした。安全設計についてなんですけど。今日の話を聞いたら、あの魔導パン焼き機ももう少し小型化できるかもしれないって思い始めて。それで、すぐ魔導回路を直したくなりました」
「へぇ、あれをもっと小型化できるのかい?」
「はい。魔導回路内の動力部によって制御部が暴走しないようにって今は基板を二つに分けているんですけど。一つの基板内でも、きちんとその二つの回路を遮断すればいいので、今より基板が小さくなることが望めます」
「ふぅん」
「それよりも。早くラーシュさんの研究室を見せてください。加速試験についてのお話をもっと聞きたいです」
「ご飯も全部食べたみたいだしね。じゃ、そろそろ行こうか」
ラーシュがトレイを持って立ち上がったため、慌ててリュックを背負ったカリーネも同じように空になった食器を乗せたトレイを手にする。それらを返却口に戻し、食堂を出る。
「以前、ここについては案内されたとは思うが。あちらが講義棟で、こちらが研究棟だ。研究棟には、主に研究課程で学んでいる者たちがいる」
「てことは、私には縁のない建物ですね」
「そんなことはないよ。俺に会いにくればいい。授業では習わないようなことを、教えてあげよう」
「もしかして、先ほどの信頼性試験についてですか?」
「ああ、そうだな。あれは、通常の授業では基本的なところしか扱わないから、専門的なことをやりたいとなれば、研究課程にまで進む必要があるんだよ」
「一応。こちらにいるのは二年間という約束ですので、研究課程に進むことはないと思います」
「そうか、それは残念だな」
研究棟の扉の前に立ったラーシュは、胸ポケットから学生証を取り出し、それを扉脇のカードリーダーにかざす。
「研究棟は研究生しか入れないからね。通常生の君は、研究生の誰かと一緒でなければここに入ることができないんだ」
「一人でここに来る用事はないと思うので、大丈夫だと思います」
「俺に会いに来てもいい、と言ったじゃないか。俺に会いにきたときは、その脇のインターホンを押して、俺の研究室の番号を押すといい」
「う~ん。ラーシュさんには今日、研究室を見せてもらったら、特に用はないんですけどね」
「つれないなぁ」
実はカリーネ。研究等に足を踏み入れたのは初めて。以前の学校案内では、研究棟という建物がある、というところまでしか教えてもらっていないから。それは先ほどラーシュが言ったことにも原因がある。研究棟は研究生が研究をするための建物。通常生は足を踏み入れることのできない一種の聖域。
「俺の研究室は一階の一番奥なんだ」




