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怠惰な奥様 シリーズ

溺愛思考に目醒めた孤独な貴族様は、異世界の奥様を怠惰に堕とす。

作者: 夕綾 るか

この作品は『御都合主義の怠惰な奥様は、永遠に夢の中。』のアリオン視点です。

読んでいなくても、分かる仕様にはなっている…と思います。




カチャカチャ…カチャカチャ…



食器と食器が擦れる音。

そして、自分の咀嚼音。


この部屋には、それしか、響かない。

今まで、ずっと。


それが、いつからだったのか。

もう、殆ど覚えていない。

気が付けば、自分の身体を成長させる為、そして、いつからかは、その身体を維持する為だけに、繰り返していた。


何かを食べても、何も感じなかった。

ただ、口に入った固形物や流動物を咀嚼して、喉を通して飲み込むだけの繰り返し。


毎日、毎日。

この部屋には、一人。





パラパラと、紙を捲る音。

そして、自分の息づかい。


この部屋には、それしか、響かない。

今まで、ずっと。


それも、いつからだったのか。

もう考えなくなっていた。

気が付けば、この家業を維持していく為、そして、いつからかは、その身体を守り抜く為だけに、繰り返していた。


何冊、読んでも、何も感じなかった。

ただ単に、膨大な量の知識や教養、情報、歴史等を頭に、詰め込むだけの繰り返し。


毎日、毎日。

この部屋にも、一人。





何に対しても、心が動かない。

そう。それは、あの時からだ。


目の前で両親を失った。私は、5歳だった。

全てが消え去った。両親と共に。


幼くして、大きな屋敷の主となった。

家業の教育係は、執事ハリソン。

彼は、この家の当主であった私の父の教育係もしていたのだ。


私の家は、少し特殊だった。

存在を知られてはいけない。

故に、他者との交わりは一切なかった。


私が幼いうちは、影の者が父の代わりとなり、表で行動していた。私は、密かに鍛練を積んだ。


成人を迎える前に、少しずつ、影との入れ替わりを繰り返し、成人を機に全てを引き継いだ。




変わらない日常。

毎日、城に出向いては、影で動く。


「やぁ。クリフォード卿。ご機嫌如何かな?」


私は、にっこりと笑い、穏やかな口調で返す。


「変わりはありません。ライアン殿下」


深々と、頭を下げる。


「今日の議会の件なのだが…」

「はい。陛下より、既に伺っております」


書面を差し出し、手順を説明する。

一連の作業が終わると、殿下は微笑む。


「クリフォード卿がいてくれて、助かる」

「勿体無いお言葉にございます」

「ところで、そろそろ身を固める気はないのか?」


ここ10年、ずっと言われ続けていた事だった。

王女と結婚させようとしたり、位の高い貴族の娘であったり。王家としては、縁者を作り、特殊な能力を持っているクリフォード家を、そして、()()()を囲い込みたいのだろう。


「私には、心に決めた相手がおりますので…」

「そう言って、もう10年以上経つではないか」

「まもなくです。良い報告が出来るでしょう」

「ほぉ」


ライアン殿下は、口角を上げる。


「卿の決めた相手か…興味があるな」

「殿下には、麗しい妃様がいらっしゃるではありませんか」

「『愛』は万人に与えられるものだぞ」

「私には、出来そうにございませんね」


誰一人、愛することなど…出来る筈がない。

当たり前だ。私は愛など知らないのだから。





()()()()()()()に、下城する。

()()()()()()()で帰路に着く。



森に差し掛かると、道端に人が倒れている。

馬から降り、近づく。

倒れているというよりは…寝ている?


「起きられよ」


声を掛けるが、起きない。

身体を揺すり、少し強めの声を出す。


「…起きられよ!」


眉間に皺を寄せるが、起きない。

それにしても…見たことのない人間だ。

異国の者か?

髪の色は、漆黒の如く黒い。

しかし、艶やかでとても綺麗だ。


…綺麗…そんな事を思ったのは、初めてだ。

何なんだ?これは?

これが『感情』というものなのか?


書物で読んだことしかない。

感覚がどんなものなのかは分からないままだった。

普段の表情は、対応の仕方を場面に合う様に、自身で身に付け、使い分けているだけだ。


この感覚が本当にそうなのか?

もし本当にそうならば、この人を起こしたら、次はどんな事が起こるのだろう。


「…起きられよ!」


「ん…何?もう朝?朝ご飯はいつも適当にって…」


()()が薄く目を開ける。

その瞳の色に驚愕した。


この国に()()()()()()だったのだ。

彼女は、この国では規格外だ。


胸が、どくりどくりと高鳴る。

…何だ?これは?この感覚は?


胸を押さえたくなる程の動悸。

まさか…これが『愛』なのか?


先程の殿下の言葉が蘇る。

――――『愛』は万人に与えられるもの。

この感覚が『愛』なら、間違いなく私は、彼女だけにしか『愛』を与えられないだろう。



彼女を覗き込む。

薄く開いていた瞳に自分を映すように。

みるみるうちにその瞳が大きく見開く。


「だっ…誰?!」

「いや…こちらが、聞きたいのだが」


――――もっと、貴女を知りたい。

話を聞くと行く当てもなく、身寄りもいないということだった。屋敷に戻る途中で、此処から近いので良かったら来るかと聞いてみると、花が咲いた様に笑い、『是非に』と喜んだ。彼女を客人として我が家に招き、もっとたくさんの話がしたかった。


屋敷に着くと、彼女を客室へ通す。


「そこに掛けて」

「はい…」


緊張した面持ちで、ソファに座ると、ビクッと肩を震わせた。…何か驚く様な事があったのだろうか?

そして、私の様子を伺う様に話し始めた。


「あ、あの…契約書とか作っていただけたりしますでしょうか?」

「え?」

「ここで、働く上で、色々、条件と言いますか…」


――――何を言っている?

私は彼女を客人として、此処に招いたのに。


「雇っていただける訳ではない…のでしょうか?」

「雇う?私が…貴女を?」

「ええ。…でも、もしそういうつもりではなかったのなら、申し訳ないのですが…私は、先程もお話ししました通り、身寄りもありませんし、行く当てもありません。ですから、こちらで雇っていただきたいのですが、お願い出来ないでしょうか?」


彼女は、使用人として、働く気でいる様だ。

『庇護欲』『独占欲』

今までなかった『欲』が次から次へと湧き上がる。


「私にそのつもりはない」

「えっと…それは、私を雇うつもりはないという事でしょうか?」

「ええ。そうです」


そういうと、彼女の顔が急に曇る。

そんな顔をさせたい訳ではなかったのに。

此処に縛り付けておきたい。手放したくない。

例え、屋敷の使用人であっても、彼女を自分以外の者と触れ合わせたくない。


こんな唯一無二の愛しい人を。


「私は貴女を客人として考えております」

「え?」

「この部屋を自由にお使いください」

「…え?」


彼女は、戸惑った表情をした。


「あ、あの…私はお金も着替えも何一つ持っていなくて…だから、仕事を探して、暮らしていくために生活の基盤を作らないといけないのですが…ここでのお仕事がないのなら、何かご紹介していただけないでしょうか?」


あくまでも使用人として、働く気でいるらしい。

絶対にそんな事はさせない。

何もしなくていいのだ。彼女が好きなことをして、此処でずっと過ごしてくれれば。

彼女には、絶対に此処から出ていかないで欲しい。

どうしたら、この屋敷から、この部屋から出さずに済むかを考える。


「暫く、時間をいただいても?」

「ええ!もちろんです!宜しくお願いいたします」


ソファからガバッと立ち上がって、お辞儀をする。

本当に小さくて、可愛らしい。


「あの…クリフォード様」

「アリオン、と」

「へ?」

「アリオンと呼んでください」

「アリオン…様?」


彼女の口から、自分の名前が漏れる。

その余韻に浸っていると、ふと彼女の名前を未だに聞いていないことに気が付いた。


「貴女のお名前を伺っておりませんでした」

「あ!はい。私は、『ユイ』と申します」


何と可愛らしい響きだ。彼女に似合っている。

思わず、名前を呟いた。


「ユイ」

「はい。クリ……アリオン様」


可愛い返事が聞こえたかと思えば、同時に、ぐぅと腹の音が聞こえた。恥ずかしそうに俯く彼女が可愛すぎて、口元に手を当て、悶絶した。


「…失礼。すぐに、軽食を用意させよう。その後、湯浴みの用意も」

「あ、ありがとうございます」

「良ければ、晩餐を一緒にいかがですか」

「宜しいのですか?」

「もちろんです」


晩餐の約束を取り付け、彼女が必要な物を調達するため、部屋を出た。

すぐに、軽食や湯浴みの準備、彼女に似合いそうな衣類を揃え、女性に必要な物をすべて準備させた。





晩餐の時間になり、彼女が、部屋に入ってくると、その美しさに目が釘付けになった。

先程とは違い、自分の選んだ服を着ている。

ひらりと舞うスカート…まるで花の妖精の様だ。

見惚れていると、彼女が言った。


「あ、アリオン様。色々、ご用意いただいて本当にありがとうございます」


私は、小さく首を振った。

…なんて謙虚なんだ。

この国の女たちは、強欲で気が強く、我が儘だ。

彼女は、何かにつけて礼を言う。


「大したことではありません。何か、ご不便はありませんか?」


そう聞くと、彼女は、大きく首を振った。


「それは、良かった」


微笑んで見せると、何故か彼女は、私の顔をじっと見つめた。そして、怪訝な顔をした。

一体、急にどうしたというのだ。

まさか、料理が気に入らなかったのか?

彼女にとっては異国の料理なのだろうし、食べられない物があるか事前に聞いておけば良かった。


「どうかなさいましたか?お口に合いませんか?」


心配になって、恐る恐る聞くと、彼女は、ぶんぶん首を振った。


「とても美味しいです…あの、アリオン様」

「何でしょう?」

「何故、見ず知らずの私に、こんなに、親切にしてくださるのですか?」


突然の質問に、戸惑った。

その答えを用意していなかった。

単純に『貴女を一目で愛したから』などと、言える筈がない。


彼女は、慌てて話を変えた。

何かを察したに違いない。本当に心の優しい人だ。


「えっと…アリオン様は、おいくつなのですか?」

「32になります」

「えっ?あの……もっとお若く見えますね!では、ご結婚されていらっしゃいますよね?奥様とか、お子様は、お屋敷にいらっしゃらないのですか?」


心が凍りついた。

まさか、彼女の口から、結婚や妻子の話が出るとは思わなかった。彼女の言葉によって、思いがけず、傷付いた自分の心に驚いた。


「結婚していません」

「そ…そうなのですね。素敵な方なのに」

「…そう、思われますか?」

「ええ。とてもご親切でお優しいですし。何よりもイケメ…いえ、見目麗しいではないですか」

「ユイ。貴女も、そう思っているのですか?」

「えっ?ええ、もちろん」


彼女の反応に、一喜一憂する。

感情に振り回される日が来るなんて…


「さぞかし、引く手あまたなのでは?…それとも、良いご縁に恵まれないのでしょうか?」

「良い縁に恵まれて来なかったのは確かですね」

「そうなのですね。ご縁があると、良いですね」


私は、眉間に皺を寄せてしまった。

私にとっての『縁』は、貴女なのだと。

そう、伝えてしまいたかった。





『蒼き血の一族』


クリフォード家の別の名だ。

代々、クリフォード家の嫡男は、人の思考、動向が読める。そして、それ以外にも個人的に特殊な力を持つ者もいる。


アリオンには、代々受け継がれる力とは別に個人的な能力として、『予知』の力があった。この力が、目醒めたのは、アリオンが成人した時だった。


それは、突然の出来事だった。

『予知』は『夢』として見た。


始まりは、森の中だった。

見たことのない人間。

その人が自分の()()である事は、すぐに分かった。


ただ、いつ会うのかまでは『予知』出来なかった。

だから、いつも同じ時間、同じ場所を通っていた。


それから、他の『予知』をし始めた。

それは、必ず起こる。良い事も、悪い事も。

そして、それは、変えられない。

…どうやっても。

何度も試してみたのだ。

そのすべてが『予知』通りになった。

一度も、変えることは出来なかった。


彼女と出会った後、すぐに気が付いた。

彼女の心を、読むことが出来ない事に。

最初は、自分の能力が消えたのかと思ったが、屋敷の者の心の声が聞こえた時、彼女だけが特別なのだと気が付いたのだ。


こんなに嬉しいことはない。

ずっと、彼女を探していた。

ずっと、彼女を待っていた。

だから…絶対に手放さない。

どうしたら、彼女は…ずっと私の隣にいてくれるのだろうか。





翌朝。

彼女と朝食を取るため、準備をさせる。


朝から彼女は、可愛らしい。

自然と顔が綻んでしまった。


「おはよう、ユイ。よく眠れましたか?」

「おはようございます。アリオン様。お陰様で快適に眠ることが出来ました。本当に何とお礼をすれば良いか…」


彼女がそう言ったので、早速お願いをしてみよう。


「それならば、私から一つ、お願いをしても?」

「それは、もちろんです!私に出来る事であれば、何なりと!」


彼女は、食い気味に言った。

本当に…優しくて、律儀だ。


「では。ここでの食事は、出来る限り、私と一緒にとっていただけますか?」


――――永遠にずっと。


「え?」

「嫌でしょうか…?」

「いえいえ!そんな事で宜しいのですか?」

「はい」


最大限に微笑んで、懇願する。


「もちろん、それは、喜んで…」


言葉とは裏腹に、彼女の顔は浮かない。

こんな時、いつもなら心を読むことが出来るのに。

彼女にだけ、使えないなんて…

暗く沈んでいると、彼女が声を掛けてきた。


「あの?アリオン様?いかがなさいましたか?」

「無理に頷かせてしまいましたか?」

「え?」

「全ての食事を一緒に…なんて、嫌でしょう?」

「いえ!そんな事はありません。毒味役ですよね!大丈夫です!お受けします!」


――――え?毒味役?


彼女は、何か勘違いしている。

この私が、愛する彼女に毒味役などさせる訳がないというのに。彼女は、何も分かっていない。

沸々と怒りが湧いてきた。


「ユイ」


思いの外、低い声が出てしまった。

視線を合わせると、彼女の肩が上がる。

怖がらせてしまっただろうか。


「私は、貴女に毒味をして欲しい訳でははい」

「え…」

「ただ、貴女とこうして、食事をとりたかっただけなのです」


ふぅと、一息吐くと、顔を緩めた。


「ずっと、一人だったのです」

「え?」

「ここで。ずっと一人で食事をしていました」


彼女は、戸惑った様に、私を見た。


「自分の立てる食器の音。食事の音。この部屋にはそれしか響きません」


目を伏せた。

今まで、感じたことのない感情。

すべて、貴女が、教えてくれた。


「昨日、貴女とした食事は、とても美味しかった。そして、楽しかった。誰かとする食事が、こんなに美味しいものだということを、初めて、知ることが出来ました」


彼女は、優しい。

その優しさに、付け込もうとしているなど、考えもしないだろう。


「ごめんなさい。私でよろしかったら、是非、一緒にお食事をさせてください」

「でも…嫌なのでは?」

「いいえ。嫌だった訳ではなくて…無償で、食事を一緒になんて、私にとって良いだけのお願いだったので…ですから、是非、何か、私にお仕事をさせてください!…見つけてくださるのですよね?」


いや…仕事をさせるつもりはない。

…どうしたら、良いか。

ある程度、彼女の希望通りにさせておいた方がこの先の長い時間、留まっていてくれるだろうか?

そうであれば、目が届く範囲に置いておきたい。


「では…この屋敷の手伝いをしていただいても?」

「え!本当ですか!?ありがとうございます!」


やはり、間違っていなかった。

彼女が、喜ぶ顔を見る事が出来た。

ただ、彼女に仕事をさせるというのは複雑だった。

出来る事なら、主と使用人という関係にはなりたくなかった。けれど、彼女が他に仕事を見つけ、此処から出ていってしまう事だけは避けたかった。

…だから、仕方がない。



それから、彼女には、主に執務室の仕事を頼む事にした。雑用みたいなものだが。

実際にやってみると、これはこれで私にとって利点が多かった。

彼女が、いつもすぐ側にいるのだ。四六時中。

仕事中も彼女を近くで見ていられる。幸せだ。


私は、王城に出向く事を控えた。というより、自然と足が遠退いた。さすがに王家から、二日に一度は登城する様にと、言われてしまったが。



ある日、登城すると、前方から来たライアン殿下に声を掛けられた。


「最近、よく屋敷にいるじゃないか。卿の屋敷には何かあるのかな?」


彼は、察しが良い。

心の読める私でさえ、敵に回したくない相手だ。


「ええ。まぁ」


その反応に、殿下は目を細めた。


()()()()の件かい?」

「どうでしょうか」

「王城に()()()()()から…と避けているのではないのなら、何も言わないよ?」

「大丈夫ですよ。王城には、()()()()()()()()

「それは、良かった」


そう言うと、立ち去ろうとした私に去り際言った。


「紹介、待ってるからね」

「……」


――――絶対にするか。


彼女は、私だけの唯一だ。

他の誰にも見せるものか。




その日、いつもの様に彼女の買い物に同行すると、彼女が、私の方をチラチラと伺っている。

そんな姿も、可愛すぎる。


「あの…アリオン様」

「何ですか?ユイ」


貴女の望みなら、何でも叶えてあげたい。


「今日は一人で出掛けたいのですが」

「一人では危ないよ?侍女達だって、護衛をつけるのに」

「では、護衛をつけてください」

「私が護衛ですよ」

「えーっと…そうですか」


ごめんね。それは、叶えてあげられない。

貴女は、無防備過ぎる。

ほら、周りを見てごらん?

皆、貴女のその麗しい黒髪に見惚れているよ?

貴女は、私の唯一。貴女の隣にいるのは、私だけ。





王城での仕事があったある日。

昼食を取る為、王城から屋敷に戻ると、中庭で花に囲まれた彼女を見つけた。自然と、顔が緩み、心が穏やかになっていく。


「私、この季節が一番好きかもしれません」

「花は、心を穏やかにしてくれますからね」


私にとっては、貴女の存在が花ですが。

こんな気持ちも、初めて知りましたよ。


食後にカモミールティーが出てくると、彼女は顔を綻ばせた。


「ユイはカモミールティーがお気に入りですか?」

「はい。お茶なら基本的に何でも好きですが、香りの強いアールグレイやカモミールは特に好きです」

「そうですか…覚えておきますね」

「?」


彼女は首を傾げ、不思議そうな顔をした。

私は、貴女の事をもっと知りたいのだ。

…ああ。このまま貴女と此処にいたい。

また城に戻らなければならないのが辛い。



城に戻るとすぐにハリソンから連絡が来る。

…ユイに何かあったのか?


急いで屋敷に戻る。

彼女は、午後を休みにして、一人で街に出掛けようとしていた。何故?あんなに危険だと言ったのに。

…鍵をかけて、部屋に閉じ込めておけば良かった。

こういう時、彼女の心が読めない事が悔やまれる。


屋敷の門の前で、彼女を待つ。

彼女は、私を見ると驚いた顔をした。


「アリオン様…何でここに?」

「ユイ。何故、一人で出掛けようとするのです?」

「え…あの、そんなに悪いことですか?」

「一人では、危険だと言ったでしょう?」

「それは聞きましたけど…今まで、特に危険な事はなかったですよね?」

「私が貴女の側にいたからですよ!」


ビクリとする彼女に気が付き、ハッと息を吸う。

また怖がらせてしまった。


「すまない…でも、ユイに何かあったらと思うと…恐ろしくて…」

「そんな…心配しすぎです。私、いい歳ですし」

「関係ない。失いたくないんですよ」

「え?」

「一目見た時から、ずっと。貴女を愛しています」


彼女は、少し目を泳がせながら言った。


「えっと…お断りしても…?」

「え…?何故?分かるように教えてください!」


必死に懇願すると、彼女は口を結んでから言った。


「あの…どうして、私の事をそんなに簡単に愛せるのです?私の事、全然、知らないのに」

「あの森の中で、一目惚れしたのです」

「それこそ、何で?この国の方々は、皆さん、見目麗しくて、いらっしゃるのに。私なんか、足元にも及ばない…」

「何を言っているのです?貴女の、その髪の色も、瞳の色も、小さな身体も、そのすべてが初めてで。とても可愛らしい。他の誰にも渡したくない。他の誰かの目に映す事さえも躊躇う程に」

「重っ…」

「えっ!あ、いや…そのくらい愛おしいって事で」


慌てて、弁明する。

彼女は、大きなため息を一つ吐くと、決意した様に言った。


「私の事を全てお話しします。それを聞いても気持ちが変わらないのであれば、私も真剣に考えます」


私は、力強く頷いた。

私の事を真剣に考えて貰えるなら…そして、貴女の過去を知る事が出来るなら…喜んで。


「始めに…私は、この世界の者ではありません」


――――世界が違う?国だけではなく?


「その髪の色、瞳の色、顔立ち、体つきで、異国の方だとは分かっていましたが、世界まで違っていたとは…思いませんでした」

「そして、年齢は、42歳です」

「えっ!私は、年下だとばかり…」

「私の世界の種族の中で、私の人種は幼くみられる傾向がある様です。だから、無理もありません」


驚いた。彼女は、年上だったのか。

しかし、自分の気持ちが変わることなど絶対ない。


「ですが、ここからが重要です」


私は、息を飲んだ。


「元の世界に、夫と子どもがいます。だから、純潔ではないし、既婚者です」


私は、目を伏せた。

年齢を聞いた時、一番最初に(よぎ)った可能性だった。

ただ、そんな事、私には何の問題もない。

異国ではなく、異世界であるなら、むしろ好都合。

絶対に、元の世界に帰しはしない。

…どんな手段を使ってでも。


「話は、それで終わりですか?」

「え?あ、はい…」

「構いません」

「へ?」


変わった返事をする彼女の目をまっすぐに見つめて言った。


「構わないと言いました」

「あの?」

「貴女がこの世界にいる限り、この世界では、未婚だし、夫も、子どもも、存在していません」


彼女は、信じられないという顔をした。


「でも、年齢的にも問題では?こんな大きな家柄であれば、跡継ぎとか必要でしょうし」

「ありません」

「え?」

「必要ありません。私に必要なのは貴女だけです」

「何故?」

「愛しているからです」

「いや…愛は冷めますよ?一時の感情に流されてはいけません」

「そんなこと、絶対にないです」

「私は経験したので、間違いないです」


必死に『愛はなくなる』と言い張る彼女に違和感を覚えた。もしかしたら…


「では、ユイは夫と上手くいっていなかったの?」

「……まぁ…そうですね。既にお互い、愛は冷めていたと思います」


思わず、口元が緩んでしまった。


「では、こうしましょう。もしも、私が貴女を愛さなくなった時は、莫大な慰謝料をお支払し、離縁に応じます。それは、もちろん、貴女が私からの愛を感じなくなったらで構いません」

「そんなの、私に有利でしかありませんが…」

「構いませんよ」


彼女が、安心できるように微笑んで見せた。

そして、大切な話を始める。


「あの…先程の話で…純潔ではないと言っていましたが…その…どのくらい経験がおありですか?」

「え?ええっと…関係を持ったのは夫だけですが」

「そうですか…」


ホッとした。


「それならば、なお、問題ないですね」


彼女の瞳をまっすぐに見て言った。


「未亡人や後妻みたいなものではないですか」

「!!」


彼女は、ハッとした様に見つめ返した。


この国の女は、平気で嘘を吐く。

自分を、より良く魅せるために。

それが、悪い事だとは思わないが、好感が持てるかと言われれば、私には難しかった。

彼女は、自分から不利になる出来事をさらけ出したのだ。…全く。まっすぐにも程がある。

その上、経験も夫のみであれば、何の問題もない。

不貞をしていた訳でもなく、婚姻関係がある自身の相手のみにしか許さないその清らかさ。充分だ。



それからは、彼女を妻にするため、ありとあらゆる手段を使い、彼女を誘惑した。来る日も来る日も。

ゆっくりするのが好きな彼女に、怠惰な生活を提供する。本を読むのが好きだと聞けば、新しい本を、書棚に新調する。香りの強い茶も種類を増やした。

喜ぶ彼女の顔を、隣でいつまでも見ていたい。




半年後。

ようやく、彼女から『愛』を貰えた。

これからも、永遠に彼女に私の『愛』を伝え続けていくだろう。婚姻して、彼女が、クリフォード家の正式な一族となったことで、初めて私の本来の仕事や一族のことについて話をした。

私はその『血』を絶やしても構わないと思っていることも。だから跡継ぎを考えなくてもよいのだと。


彼女は、運命に任せてみようと言った。

私たちが、この世界で出会ったように。


跡継ぎ問題は、すぐに解消された。

第一子は、男児だった。

彼は『蒼き血の一族』として後継者となるだろう。

そして、程なくして第二子である女児が生まれた。

妻によく似た黒髪の可愛らしい娘だ。

絶対に嫁にはいかせない。



私たちの幸せな日常は、永遠に続いていく。

私の妻となった彼女を怠惰に堕とし入れてでも。



――――私の『予知』は、外れない。




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