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「あの、本当に、外部からの侵入はないのですか?それははっきりしているんですか?」
ヨオキさんが聞いた。
「ありえないわ、どこも壊されていないし見張りもしていたし、ホテルの周りにはトラップだって設置してある。ジャムが閉め切っているこの建物に忍び込む意味もないし、何の形跡なく忍び込む知能がある訳ない」
サンロさんは淡々とそう言う。
「じゃあ次は、赤い血が出るか見るぞ」
アンさんが短剣を抜いた。
「皆、手袋を脱いで手を出せ。おかしな真似したら問答無用で突き殺す」
アンさんが回っていって、短剣で指先を軽く切っていく。
結果はすぐ出た。
「皆、赤い血が出たか……」
アンさんが皆を見渡して言う。
あの黄色いドロドロしたものが出るかと思ったけれど、出なかった。
「これは、皆人間という事ではないんですか?」
ヨオキさんが笑顔を作って言った。
「そうだと良いのですけれど……」
サンロさんは沈んだ顔をする。
「じゃあ、侵入か?」
皆が俯いたまま、動かない。
今や全員がジャム出ないとするならば、侵入してきたという事になる。
それは、何の形跡なく忍び込む知能を持っているという事になり、恐怖でしかない。
僕達が怪しいとなっていたならば、僕らを監禁でもしておけば安心できたか……。
「でも侵入なんて……やっぱり無理よ」
「それに……伍長が不覚を取りますなんて……」
「そうよ、こうしてここで一緒に暮らすうちに懇親になっていた私達だから、どこかで接触を許してしまった、と考えるのが妥当よね」
僕たちは様子を見る事となった。
とりあえずは精神的に最も良い結論が出たという事だろう。
順当だと思った。
ただみんなで集まってワイワイすることはもうないだろう。
いつもなら皆で雑談したりとしてるはずの時間だが、僕はヨオキさんと部屋に居てベッドに寝転んでいる。
テヲ・ライ伍長に接触したのが7日前……僕が死なないとなると、あの風呂後、その日の内にジャムと接触した、という事か……。
……僕が死ななかったらだけど……。
……ああ……こうして部屋に居ても暗くて陰険になるだけだな。
「ちょっと屋上に日向ぼっこしてきます」
高い鉄格子に囲まれている屋上には常に見張りが一人交代で置かれている。
ここら辺のモンスターが建物に近づいたら報告するのだそうだ。
しかし全然来ないから基本皆、屋上に置かれているビーチチェアみたいなのに、いや多分ビーチチェアだろう、あれまんまの椅子に皆は寝そべって、真っ暗な建物内でセロトニン不足なのを解消していた。
当時見張りだったテヲ・ライ伍長が、僕らを見つけて助けに来てくれたらしい。
屋上に上がってみると、見張りのサンロさんがビーチチェアに寝そべっていた。
「今、ちょっと見張りをしてたら、本部の駆除隊が森を燃やしていたわ」
「なぜ、そんなことを?」
僕はよくわからずサンロさんの横のビーチチェアに寝そべる。
「ジャムを見つけるためよ」
サンロさんは空に向かってしゃべりだした。
「私ね、ここには食料も支給されて食べるのに困らないし、皆と話していると楽しいし、私としてはね、毎日休みみたいなもんだったから、いつまでもこの生活が続いてほしかったりしてたの」
「はい、私もそう思ってました」
僕も青い空を見る。
日差しも風も気持ち良い。
「それがっ、こんなことになるなんてっ、こんなっ」
サンロさんを横目で見た。
長い髪を枕いっぱいに広げている横顔が美しい、見とれてしまう。
「イマノリさんって、おいくつですか?」
「えっ?……えっと17です……」
突然の質問だったので、自身の年齢を言ってしまった。
「じゃあ、同い年ですね」
サンロさんの瞳がこちらに向けられた。
「運が良かったわ。私は電報士で、ジャム騒ぎの時はずっと基地内でも缶詰め状態だったの」
「だから助かったんですか?」
「そう、本当に運が良かった」
「今は悪くなりましたけどね」
「……あなたって、やっぱり性格悪いわね」
サンロさんは笑いながら言う。
僕も笑った。
そういえば今日笑ったのこれが初めてだ。
「一番運が良いのはアンね」
「そうなんですか?」
「私ね、アンが怪しいと思ってる」
「えっ?」
「あの子は基地内勤務だったわ。別に缶詰め状態でもなんでもなくね。なのに感染せず生き延びたの。天文学的な確率と思わない?」
「……」
運が良すぎるから、怪しいか……。
「アンさんは伍長と一番親しかったし、伍長の信頼も獲得していたわ。隙をついて触ったのよ、きっと」
「でも信頼しているのなら、僕らだってそうではありませんか」
「いいえ、私達は裏では疑いあっているわ……」
「……そうだったんですか……?」
「当たり前じゃない……私達以外の全員が死んだ、あの基地での生き残ったのよ……よほど運が良いのか、それともジャムかのどちらかって事じゃない。施設外に居たとか言っているけれど、ジャムだってそれくらいのウソはつけるでしょうよ、信用できないわ」
「……」
僕は何も返答できなかった。
「ずっと疑っているわ、でも誰もそんな本音を出せなかった。出した途端、この共同生活が、この中にジャムがいるんじゃないかと、互いに疑い合い続ける苦しい生活になってしまう……そんなの耐えられないわ……」
「……でも、なってしまった……」
「……ふふっ」
「……しかし、本部も、当然そういう想定はしていますよね」
「それが何?」
「規則によると、怪しい人は殺してしまう決まりなんですよね?全員まとめて殺してないのはおかしくありませんか?」
「そうね……情が厚いゼス長官様々ね」
「情で生きられていると……」
「私は絶対に殺されると思って一度逃げようとしたのよ、でも本部は私達を別に監視もせず、こうしてのんびり隔離させている……私達は運が良いのよ、やっぱり」
急に、死の恐怖が僕の中に巻き起こった。
死ぬかも……。
死んだら転生もできなくなって、消えてしまうんだっけ。
その思いから逃れられなくなる。
……だいたいあいつ、ホント何やってるんだ?
タラバだっけ名前……僕がこんなに大変な時だってのに……。
「……ねぇ、出てってくれない、ちょっと眠るわ、眠くて仕方ないの」
とサンロさんが立ち上がった。
当たり前だが、ジャムに狙われ接触されるかもしれないから、寝たりする時は必ず閉じこもらなくてはならない。
「はい、それじゃあサンロさん……」
立ち上がり建物内へと移動する。
「気を付けてね」
サンロさんはそう言って屋上の扉を閉めた。
すぐに、ガチャッゴッ、とロックされる音がする。
外に面しているから扉は頑丈に作られて、物々しい音が、なんか、僕らの信頼も閉ざされているように感じた。
……水でも飲もう……。
もくもくと湧き出て止まらない恐怖と苛立ちを、頭を振って振り払う。
食堂の扉の前までと来た時、中から声が聞こえて立ち止まった。
扉を開けてみれば、厨房にヨオキさんとハロさんがいて、互いに刃物を持っているではないか。