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清楚な彼女は本気を出す

 ーーーそれは、沙原さんと二人で帰ったある金曜日の事だった


「んー……! 美味しいですね、黒木君!」


「はは、そんなに喜んでくれたなら僕も嬉しいよ」


 沙原さんの強い要望で、僕は彼女と二人でコンビニのコロッケを食べていた。この前、古宮君と二人で食べたのが大層ご立腹だったが、これでようやくこの件で怒ることは無くなるだろう


「また一緒に何か食べられたら良いね」


「ふふっ、黒木君と一緒なら何を食べても楽しそうですね」


 そう言う沙原さんの口元を見ると、ソースが付いていた。コロッケを食べた時に付いたんだろう


「沙原さん、ソース付いてるよ。ティッシュ持ってるから取ろうか?」


「えっ?」


 僕がポケットティッシュを取り出しながら言うと、沙原さんはポカンとした顔をして


「だ、大丈夫ですよ! 私もティッシュ持ってますから! 自分で取ります!」


「そっか」


 少し慌てながら沙原さんはティッシュで口元を拭った。それを見て


「よし、じゃあそろそろ帰ろうか」


「……はい」


 僕達はそのまま歩き出したのだが、沙原さんの様子が少しおかしい。いつもより口数が少ない気がする。

 不思議に思っていると、沙原さんが口を開いた


「……黒木君。もしかして、私の事……子供だと思ってる時がありませんか?」


「え? どうしたの急に?」


「いえ、さっきの黒木君の私への扱いがまるで小さい子供を相手にするみたいな対応だったように見えたので」


 さっきのって……ああ、ソースを拭いてあげようとした時か。流石に子供扱いし過ぎたかな……


「ごめん。確かにさっきのは沙原さんに失礼だったかもね。今後は気を付けるよ」


 怒らせてしまったかと思い、謝ると


「いえ、怒っている訳では無いんです。確かに、私も子供っぽく見えてしまっていたかもしれませんから。でも、私ももう高校生です。だから……」


 沙原さんは僕を真っ直ぐに見つめる。そんな彼女に少し気圧されながら、続きを聞く


「明日は大人っぽい私を見せます。期待していてください、黒木君」


「大人っぽい……? それってどんな?」


「それは明日になれば分かります。では黒木君、また明日」


「う、うん。またね」


 そう言い残して、沙原さんは家に入っていった。

 明日はどうなるんだろうか……疑問に思いながらも、僕も家に帰る事にした。










 そして、翌日の土曜日。今日は沙原さんの家の前で合流して一緒に登校する日だ。

 メッセージを受け取った僕は、彼女の家に向かっていた


(……昨日言ってたけど、大人っぽくするってどうするんだろう?)


 気になりながらも、いつも通りに沙原さんの家の前で彼女が出てくるのを待つ。

 それから少しして、家のドアが開く音がした


「あ、おはよう。沙原さ……ん?」


 思わず言葉が詰まった。彼女を見て、動揺してしまったんだ。

 別にいつもと違う格好をしていた訳じゃない。いつもと同じ、制服を着た沙原さん……なのだが……


「ーーーおはようございます、黒木君。待たせてしまいましたか?」


 微笑みながら近付いてくる沙原さん。そう、見た目は変わらない。だが……雰囲気が違う。

 いつもの無邪気な笑みではなく、清楚で大人びた笑顔。整った容姿も合わさって、近寄るのもおこがましいのではないかと思わせる。まさに高嶺の花と呼ばれるのが相応しい美少女。

 ーーーそう、そこにいたのは……彼女と出会う前に僕が見ていた沙原朱凛だったのだ


「う、ううん……全然待ってないよ」


「そうですか。では行きましょうか」


「う、うん」


 そのまま、お淑やかな雰囲気のまま歩き始める沙原さん。僕はそんな彼女に見惚れながらも慌てて付いていく


(お、大人っぽくするってこういう事か……!)


 確かに、これは凄い破壊力だ。こんな清楚な美少女を子供扱いなんて出来ないだろうし、間違っても手を繋ぐなんて無理だ


(これが、沙原さんの本気なんだ……)


 前に彼女は言っていた。高校に入ってからは子供っぽく見られないように雰囲気を変えたって。普段の沙原さんは仲良くなった相手には素の子供っぽい雰囲気で接しているけど、本気で大人びた雰囲気を出せばこうなるんだ


(き、緊張する……! こんな美少女の隣にいるのが僕で良いのか!?)

 

 内心ドキドキしながら歩く。そんな僕の方を沙原さんが見る


「……黒木君? 何だか静かですけど……大丈夫ですか?」


 いつもと違い、何も喋らない僕に聞いてくる。

 ……いや、無理だよ! こんなに緊張してるのにいつも通り話すなんて……!


「だ、大丈夫だよ。はは……」


「そうですか? それなら良いんですけど」


 結局、僕達はそのまま静かに学校に向かって歩いていった。








 その後、教室に着いてからも沙原さんは清楚な雰囲気のままだった。いつもみたいににこにこしながら話しかけてくる事もなく、静かに行儀よく座っている。

 さらに、授業中も……


(さ、沙原さん……ちゃんと前を向いて起きてる……!)


 居眠りすることもなく、こっちを見ることもないまま授業を受けていた。去年はこんな感じでいつも授業を受けていたのかな……?

 ……そして、休み時間。沙原さんが席を立って教室を出ていったタイミングで


「おい黒木。沙原さんと喧嘩でもしたのか? 今日全然喋ってねえじゃねえか?」


 心配そうな顔で古宮君が声をかけてきた。しまった、余計な心配をかけてしまったか


「ううん、違うんだよ。実はさ……」


 僕が事情を説明すると、古宮君は安心したように笑う


「へぇ、大人っぽくねぇ。まぁ喧嘩とかじゃなくてホッとしたよ」


「ごめん、不安にさせちゃったね」


「気にすんな。でもまぁ……やっぱり沙原さんと黒木は仲良く二人だけの空間を作っていてほしいんだけどなぁ?」


「そんなの作ってないってば! それに、古宮君だって桜良さんと二人だけの空間に行く時があるじゃないか?」


「おお、言うようになったじゃねえか」


 そうして、僕達が話していると、沙原さんが戻ってきた。相変わらず、纏う雰囲気は高嶺の花のままだ


「ま、今日は沙原さんが自分の意思で大人っぽく振る舞ってるんだろ? なら、見守っててやれよ。多分、黒木に子供扱いされない様に頑張ってるんだろうからな」


「……うん、そうだね」


 古宮君の言葉に頷きながらも、僕は思ってしまった。

 清楚な沙原さんも確かに魅力的だけど……やっぱり僕が好きなのは……。








 土曜日の学校は終わるのが早い。気付けば、下校時刻になっていた


「黒木君。一緒に帰りますか?」


 大人びた笑顔で僕に聞いてくる沙原さん。チラッと古宮君の方を見ると、彼は静かに頷いた


「うん、良いよ。一緒に帰ろうか」


「ええ。では行きましょう」


「うん。じゃあね、古宮君」


 僕が声をかけると、古宮君はヒラヒラと手を振ってくれた。

 二人で教室を出て、下駄箱で靴を履き替える。そして、そのまま二人で歩く


(……やっぱり緊張しちゃうなぁ)


 いつもみたいに喋りたいけど、どうしても緊張してしまう。どうにか平常心で会話できないものか……。

 そう、僕が悩んでいた時だった


「……黒木君」


「え?」


 ピタッと足を止めた沙原さん。僕も釣られて足を止めると彼女はこっちを真っ直ぐに見つめてきた


「今日の私は……大人っぽく見えましたか? 子供っぽくなかったですか?」


 見つめられてドキッとしながらも、僕は頷いた


「……うん。今日の沙原さんはとっても大人っぽくて……驚いちゃったよ。いつもと違っててさ」


「そうですか……」


 朝から変わらず、清楚な雰囲気のまま笑う沙原さん。

 ……そして


「……なら、もうやめても良いですか?」


「へっ?」


「やめても良いですか?」


 何をだろう? と思ったけど、何だか沙原さんの笑顔から圧力を感じた僕は


「う、うん。良いよ……?」


 そう言うと、彼女の大人びた雰囲気はゆっくりと消えていく。


 少しずつ、少しずつ笑顔を崩していき……その表情は……






「………………むぅーーーっ!!」


 ーーー今まで見たことがないほどの膨れっ面に変わってしまった


「黒木君っ! 言いたいことが沢山ありますっ!」


「え、ええ!?」


 僕がその変化に驚いていると、沙原さんはそのまま詰め寄ってくる


「何ですか朝の登校時間は! いつもは楽しくお喋りするのにずーっと黙ったままで! とっても寂しかったですよ! 学校に着いてからも全っ然話しかけてくれませんでした!」


「そ、それは……」


「それなのに古宮君とは楽しそうにお話して! 邪魔したら悪いかと思ってしばらく教室の外から見ていたんですからね!」


「そうだったの!?」


「結局下校の時も何も話しかけてくれなくて! 今日はずっと寂しかったですっ! だからもうおしまいです! 大人モード解除です!」


 そ、そんな名前だったのか。名前の割に破壊力が半端なかったよ。

 ……でも、今の彼女は、さっきまでと違う。ちっとも大人っぽく見えなくて、子供みたいにプンプン怒って……いつもの無邪気な沙原さんだ。

 それを見た瞬間


「ぷっ……ははっ……! あはははっ!!」


 緊張が吹き飛んでしまい、思わず安心して大声で笑ってしまった


「あーっ!! 笑った! 笑いましたね黒木君っ! 私は怒ってるんですよ!」


「はははっ、ごめんごめん」


 笑い出した僕に怒る沙原さん。そんな彼女を宥める方法を僕は知っていた


「今日は全然喋れなかったもんね。寂しい気持ちにさせてごめんね、沙原さん」


 そう言いながら、沙原さんの頭を優しく撫でる。彼女を落ち着かせる時は、結局この手に限る


「むぅ……またなでなですれば私が許すと思っていますね?」


「これじゃ駄目かな?」


「駄目です。だから……」


 言葉を区切った沙原さんは、僕の手を握る


「今から遠回りして帰りましょう! 朝出来なかった分、いっぱい黒木君とお喋りしたいです!」


「うん、分かったよ。僕も、沙原さんと話したかったんだ」


「決まりですね。では行きましょう!」


 ギュッと強く僕の手を掴み、彼女は僕に笑いかける


(ああ、この感じ……やっぱり落ち着くなぁ)


 清楚な雰囲気の沙原さんは魅力的だ。それは間違いない。

 だけど……僕はやっぱりいつもの子供っぽいけど無邪気で可愛らしい沙原朱凛が一番好きみたいだ

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