バイバイ。また明日
今、僕は沙原さんと二人でショッピングモールを歩いていた。……手を繋いだまま
「こういう場所は見てるだけでも楽しいですね。でも、今度は何か買いに来ましょうか」
「そうだね。今日は何も決めてなかったけど……次に来る時はどこの店を回るか決めてから来た方が良いかも」
「そうですね。ふふっ、また来ましょうね、黒木君」
ギュッと手を繋ぎながら笑う沙原さん。
やばいやばい、大丈夫だよね僕? 変な顔してないよね? さっきから平常心を保つのが大変なんだけど……! まともに女の子と手を繋いだこともない僕が初めて繋いだ相手がこんな美少女だなんて……さっきから手汗が出てないか不安だよ
「うん、また一緒に来ようね、沙原さん」
何とか澄ました顔で答えた。僕の答えにはい、と嬉しそうに笑う沙原さん。可愛い。
その後も僕はドキドキしながらも顔に出さずに沙原さんと笑顔で会話を続けた。自分でも平常心を保てて凄いと思う、本当に。
夕方になり、そろそろ帰ることになった僕達は施設を出た。行きは一人だったけど、帰りはいつも通り、隣に沙原さんがいる。その事に何となくホッとする……それは良いんだけど
「ね、ねぇ沙原さん?」
「はい? どうかしましたか?」
僕を見て首を傾げる沙原さん。その間も手は繋がれたままである。
うん、おかしいよね? もう人混みなんてあるわけないし、そろそろ手を離してくれると……
「いや、あのさ。手を……」
「……離したいですか? 私と手を繋ぐのは……嫌?」
「うっ……」
手を握り直しながら上目遣いで聞いてくる。くっ、この小悪魔め……!
「い、嫌じゃないです……」
「なら良いですね。ふふっ」
ま、負けた……。こんなの勝てるわけないよ……。
と、諦めた僕と笑顔の沙原さんが歩いていると
「……あら? 朱凛さん? 黒木君も一緒?」
「お? 二人も来てたのか」
「えっ?」
声をかけられ振り返ると、桜良さんと古宮君が立っていた。見ると、古宮君の手には紙袋があった。二人もここに買い物に来ていたみたいだ
「二人も来てたんだね。僕達もさっきまで二人で見て回ってたんだよ」
「偶然ですね。皆ここに来ていたなんて」
「ああ。学校が終わった後桜良が付き合えって言ってな」
「一人よりはマシかと思ってね。仕方ないから古宮も連れてきたって訳」
なるほど、古宮君が持ってるのは桜良さんの買った物なのかな
「にしても……お前らは……」
古宮君がそう言いながら僕達をじっと見る。桜良さんも同じように見ている……僕達の繋がれた手を
「……うん、お前ら本当に仲が良いな」
苦笑しながら古宮君が言うと
「はい! 私達は仲良しです!」
そう言ってにっこり笑う沙原さん。
……仲良しの友達でも高校生の男女で手を繋ぐ事ってあるのかな? それってむしろ恋び……駄目だ駄目だ、変な気を起こしたら。沙原さんにその気が無いのは分かってるんだ
「ふうん……友達同士でも手を繋ぐのはありなのかしら。ねぇ古宮?」
「えっ? あー……まぁ無しではないんじゃねえか?」
「そう。……ありなのね?」
「な、何だよ?」
「…………」
「何か言えよ……っておい!? 無言で手を掴むな! 繋ぎたいならそう言えよ!」
「……私は繋ぎたいなんて言ってないわ。でも古宮がどうしてもって言うなら……」
「いや、掴んできたのはお前……だーっ! 分かった分かった! 繋ぐよ! だからそんなに睨むなって!」
「しょうがないわね。古宮の為に繋いであげるわ」
「ったく……」
……気付いたら二人の空間が出来てた。最終的に二人も手を繋いでるし……。まぁ二人とも満更でもなさそうだけど
そういえば……前に古宮君、好きな相手がいるって言ってたよな。もしかしてその相手って……
「さて、じゃあ帰りましょうか」
「そうですね、行きましょうか。ほら、黒木君」
女子二人の言葉に考え事を止めて、僕は顔を上げる。見ると、にこにことこっちを見る沙原さんが手を引っ張っていた。隣を見ると、同じように手を繋いでいる古宮君がこっちを見ていた。
視線が合い、小さく笑う。お互い、振り回されて大変だね。まぁそれも楽しいんだけどさ。
「じゃあね、二人とも。また月曜日に会いましょうね」
「んじゃまたな……って引っ張るな! おいこら桜良!」
相変わらず、最後まで賑やかに二人は去っていった。結局手は繋いだままだったね……僕達もだけど
「明日は黒木君の家に遊びに行きますからね!」
「うん、そうだったね」
この前約束したんだったよね。明日は部屋を綺麗にしておかないと……
「でも、僕の家なんて面白い事とか何も無いよ?」
「良いんですよ。黒木君と一緒に過ごすだけで楽しいですから」
急にそういう事を言うのを止めてくれないかなぁ!? 今日一日で僕の心臓はドキドキしまくりだよ……
「そう言ってくれて嬉しいよ……っと、着いたね」
動揺を隠しながら答えていると、沙原さんの家が見えてきた。さぁ、そろそろ手を離さないと
「……むぅ。もう離さないと駄目ですよね」
「うん。ほら、沙原さん」
僕が声をかけると、沙原さんはゆっくりと繋いだ手をほどいた
「……また、繋いでくれますか?」
「う、うん。たまになら……」
危ない。ここで勿論! とか答えたらどうなることか
「私は毎日でも良いのに……」
ほら見たことか。毎日手を繋ぎながら登下校とかになったら死んでしまう。そういう事はいずれ恋人が出来た時まで取っておいた方が良いよ、きっと
「じゃ、じゃあまた明日ね! バイバイ、沙原さん」
最後の一言は聞こえないふりをして、僕は彼女に手を振って歩き出す
「あっ……。はい、また明日。バイバイ、黒木君」
沙原さんはそう言って、手を振り返してくれた。
やがて、彼女の姿が見えなくなる
「ふぅ……ドキドキしたけど、今日は楽しかったな。偶然沙原さんに会えて良かった」
もし、あの時沙原さんに声をかけられていなかったら一人寂しい土曜日を過ごしていただろう。本当に、感謝しないと
「……何だかんだ言って、沙原さんが隣にいると楽しいし、落ち着くようになっちゃったんだよなぁ……まだ出会ってそんなに経ってないのに」
まぁ手を繋ぐのはしばらくは遠慮しよう。こんなの毎回やってたら心臓がもたない。
ーーーそう思いながらも、沙原さんの手の感触がしっかり残っている自分の手を見て、僕は一人で勝手に顔を赤くするのだった