高嶺の花は距離感がおかしい
沙原さんの隣の席になるという衝撃的な席替えタイムが終わり、やっと落ち着いた所で今度は右側の席から視線が飛んできた。
見ると、そこにはなんと古宮君の姿があった
「よっ、また近くだな」
「うん、改めてよろしくね、古宮君」
そう返すと、古宮君はおう、と笑った。
良かった、折角仲良くなれたのに離れるのは残念だと思っていたから。また近くの席に古宮君が来てくれて嬉しい。もしかしたら友達になれるかもしれない。
と、そんな事を考えていたら先生が終わりの挨拶をして、下校の時間になった
「私はもう帰りますね。黒木君、また明日」
「あっ、う、うん。また明日ね、沙原さん」
そう言って軽く頭を下げて沙原さんは席を立って教室を出ていった。
び、びっくりした……まさか帰りの挨拶をされるとは……。本当に礼儀正しい娘だなぁ
「古宮君はもう帰るの?」
一緒に帰れるかなと思いながら声をかけると、古宮君は首を横に振った
「いや、俺はちょっと用事があるからまだ帰れねえんだ」
「そっか。じゃあ僕は先に帰るね」
「おう、今度は一緒に帰ろうぜ」
そう言ってくれた彼に僕もうん、と頷いてから教室を出る。
下駄箱に向かい、靴を履き替えて学校を出ようとした時だった
「あっ、黒木君?」
僕より先に教室を出たはずの沙原さんが後ろにいた……えっ?
「あれ? 沙原さん、先に帰ったんじゃ……?」
「実は一緒に帰ろうと思っていた友達が用事が出来てしまいまして……」
なるほどね、その友達を待っていたけど結局一人で帰る事になっちゃったんだ
「折角会えたことですし、一緒に帰りませんか?」
「えっ?」
ぼ、僕が沙原さんと一緒に下校!? しかも二人で!? そんな畏れ多い……!
「え、えっと……僕別に面白い話とかできないよ?」
「そんな、大丈夫ですよ。私もそんなに凄い話とかあるわけでもないですし」
「う、うーん……」
どうしよう……確かに沙原さんと仲良くなれるチャンスではあるけど……二人きりなんて緊張して……
「……私と帰るのは嫌でしょうか……?」
「嫌なわけないよ! 一緒に帰ろうか沙原さん」
あ、駄目だこれ。こんな上目遣いで見られたら断れないわ。気付いたら口から勝手に言葉が漏れてたし
「良かった。なら一緒に帰りましょうか、黒木君」
嬉しそうに言いながら僕に笑顔を向ける沙原さん。やばい、可愛い……っていかんいかん、変な気を起こすな
「うん、行こうか、沙原さん」
そして、僕達は二人で学校を出た
「席替え、黒木君が隣で良かったです」
「えっ?」
二人で歩いていると、唐突に沙原さんがそんな事を言った
「怖い人じゃなくて良かったなぁって。黒木君、優しそうですし」
「そんな、僕なんて別に……」
えっ? 何でこんな高評価貰ってんの? 僕、まだなにもしてないですよ!?
「謙遜することありませんよ。今もこうして私と一緒に帰ってくれていますし、お話にも付き合ってくれています」
「ええっ? そんなの当たり前だよ」
「そんなことありませんよ。去年も隣の席に男の子が来たことがありましたけど、全然お話してくれませんでしたし……」
なるほど、まぁ沙原さんみたいな美少女が隣にいたら緊張するだろうし、間違っても一緒に下校なんて難しいよね。
……そう考えると僕って意外と凄い事してるな。出会って初日から沙原さんとこんなに過ごしてるなんて……
「だから、黒木君がこうして一緒に過ごしてくれて嬉しいんです。これからも仲良くしましょうね」
やばい、沙原さんってもしかしてあまり男子と過ごしたことないのかな? 距離感が凄く近い、もう友達になったかのようだ。学校一の高嶺の花がすぐ目の前に咲いているよ
「うん、こちらこそよろしく。沙原さんと仲良くなれそうで僕も嬉しいよ」
「ふふ、私も初日から友達が出来るとは思っていませんでしたから……それも男の子の友達なんて」
わお、既に友達認定されてた。
いつの間にか沙原さんと友達になれていたという衝撃的な事実に驚きながらも頑張って表情には出さないでいる。今滅茶苦茶頑張って笑顔を作ってます
「あっ、折角ですから連絡先を交換しますか? 遊びに行く時とかあるかもしれませんし」
「へえっ!?」
やべぇ、流石にこれは表情隠すとか無理だわ。というか表情以前に声出たわ。
いや、この娘本当に距離感やばくないか!? 友達相手なら男子にもあっさりと連絡先交換とかするの!? 多分君の連絡先は学校中の男子が喉から手が出るほど欲しがってるぞ!?
「えっと……ご迷惑でしたか?」
そう言って沙原さんは悲しそうな顔をする。いけない、僕が動揺したせいで不安にさせてしまったか
「い、いや、ちょっと驚いちゃっただけだよ。女の子と連絡先を交換したことなんてないからさ」
我ながら悲しいことを言ってるな。事実だけど
「私も男の子の連絡先は黒木君が初めてですよ。今まで男の子と仲良くなったことが無かったので……」
「へぇ、そうなんだ」
やっぱりそうか。男子と過ごした経験がないから距離感が女子の友達と大して変わらないんだろうね。
それにしても、こんなに可愛いのに沙原さんに近づく男子とか本当にいなかったのかな? 本人はいないって言ってるけど……こんなに純真無垢な感じだと心配だな。
まぁ何はともあれ……
「うん、じゃあ交換しようか」
「はい! 暇な時とかいつでも連絡してくれて良いですからね」
「あはは、ありがとう」
暇潰しに学校一の高嶺の花を話し相手に使う男か……何だそいつ、腹立つな。どこのどいつだ、はい僕です。
と、何ともあっさり沙原さんと連絡先を交換すると
「あっ、私ここです」
とある一軒家の前で沙原さんは足を止めた。
ここが沙原さんの家か……って僕の住んでるマンションから近いな、ここから一分もかからない所にあるんだけど
「黒木君のお家はまだ先ですか?」
「うん、まぁね」
本当はすぐ近くだけど曖昧に誤魔化しておこう。
さっきまでの沙原さんの距離感だと近くに家があるとか言ったら遊びに行きたいとか言ってくるかもしれない……いや、嬉しいけど同時に緊張で死ぬわ。いきなり自宅に美少女を招くなんて出来ない。
……あくまで想像だけどこの娘は本当に言い出しそうだ。恐ろしい
「じゃあここでお別れですね。黒木君、また明日です」
「うん、また明日ね。バイバイ、沙原さん」
にっこりと笑いながら手を振る彼女に僕も手を振り返す。
そして、僕は沙原さんと別れると……
「……はあ~~~っ……! ま、まさかこんなことになるとは……!」
こうして一人になると、さっきまでの出来事が夢のように思えてくるが……携帯を確認するとしっかりと連絡先に『沙原朱凛』の名前がある。つまり、夢じゃないわけで……
「さ、沙原さんと友達になれるなんて……」
こんなに簡単に仲良くなれるなんて……他の男子が知ったらどれだけ羨ましがるだろうか……。
と思っていると携帯から通知音がした
「あっ、沙原さんだ」
さっき別れたばかりの彼女からメッセージが届いていた
『初メッセージですね。改めてよろしくお願いします!』
「……ははっ」
ーーこうして沙原さんとの距離が一瞬で縮まり、友達となった。彼女のまっすぐなメッセージに、僕は苦笑しながら、返信した
『うん。これからよろしくね、沙原さん』
……ちなみに、この後も沙原さんとのメッセージのやり取りはしばらく続いた