深まる関係
学食でのちょっとした出来事が終わり、古宮君の言葉を聞いて僕達は慌てて昼ごはんを食べた。ちなみに、沙原さんが買ってきてくれたのはハンバーグ定食だった、ちょうど食べたいと思っていたからありがたい。流石だよ、沙原さん。
そして、お昼を済ませた僕達は桜良さんと別れて自分達の教室に戻ってきた
「おかえり~。色々大変だったみたいだね?」
教室に入ると、いつも挨拶をくれる娘が出迎えてくれた……ってこの言い方……もしかして
「えっと、もしかしてさっき学食にいたの?」
僕が聞くと、彼女はへらっと笑いながら答えた
「へへ、たまたま飲み物買いに行ったら沙原さんが怒ってる所を見かけちゃってね。その後の黒木君が怖い雰囲気になる所までしっかり見ちゃった訳ですよ」
うわぁ……全部見られてたんだ。冷静になってから聞くと恥ずかしいな、あの時は色々と暴走してたし……
「すみません……葵ちゃんにもお見苦しい所をお見せしてしまって……」
「いやいや、二人の関係が深まる瞬間を見れてあたしゃ嬉しかったよ」
どうやらさっきの件は気にしていないようだが……それよりも初めて彼女の名前?が沙原さんの口から出たな。『あお』さん……それが彼女の名前なのかな?
「それに、大事な事も分かったしね。沙原さんもそうだけど、黒木君も怒らせたらヤバイってね」
「はは……僕はそんなに怒りっぽくないから大丈夫だよ。えっと……」
僕も沙原さんみたいに葵さんって呼ぶべきか? でもいきなり女子を名前で呼ぶなんて僕には無理だし……でも、名字は分からないしなぁ……。
と、僕が考えて言い淀むと
「んん? あれ、もしかして黒木君……あたしの名前分からない感じ?」
「うっ。ごめん、実はそうなんだ」
「え~っ!? 毎日挨拶してる仲なのに~っ! この薄情者ぉ!」
「ご、ごめん……!」
「よし、許すっ!」
「ええっ!?」
怒らせてしまったかと焦ったけど、何故かすぐに許された。……もしかして、からかわれたかな……?
「それじゃあ改めて! あたしは中野 葵衣だよっ、よろしくね! 気軽に葵ちゃんって呼んで良いよ~」
「うん、こちらこそ……って、『あお』ってあだ名だったんだ!?」
少し驚いてしまった。普通に名前だと思っちゃったよ
「そだよ? 呼びやすいかな~って自分では気に入ってるあだ名なんだけど、黒木君的には駄目だったかな?」
「い、いや駄目じゃないと思うけど」
「そっかそっか。じゃあ早速使って良いよっ!」
「わ、分かったよ。よろしく、葵さん」
「んー、あたし的にはさんじゃなくてちゃんが良いんだけど。まぁ良かろう!」
よ、良かった、何とか許された。知り合って間もない女子相手にいきなりちゃん付けなんて、去年まで女子の知り合いがいなかった僕には無理ゲーだよ
「はは……じゃあ葵さん。改めてこれからよろしくね」
「……むぅ」
……ん? 何だか隣から視線が……沙原さんか?
気になって横を向こうと思ったのだが
「うん、それでよし! よろしくね、黒木君」
「あっ、うん」
満足そうに頷く彼女……葵さんの方を見ていた為、その時はそれで終わりになった。
……ちなみに、その後も教室では色んな人が僕達に話しかけてきた
「く、黒木君! 沙原さん! また悪口言われたらいつでも相談してね! 頑張って助けるから!」
「そうそう! 二人の空間を壊すような不届き者は私達が許さないんだから!」
まずはたまに沙原さんが一緒に下校したりして仲良くしている二人の女子が、さらに
「黒木、何か嫌な事されたら遠慮なく言えよ。少なくともうちのクラスの男子は皆お前の味方だからな!」
「そうだそうだ! お前が良い奴だって俺達は分かってるんだからな! 沙原さんの隣にいて文句を言う奴なんて一人もいないから安心しろよな!」
クラスの男子達もそんな事を言ってきた。
……本当に、このクラスは変な人ばっかりだよね
「はは、良かったな黒木。ここにはお前の味方しかいないみたいだぜ?」
「本当に……皆さん、優しいです。私、二年生になってこのクラスに入れて良かったです」
「……うん、そうだね。変人ばっかりだけど……嫌いじゃないよ、僕も」
……こうして、色々あった午後の時間も過ぎていった。
そして、放課後。いつものように帰り支度をしていると
「……あ、あの。一緒に帰りましょうか、黒木君……」
「えっ? うん、勿論……」
何だ? 沙原さんの様子がちょっとおかしいような……? まだ昼休みの時の事を引きずってるのか?
「……あー、そういえば今日は俺と桜良は予定あったんだよなー。だからお前らは先に帰って良いからなー」
「それは分かったけど。何ニヤニヤしてるのさ」
「まあまあ気にすんな。じゃあな、二人とも」
古宮君が笑いながらそう言った。何なんだ一体
「は、はい。じゃあ行きましょうか」
「うん。じゃあね、古宮君」
おー、と返してきた古宮君と別れて、僕達は二人で学校を出た。いつもと同じ帰り道を二人で歩く……のだが何故か沙原さんが黙っている
(本当にどうしたんだろう? 僕が何かしたとか……って昼休みの時に思いっきりやってた!)
やっぱりあんな強い口調で怒ったから僕の事が嫌いになったのかな……!? ど、どうすれば……!
「……あの、黒木君!」
「は、はいっ!?」
考え事をしていると、突然沙原さんが大きな声で僕を呼んだ。
慌てて彼女の方を見ると、沙原さんは何か決心したような顔だった
「その……一つお願いがあるんです。言っても良いですか……?」
「う、うん……勿論……!」
……ど、どうしよう! 本当に絶交とか言われたら……い、いや落ち着くんだ僕。昼休みの会話は最終的には良い感じで終わった……はずだ。絶交なんて沙原さんは言わないよな……? うぅ……大丈夫だよな……!?
「あの……それじゃあ……これからは……」
「……!」
ええい! もうやけだ! どんなお願いでもどんと来いっ!
「ーーーれ、廉君って呼んでも良いですか……?」
「……へっ?」
沙原さんの言葉に僕は間抜けな声を出してしまった。どうしよう、頭が正常に動いていない気がする
「で、ですからっ。これから貴方の事を廉君って呼んでも良いですかって聞いたんですよっ!」
「え? は、はい?」
「も、もうっ! 恥ずかしいから何度も言わせないでください!」
顔を赤くしながら怒る沙原さんを見つめながら、僕は少しずつ今の状況を把握していった。
……え? 名前呼び? 沙原さんが僕を?
「え、えっと……理由を聞いても良い? どうして急に……?」
「…………だって」
僕が聞くと、沙原さんは少し黙ってから
「ずるいじゃないですか……葵ちゃんは名前で呼んでいたのに……」
「葵さん……? えっ、でもあれは名前呼びとは違うような気がするけど……」
どっちかって言うとあれはあだ名呼びだろう。でも、沙原さんは納得していないようだ
「同じようなものです! あんなに親しげに呼んで……私の方が先に仲良くなったのに! 私の事も名前で呼んでください!」
と、沙原さんは大層ご立腹だ。まぁでも、僕を名前で呼んで彼女が納得するなら……って待て待て! 今なんて!?
「ま、まさか沙原さん……僕も君の事を名前で呼べと?」
「はい! 朱凛って呼んでほしいです!」
えええっ!? さ、沙原さんを名前で!? さらっと言われたけど僕にとっては滅茶苦茶ハードル高いんですけど!?
「え、えっと……」
「お願いします……! 私、貴方と……れ、廉君ともっと仲良くなりたいんです!」
「…………」
……彼女がこんなに歩み寄ってくれているのに……僕は何て情けないんだ……! ここはしっかり想いに応えないと!
「わ、分かったよ……! 朱凛……さん」
「さん付けは雪実ちゃんと被るので駄目です」
「ええっ!? 何そのルール!?」
葵さんの時は許されたのに! でも、さん付けが駄目なら……。うん、葵さんの時は無理だったけれど……普段から一緒にいて仲の良いこの娘相手なら……!
「…………朱凛ちゃん、とか?」
僕は勇気を振り絞って彼女を呼んだ。
そして、これで良いかと見ると彼女ーー朱凛ちゃんはにっこりと笑った
「……うん! それで良いです!」
ああ、良かった……これも駄目だったらいよいよ呼び捨てとかになっていたかもしれない。
そして、お互い名前で呼び合う事が決まって朱凛ちゃんは僕の方を真っ直ぐと見つめてきた
「廉君。お昼休みの時に言ってくれましたよね。私と一緒にいるのが好きだって。離れたくないって」
「うん。多少言い方が乱暴だったかもしれないけど、あれは僕の本心だよ」
「……私、分かっていませんでした。私が誰かと……男の子と仲良くしていたら周りの人にどう思われるのかって。廉君が悪口を言われるなんて……想像もしていなかった」
「去年は男子と関わる機会がなかったんだもんね」
そもそも、朱凛ちゃんが誰と仲良くしようと彼女の勝手なんだけれど……って駄目だ駄目だ。また熱くなってしまいそうだ、冷静にならないとね
「きっと……これから先も。貴方が私と二人で一緒にいるだけで何か良くない目に合う事があるかもしれません。……今日みたいに」
「まぁそういう事もあるかもね」
朱凛ちゃんとよく一緒にいる男子には古宮君も入っているけど、彼がいる時は大抵桜良さんもいるし。朱凛ちゃんと二人きりになるとしたらやっぱり僕の方が多いだろう。現に今日も悪口は僕だけに向けられていたからね
「それでも……貴方は私と一緒にいたいと言ってくれる? 廉君」
真剣な……そして僅かに不安そうな表情で聞いてくる。昼休みにあれだけ強く言ったのにまだ信じてくれていないのかな?
全く、舐められたものだね
「君と仲良くすると決めた時から、覚悟の上だよ。これから先、何があっても僕は君といるさ、君がどうしても嫌って言うまではね」
僕が笑いながらそう言うと、朱凛ちゃんはパッと明るい顔になった
「ありがとう……ありがとうございます、廉君っ! 嫌だなんて絶対言いませんから……これからもよろしくお願いします!」
「ははっ、こちらこそ」
そうして、僕達は笑い合う。ようやく、いつもの空気が戻ってきたかな
「じゃあ行こうか、朱凛ちゃん」
「ふふっ。はい、廉君」
ーーーこうして、僕達は更に関係を深めがらも、改めて誓い合ったんだ。何があっても、一緒に過ごそうって。
……そういえば朱凛ちゃん、今日は手を繋ごうって帰りの時は言ってこなかったな。
まぁそういう日もあるか