☆これからも一緒に (沙原朱凛)
ーーー私が彼と接点を持ったのは二年生に進学したその日だった。新しいクラスになって、初めての席替えをして……隣に彼が……黒木廉君が座っていたんだ。
去年も隣に男子が来ることは何回かあった。だけど、話しかけようにも緊張されてしまったり、挙動がおかしくなってしまう男の子ばかりでまともにコミュニケーションを取れる男子は全然いなかった。
逆に、積極的に話しかけてくる男子もいたけれど、そういう人は親友である雪実ちゃん曰く、『ろくでもない連中』らしい。私の容姿だけを見て近寄ってくる危ない人達だって、ちょっと怖い。そういう男の子が隣の席に来るような事がなかったのは幸運だったと思う。
そんな事もあり、クラスが変わってしまった雪実ちゃんには変な男子には近寄らないように、って言われている。
新しいクラスになって初めての隣人である彼はどうかな? と隣を見てみると……彼と目が合った
(あ、この人優しそう……! よしっ!)
直感でそう思った私は、彼に挨拶をした
「はじめまして。沙原朱凛です、よろしくお願いしますね」
「うん、はじめまして。黒木廉だよ、よろしくね」
……これが、私と彼の初めての会話だった。
そこからはすぐに彼との距離は縮んでいった。
一緒に下校して、連絡先を交換して……すぐに友達になった。今までこんなに楽しく話せる男の子と出会ったことはなかったので新鮮でとても嬉しかった。
と、喜んでいた私は早速雪実ちゃんに連絡をしたんだ
「ーーーと、いうわけでですね。男の子の友達が出来たんですよ!」
『……そう、朱凛さんに男子の……って待ちなさい。貴女、連絡先を交換したって言った?』
「? はい、言いましたけど?」
『出会って一日の男子と……!? あ、朱凛さん! いくらなんでも警戒心が無さすぎよ!』
「警戒心……ですか? でも、黒木君はとっても良い人ですよ?」
『出会ってすぐじゃまだ分からないでしょっ。貴女を邪な目で見ているのかもしれないし……そうだわ、連絡先を交換した時の相手の反応はどんな感じだったかしら? 不審な態度とかは?』
「んー……そういえば」
『っ! 何かあったの!?』
「何故か凄く驚いていましたね。私が交換しようって言ったのが意外だったみたいで。そういえばちょっと笑顔が引き攣っていたような……?」
『……なるほど。聞くだけだと相手の男子の方がまともな反応に聞こえるわね』
「まとも?」
『むしろ、朱凛さんの方が気を付けないと駄目よ。良いかしら? 朱凛さんはもう少し自分の容姿の良さと影響力の高さを……』
……結局、その後は雪実ちゃんのお説教を聞くだけになってしまうのだった。この時の私はまだ雪実ちゃんが言う自分の影響力の高さを理解できていなかった。
ーーーそう、理解できていなかったせいで、彼にどんな影響が出るのか……私はそれを思い知ることになる。
その後、彼の友達である古宮秋斗君と仲良くなったり、彼と雪実ちゃんを知り合わせたり、偶然にも古宮君と雪実ちゃんが中学生の時からの友達だったりして、四人で一緒に過ごす事が多くなった。
とはいえ、一緒に登下校したり、休みの日に二人で過ごしたりする事が多い相手はやっぱり彼だった。
一緒にお話したり、偶然外で会って二人でお出掛けしたり。
ある時は私が大人モードと呼んでいる子供っぽく見られない為に身に付けた振る舞いで彼をからかったり……。
そんな、彼と過ごす新しい時間をただ楽しく過ごしていた私は知らなかったんだ。
「ーーー黒木がどっかの誰かに悪口言われてたから慰めてやってたんだよ」
……私と一緒にいるせいで、彼が辛い目に合う可能性があるなんて。
そこからは私も頭に血が上ってしまい、冷静じゃなくなってしまった。雪実ちゃんがいてくれなかったらどうなっていたか分からない。
そして、古宮君の話を聞いた私はやっと気付いたんだ。自分と二人でいるだけで彼が暗い感情を向けられるって
(黒木君が悪口を言われたのは、私のせい……なんだ)
……それなら……これ以上彼がこんな目に合わないためには……っ!
(私は、これ以上一緒にいない方が……良いんだ……!)
それは、とても辛い選択だけど。彼の辛そうな姿を見るよりは良いから。
……でも……それでも……
(……こんなに仲良くなれたのに……どうして……)
いくら決心しても、涙が勝手に溢れてくる。それでも……私は言った。
私と、これ以上一緒にいない方が良いんじゃないか……って
「ねぇ、ふざけないでよ」
その瞬間、私は初めて彼の怒った表情を見た。いつも穏やかで、優しい彼が見せたことのないその姿に思考が止まってしまった
「僕は平気だって言ってるじゃないか。なのに、何で君が勝手に僕との縁を終わらせようとしてるの? いつ僕が君と一緒にいて辛いって言ったんだよ」
強い口調でそう言ってくる彼に動揺しながらも、私は言った。悪口を言われるなんて嫌でしょって。このまま一緒に過ごしていたらまた同じ目に合うかもしれない、そんなの彼だって嫌に決まってる。
……でも、彼は言った。悪口を言われるくらいで私と一緒にいられなくなるなんて嫌だって。私と一緒にいる時間が好きだって……そう言ってくれた。
それを聞いて、私はまた涙が溢れてくるのを止められなかった。でも、これはさっきとは違う。この涙は……
「ーーー隣にいてよ。僕は君が……沙原朱凛っていう女の子が隣にいる環境にすっかり慣れちゃったんだから。今更離れたいとは思えないし、離れさせないよ」
……ああ、彼も同じ気持ちなんだって。私と一緒にいられなくなる事を本気で嫌だと思ってくれているんだって。そう思ったから嬉しくて。
私は……泣きながらも精一杯笑顔を彼に向けながら答えた
「……うん、うん……! 私も……もう、言わないよ。誰がなんと言っても……貴方と一緒にいるこの空間を手放さないから……っ!」
……と、こうして彼との仲がまた深まったのだけれど……あの一件があってから私は少し自分自身に違和感を覚えている。
まず、あの後すぐに彼がクラスメートの葵ちゃんと知り合ったのだけれど……二人が仲良く話している姿を見て、何だかモヤモヤした気持ちを抱いてしまった。
何でだろう? と思っていたら、彼が彼女の事を葵さんと親しげに呼んだ。その瞬間、私のモヤモヤが更に大きくなる
(ず、ずるい! 私は未だに名字でしか呼んでもらえてないのに! 私の方が黒木君と先に仲良くなったのにっ!)
つい、彼を不満そうに見てしまった。でも、それにも気付いてくれなかった。むぅ……。
その後、二人での帰り道で私達はお互い名前で呼ぶ事にした。……ほとんど、私が無理を言っちゃった形だったけど。
とにかく……私は彼ーーー廉君と改めてこれからも一緒にいるって誓ったんだ。
これから先、何があっても一緒にいるって、言ってくれて嬉しかった。朱凛ちゃんって呼んでくれて、凄く嬉しかったよ。
……でも
(私……やっぱりおかしい……いつもみたいに手を繋いで帰ろうって言えなかった……)
勿論、廉君と手を繋ぐのが嫌になったわけじゃない。でも、彼と手を繋ぐ事を考えると……何だか落ち着かない。
それだけじゃない。廉君が学食で見せた普段とは違う真剣な表情、更についさっき帰り道で見せてくれた笑顔も思い出すと……何だか胸がドキドキする。何でかな……? こんな風になるの、初めてだ。
……一人で考えても分からない。そう思った私は、その日の夜に頼れる親友に電話をかけた
「……と、いうわけなんです。私、どうしたら良いんでしょうか……」
私が今抱えているこの問題を相談すると、それまで相槌を打ちながら聞いてくれていた雪実ちゃんがため息を吐いた
『……なるほどねぇ。朱凛さんは今までそういう経験が無かったから戸惑っているのね? それで解決方法を知りたいと』
「はい……雪実ちゃんなら何か分かるかと思いまして」
『うーん……そうね……』
雪実ちゃんは少し唸ってから、続けた
『残念だけれど、私にそれを解決する手段は無いわね。こればっかりは朱凛さんの気持ちの問題だから』
「私の気持ち、って? 雪実ちゃん、何か分かってる事があるなら教えてくれませんか? 私、今までこんな気持ちになった事が無くて……」
『ふふ、その気持ちの正体は自分で気付いてほしいけれど……そうね、一つだけ言えるとしたら……私も、貴女と同じ気持ちをとある相手に抱いているわ』
「えっ!? 雪実ちゃんも?」
ということは……やっぱり雪実ちゃんはこの気持ちが何なのか知っているんだ。でも、それを教える気は無いみたいだね……うーん
『難しく考えなくても良いのよ。すぐに答えは出ると思うから』
「そう……なんでしょうか?」
『ええ。……私も頑張るから、貴女もその気持ちの正体に気付いたなら一緒に頑張りましょう?』
雪実ちゃんは優しい声でそう言ってくれる。うん、今はまだ戸惑っているけれど……雪実ちゃんがいてくれるなら……!
「分かりました。また何かあったら相談しますね」
『うん、いつでも聞いてあげる。それじゃあね』
「はい、また明日」
通話を終えて、私は改めて考えてみる。明日もいつも通り、廉君と登校して学校に行く。これからも彼との日常が続いていくのだと思うととっても嬉しい気持ちになる……けれど
「……明日は手、繋げるかな」
うう、前みたいに繋ごうって簡単に言えなくなっちゃった。ドキドキして、恥ずかしくて……か、彼の方から言ってくれたりしないかな? ……無理かなぁ。
ーーー私はまだ、この気持ちが何なのか分かっていない。でも、これだけは胸を張って言える。
私にとって、彼は……黒木廉君はずっと一緒にいたいと思える、とても大切で、大好きな男の子だって!