表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/32

二人の空間は邪魔できない

 日曜日が終わり、月曜日になる。今日は僕が沙原さんの家に行って、一緒に登校する予定になっている。なので、後は連絡待ちなのだが……


「……っと、来た来た」


 携帯の通知音を聞き、メッセージのアプリを開くと


『おはようございます! そろそろ準備出来ますよ』


『分かった。じゃあ今からそっちに向かうね』


 そう返信すると、僕は忘れ物がないか確認して家を出た。

 そして、数分もしないうちに沙原さんの家に到着する。呼び鈴を鳴らすと


『はーい! すぐ出ますね!』


 沙原さんの声が聞こえた。ちゃんと僕が来たって確認したみたいだ。

 少しして、沙原さんが出てきた


「おはようございます、黒木君!」


「おはよう。ちゃんと鍵はかけてきたかな?」


「はい、大丈夫ですよ。じゃあ行きましょうか」


 その言葉に頷いて、僕達は歩き出した


「また今日から土曜日まで学校ですね」


「はは、勉強が嫌いな沙原さんにとっては月曜日は憂鬱かな?」


「んー……まぁそうですけど、今は黒木君が隣ですから。少しは楽しみって気持ちもあるんですよ?」


「そう言ってくれると僕も嬉しいよ」


 ふっ、前までの僕だったら今の沙原さんの言葉でもドキッとしていただろう。でも流石の僕でもこれまでの沙原さんとの日々で少しは耐性が付いてきた。だからこうして、平然と返事が出来るのさ……!


「でも、何だかんだで土曜日の午後も日曜日も一緒にいましたよね。私達、出会ってから毎日一緒にいるんじゃないですか?」


「確かにそうだね。一緒の時間は多いかもね」


「ふふ、私は嬉しいですけどね。黒木君と一緒にいるの、好きですから」


 ……ぐうっ!? 少しドキッとしてしまった……! 誰だ、耐性が付いたとか言ってたのは。全然駄目じゃないか


「あっ、そうだ。黒木君、良かったらこの前の土曜日みたいに……」


 沙原さんが何やら目を輝かせながら言ってきた。

 土曜日? 何かあったっけ……はっ!? もしかして!


「その、ですね」


「さぁ行こうか沙原さん! 早く行かないと遅刻しちゃうよ!」


「え? まだ時間は余裕ありますよ?」


 そんなの分かってるよ! でも君の提案を聞かなかったことにするためにはこれしかないじゃないか!

 もう察しは付いてる。沙原さんがやりたい事ってこの間みたいに……!


「あの、手を……」


「いやぁ、今日の授業は何だっけなぁ? 眠くならないと良いんだけどなぁー」


 ほらやっぱり! 登校しながら手を繋ぐなんて無理だよ無理! 滅茶苦茶注目されるじゃん!


「黒木君、私、また手を繋ぎたくて……」


「うーん、良い天気だなぁ。体育とかあったっけ今日? 運動とかしたら気持ち良さそうだなぁ!」


「……むぅ」


 と、必死で聞こえない振りをしていると沙原さんが不満そうな声を漏らした。

 いつもだったら折れる僕だけど……今日は負けないぞ。何としても手繋ぎ登校は避けなくては……


「……そうですか。黒木君はそんなに私と手を繋ぎたくないんですね」


「……な、何の事かな? 僕は別に……」


「良いですよーだ。ふんっ」


 くっ……! ま、負けない! 僕は負けないぞ!


「さ、沙原さん」


「……黒木君の意地悪」


 あああっ……!! 不機嫌な沙原さんも可愛いけど……! 


「わ、分かった。分かったよ。じゃあ今度……」


「今じゃなきゃ嫌です」


 子供っ! 見た目だけ清楚で大人びた風に見える子供なんだけど! ど、どうすれば良いんだ……


「さ、沙原さん、今はちょっと……」


「つーん」


「くうっ……!!」


 …………だあーーーっ!! もうーーっ!!


「……手、繋ごうか」


「無理に繋がなくても良いですよ。嫌なんでしょ?」


「うっ……お、お願いします。僕と手を繋いでください……」


「そうですか。黒木君がそんなに言うなら……はいっ」


 そう言いながら満面の笑みで手を差し出してくる。ああ……僕にはこの手を掴むしか選択肢がない


「ありがとう……はい」


「ふふっ、また黒木君と手を繋げました!」


 さっきまでの不機嫌そうな姿が嘘のようににこにこと笑う沙原さん。

 また負けてしまった……いつ勝てるんだ僕は……


「ごめんなさい、黒木君。意地悪なのは私でしたよね」


「良いよ。僕だって沙原さんと手を繋ぐのが嫌だったわけじゃないんだから」


 ただ、この姿を周りの人達に見られるのがね……一体僕達は周りからどう見られているんだろうか


「私は黒木君とこうやって手を繋ぐの好きですよ。何だか心がポカポカします」


「そっか……うん、それは僕もちょっと分かるかも」


 こうして学校の近くまで来ると、周りから注目されているのを感じる。普通だったら、こういう時落ち着かないというか、何とも居心地が悪いと思ってしまうはずなのだが……。

 沙原さんの隣を歩いて、手を繋いでいる。そう思うと……


「何だか落ち着く気がするよ。確かに、心が温かいような……」


「黒木君もそう思ってくれているんですね。えへへ、嬉しいですっ」


「あははっ」


 気付けば、周りの視線など気にならなくなり、僕達は笑い合いながら歩くことが出来ていた。

 最初は恥ずかしかったけど……まあ、たまにはこういうのも悪くないかも、ね。







 時は流れて、昼休み。この間と同じく、四人で学食でお昼を食べる事になった


「座る場所は前回と同じで良いかしら?」


「はい、勿論です」


 あ、やっぱり僕は沙原さんの隣なのね。まぁもうここが定位置みたいなものか


「あれ?」


「? 黒木君、どうかしたの?」


 僕の漏らした声を聞いた桜良さんが聞いてきた。ちょっと気になっただけだったんだけど……


「いや、何かこの前と違って視線を感じないというか……うん?」


 そう、前の昼休みの時に感じた周囲の視線が無い。今日も僕は沙原さんの隣に座っているから見られてもおかしくないのに。

 しかも、よく見ると肩を落としている男子の姿もちらほら見える。どうしたんだ一体


「あー……お前ら、今日手を繋ぎながら登校したとか言ってたよな?」


「えっ? うん、言ったけど……」


「多分、それを見た奴らは皆悟ったんだろ。沙原さんはもう狙っても勝ち目がないってな」


「狙うって……え?」


 いまいち話が飲み込めなくて首を傾げる。隣を見ると、沙原さんも不思議そうな顔をしている


「つまりね、黒木君。貴方と朱凛さんが『そういう関係』に見えたってことよ。それも、妬ましいと思うのも馬鹿らしいと思うほどにね」


「そういう関係って……ええっ!?」


 桜良さんに言われてようやく理解した。つまり、僕と沙原さんが……その、恋人同士だと勘違いされたわけか!

 まぁ、確かに手を繋いで登校してたらそう見えても不思議じゃないよね……


「そういう関係って何ですか? 雪実ちゃん?」


「ふふ、それはね。朱凛さんと黒木君がとっても仲良しだと思われたってことよ」


「とっても仲良し……! えへへ、そう見られたなら嬉しいですね……」


 桜良さんの説明に嬉しそうに笑う沙原さん。

 全くこの娘は……。今、男子達が落ち込んでいる原因は君だというのに……


「黒木君。私達、仲良しですって!」


「うん、そうだね」


「もう! もっと喜んでくださいよっ。私はとっても嬉しいんですから」


「はは、嬉しくないとは言ってないじゃないか。僕だって同じ気持ちだよ」


「むぅ、何だか私一人で舞い上がってるみたいです。……本当に嬉しいと思ってくれてますか?」


「もう……分かったよ。僕も、沙原さんと仲良しになれてとっても嬉しいよ。これからも、もっと仲良くなれたら良いと思ってる」


「黒木君……! はい! 私、これからもっと黒木君を好きになりたいですから!」


「ちょっ!? また君は軽々しくそういうことを……!」


 気付けば、周りを気にせず沙原さんと話していた。最近、こういうことが多くなっている気がするな……気を付けないと


「……早速、二人の空間に入っちまったな」


「ええ、これは誰にも邪魔できない空間ね。もう話しかけることも出来ないわ」


「うちのクラスじゃこれがいつもの日常だけどな。こんなの見てたら沙原さんを狙う気なんて消えるわな」


「そうね、しかも朝は手まで繋いでいたみたいだし余計にね。……ちなみにだけど、古宮はもう一度私と手を繋ぎたいとか思ってるの?」


「な、何だよいきなり。俺は別に……」


「……嫌?」


「うっ……。い、嫌じゃねえよ……」


「そう。……じゃあ気が向いたら、ね?」


「ま、毎日とかは勘弁してくれよ……?」


「ふふっ、どうしようかしら。古宮の面白い姿を見られるなら毎日でも良いかもしれないわね」


「こ、こんにゃろう……!」






 ーーーこの時、学食にいた生徒達は全員思ったそうである。

 『この二つの空間を邪魔できる奴は誰もいない』と。そして、『こいつらの形成する空間が甘過ぎる』とも。

 ……本当は恋人同士ではないのだが、そんな事を信じる者は一人もいないだろう

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ