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1.伯爵令嬢、婚約破棄される(1)

 ホルヴィスト国ロード伯爵領。もちろん、この領主はロード伯爵。彼は王都にあるレマー商会に出資をしており、そのレマー商会は魔導具を取り扱う商会でもある。

 レマー商会長のヴォルフラム・レマーとロード伯爵は旧知の仲であり、二人の信頼関係は強固なるもの。だからこのロード伯爵領には、レマー商会の魔導具工場(こうば)があり、領民たちの半数はここで働いている。これがロード伯爵領の主な収入源だ。そして、ここで作られた魔導具は、レマー商会の手によってホルヴィスト国のいたる場所で売られている。


 魔導具――。それは、魔力を動力とした道具のこと。些細なものであれば、お湯を沸かす魔導湯沸かし器。見た目はポットなのだが、これに水を入れれば数分後にお湯になり、さらに保温もできるという優れもの。よくお茶を嗜む貴族にとっては、ポットの湯が冷めないという利点が高く評価されている。


 その他にも、魔導保冷庫や冷凍庫。食品の鮮度を保つために、今ではどこの家庭に一台設置されている。さらに、魔導洗濯機。今までは手洗いをしていた洗濯物だが、これもこの洗濯機に洗濯物を入れれば自動的に洗濯をしてくれるという、主婦にはもってこいの魔導具。そして、娯楽やニュースを映すことができる魔導映像機。映像局という国管轄の組織があり、この組織が娯楽映像やニュース映像を整備された魔力波にのせて放映している。

 この、魔導保冷庫、魔導洗濯機、魔導映像機は、人々の生活を画期的に変化させた魔導具ということで、三種の神器ならぬ三種の魔導具とも呼ばれていた。


◇◆◇◆


 灰色の雲の動きが速い。もしかしたら、嵐になるのかもしれない。

 ロード伯爵は、執務用の重厚な机の前に座っていた。落ち着いて仕事ができるようにと、落ち着いた色合いで統一されている執務室。この執務席の前には、部屋に馴染む木目調のテーブルと革製のソファが置かれている。仕事の合間に、ここで妻や子供たちとお茶を嗜むのが、この伯爵のささやかな楽しみであり、そろそろ楽しみな時間がやってくるわけなのだが。


「はぁ」


 ロード伯爵は、大きく息を吐いた。その瞬間、机の上の一枚の書類がふわっと浮かび上がったため、慌てて手で押さえる。ダークブラウンの髪に、少し白が紛れてきたことが少々悩みの種だが、それよりもまだ三十代前半にしか見えない威厳のない顔の造形の方が悩みだった。

 そこにもう一つ、悩みが増えた。それが先ほど届いたこの書類。


 カタカタと風が窓を叩き始めた。どうやら、風も出てきたようだ。嵐になる前に工場(こうば)で働く者たちを帰宅させた方が良いだろう。

 ロード伯爵はベルをチリリンと鳴らして、執事を呼ぶと「今日の天候は不安定だから、工場(こうば)の者を帰すように」と告げる。工場はこの屋敷からほんの少しだけ離れた――歩いて五分のところにあるため、あと三十分もすれば、工場の者たちは全ていなくなることだろう。


 ロード伯爵は、もう一度大きく息を吐いた。やはり、机の上の一枚の書類がふわりと浮いて、机の向こう側にハラリと落ちた。どうせなら、二度とお目にかかりたくない書類だ。

 そこに、扉の向こう側から賑やかな声が聞こえてきた。


「あなた、休憩にしましょう」


 ロード伯爵夫人が、美味しそうな焼き菓子とティーポットとカップをワゴンにのせて、それを楽しそうに押しながら部屋へと入ってきた。


「もうそんな時間か」

 席を立ったロード伯爵は、先ほど落としてしまった書類を拾い、それを手にしながらいつものソファの定位置に腰をおろす。

 伯爵の隣には伯爵夫人、そしてその向かい側に上の娘のリネーア、その隣には彼女の夫であるフラン。

 ロード伯爵には娘しかいなかったため、長女のリネーアがルーサム侯爵家の三男であるフランを婿とした。だが、この二人、貴族同士の政略による結婚ではなく、出会いの場は社交界。不思議と意気投合した二人。つまり、二人の結婚は大恋愛の末、ということ。人当たりの良いフランは今、ロード伯爵の元で彼の仕事を手伝っている。

 そして、ロード伯爵にはもう一人娘がいるのだが、その肝心の娘が今、ここにいない。


「カリーネはどうした?」

 ロード伯爵は尋ねる。

「カリーネはまだ、工場の方に行っているようですね。どうやら問題が起こったようで、先ほど呼び出されておりましたから」

 答えたのはフラン。

「問題、だと?」


「ええ。どうやら、試作であがってきた魔導基板が動かないとかなんとか」


「だが、今日は天気が怪しい。工場(こうば)の者には早く帰宅するように、指示を出したところだ」


「では、カリーネもそろそろ戻ってくるのでは?」


 フランは彼女がやって来るのを知っていたのではないか、というくらいのタイミングで扉を叩く音がした。


「お父さま、カリーネです。遅くなってしまい、申し訳ありません」


「皆、待ってるから。入っておいで」


 はっきり言ってこのロード伯爵。娘に甘い。


「カリーネ。工場の方で問題があったと聞いたのだが、どうなんだ? 今日は、これから天気が荒れそうだから、皆には早く帰るようと伝えたところだったんだ」


「あ、はい。ですからジョセフと共に戻って参りました」

 ジョセフとは、執事のこと。そして工場から戻ってきたばかりのカリーネは、家用のゆったりとしたドレスではなく、侍女などが着ているお仕着せ姿だ。彼女は工場に行くときはいつもこの恰好をしている。


「それで? 問題は解決したのかい?」


「いいえ。試作基板が動かない、というところまでは確認しましたが、なぜ動かないか、というところの解明にはいたっておりません。いくつか心当たりはあるのですが……」

 と、ぶつぶつ言い出したカリーネは、完全に魔導具士モードだ。

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