貴方の前だから
日曜日が終わり、月曜日。今日は家に沙原さんが来る日なので、僕はいつも通りに準備を終えて待っていた。
すると、チャイムが鳴った。ん、来たみたいだね
「おはようございます、黒木君。準備は出来ていますか?」
「うん、勿論」
沙原さんと朝の挨拶を交わし、二人でいつも通りに登校する。……他の男子達から見たら羨ましくてたまらないであろうこの一連の流れが朝のルーティンになってしまっている。改めて、慣れとは恐ろしい
「ふふ、やっぱりこうしてお喋りしながら登校するのが一番ですね。この前みたいに一言も喋らない登校はもう嫌ですよ」
「あ、あれは沙原さんの雰囲気が違ったから……! というか、この話は昨日もしたじゃないか」
「そうでしたね。では、今日は何の話をしましょうか?」
「うーん、そうだね……あっ、そういえば前に二人で行ったショッピングモールに新しくドーナツの専門店が出来たって話を聞いたよ」
「えっ、本当ですか!? わぁ、行ってみたいです……!」
そのまま、僕達は話が途切れる事無く学校に向かって歩いていった。やっぱり沙原さんと話すのは楽しいなぁ。
学校に着いた僕達は、二人で話を続けながら教室に向かう。
そして、教室に入った時
「おー! 二人ともおはよう! 今日はいつも通りだね!」
いつも最初に挨拶してくれるクラスメートの元気な女子が嬉しそうに言ってきた
「お、おはよう。何だかいつもより元気だね?」
「そりゃそうだよー! この前の土曜日は二人とも全然喋ってなかったじゃん! クラスの皆で心配してたんだよー?」
「ええっ!?」
僕達心配されてたの!? 確かにあの日はいつもと違って緊張して沙原さんと話が出来なかったけど……何で皆が心配するんだろう?
「二人のあのほんわかした空間が皆好きなんだよ。それが無かったからあの日はちょっとクラスがピリピリしちゃってたし」
「そんなに影響力あるの!?」
「そうだよー。うちのクラスの癒しスポットなんだからね、二人とも!」
いつの間にそんな事に……だからクラスの皆が僕達を見てホッとした顔をしているのか。いや、前から言ってるけど僕はそんなほんわかした空間を作っている覚えは無いんだけど!
「心配かけてしまってごめんなさい。今日からはまた黒木君と仲良くお喋りしますから安心してください」
「うんうん。二人はそれが一番だよー」
僕が驚いている間に話が終わっていた。
……やっぱり変だよ、このクラス。
その後、いつも通りに古宮君に挨拶してから朝のHRが終わり、最初の授業が始まった。
沙原さん、今日はちゃんと授業を受けているかな? 土曜日はちゃんと最後まで起きていたけど……って
「……すぅ……」
(さ、最初から寝てるし!)
こ、これもいつも通りに戻ったといえばそうなのかもしれないけど……授業態度だけはこの前のままの方が良かったかもなぁ……。
そのまま、午前中の授業は全てそんな感じで過ぎ去り……
「お腹空きましたね、黒木君。早くお昼にしましょう?」
「どこでエネルギーを使ったんだ君は」
「んー……睡眠に、ですかね?」
胸を張って言うんじゃない。まぁ、今更何を言ってもしょうがない。僕はため息を一つ吐いて、古宮君の方を向く
「古宮君、お昼はいつも通りで良い?」
「ああ。さっさと桜良も連れて学食行こうぜ」
というわけで、僕達は桜良さんを迎えに行く為に教室を出る事にした。
お昼を食べ終え、四人で話していると話題は土曜日の僕達の話になった
「へぇ、この前は二人ともそんな感じだったのね。黒木君は朱凛さんの雰囲気に圧されてしまったのかしら?」
「うん、まぁそんな感じかな。今度は緊張しないように頑張りたいと思ってるよ」
「ふふ、私だっていつも子供っぽいわけじゃないんですからね?」
「でも、朱凛さんの大人っぽい雰囲気は効果絶大みたいね。頑張って身に付けて良かったじゃない、朱凛さん」
「はい! 雪実ちゃんのお陰です!」
と、ここで二人から気になる話が出てきた。まさか、あの大人モードって……
「え、あれってもしかして桜良さんが沙原さんに教えたの?」
去年から仲が良い二人だし、大人っぽくなりたいと思っていた沙原さんに桜良さんが色々と協力したのだろうか?
そう思って聞くと
「いいえ、何か教えたりはしていないわ。ただ、朱凛さんが私を参考にしたっていうだけよ」
「参考に?」
どういう事だろうと思っていると、沙原さんが教えてくれた
「雪実ちゃんは普段からしっかりしていて、大人っぽい雰囲気ですから。私もその仕草とかを参考にして色々と練習したんです。その成果があの大人モードなんですよ」
「そうだったんだ……確かに、桜良さんは普段から大人っぽいもんね」
「ふふ、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわね」
今も、こっちを余裕のある笑みで見ている。確かに身近にいる同学年の女子で一番大人っぽいのは桜良さんかもしれない。
しかし、それに違和感を覚える人が一人だけいた
「大人っぽい……? 桜良が……?」
首を傾げながら桜良さんを見るのは古宮君だった。そんな疑問の声を聞いた桜良さんの雰囲気が変わる
「何よ古宮。何か文句があるの?」
「いやぁ……お前が大人っぽいってイメージが全然無くてよ。普段から割と子供っぽくねえかお前?」
「どこがよ? 言ってみなさいよ」
「買い物付き合わないと拗ねるし、ちょっと遅刻すると怒るし、最近は手を繋がないと無理矢理繋ごうとしてくる時がしょっちゅうあるし……あ、他にも朝登校する時に……」
「な、何よ! そこまで言わなくても良いじゃない! 古宮のばか!」
「お前が言えって言ったんだろうが!?」
「ふんっ、古宮なんてもう知らないわっ」
「やっぱり子供じゃんか!」
途中から置いてけぼりになりながら、二人の会話を聞いていた僕と沙原さんは思わず顔を見合わせる。
さっきまで大人びた笑みを浮かべていた桜良さんが、今は子供のように腕を組んでそっぽを向いている
「……沙原さん、桜良さんのあんな姿見たことある?」
「い、いえ。私も初めて見ましたよ」
仲が良い沙原さんの前ですら見せない姿。それが古宮君の前ではあっさり見せるのは……
「やっぱり、桜良さんにとって古宮君は特別って事なのかな?」
「そうかもしれませんね。ふふ、ちょっと羨ましいです。きっと私の前ではあんな雪実ちゃんは見れませんから」
「はは、そうだね」
僕達が目の前で見守っている事も忘れて、古宮君と桜良さんは二人だけで話を続けていた
「おい桜良。そろそろ機嫌直せって、大人なんだろ?」
「……どうせ私は子供よ」
「ったく……俺の前でももう少し大人っぽくしてくれよ」
「…………貴方の前だけよ。こんな私は」
「あん? 何か言ったか?」
「言ったわよ、ばか。この難聴男」
「んだとこら!」
「何よ? ……ふふっ」
……結局、この二人の楽しそうな言い合いは昼休み終了のギリギリまで続いた。
教室への帰り際、古宮君に
「悪かったな、見苦しい喧嘩を見せちまって」
と、謝られたので僕は笑顔で
「仲が良くて何よりじゃないか。桜良さん、いつか振り向いてくれると良いね」
「んなっ!?」
そう言うと、古宮君は顔を真っ赤にしてしまった。
うん、この二人も見ていて飽きない。これからどうなるか、実に楽しみだ