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「ふぅ、いい湯だったぁ」
無理してしまって、のぼせてしまった……。
食堂で水を飲もう。
「ん?イマノリ、風呂にはいっていたのか?」
食堂にはアンさんがいた。
「あれ?……伍長が入いる時間だが……」
「ああ、譲ってもらいました」
僕は2人で入ったことは隠した方が良いよな……。
「そうだったのか」
アンさんは食事をお盆に乗せている。
僕は甕から水を汲み飲み干すと、食事をヨオキさんの分も持ってってやろうとお盆に用意されていたパンとサラダを乗せていった。
「もっと持ってけ」
「えっ、そうですか……あっ」
「これ、うまいんだぞ」
豚の鼻そっくりな形の果物と、マスタードみたいな色をしたごはんみたいなやつを、ドスンと乗せてきた。
なんだろう……気持ち悪いな、食いたくないなぁ。
断り切れず、それを持って部屋へ戻る。
「食事持ってきましたよー」
ドアを開けながら中のヨヲキさんにそう言った。
案の定、大慌てで、
「私がお持ちします!」
と奪い取るようにお盆をひったくって、テーブルに皿を並べる。
「さっ食べましょう」
ヨオキさんは返事をせず、部屋の隅にピシッと直立する。
旨い!
甘いぞこの豚の鼻そっくりなの。
クリームシチューに近い味だ。
異世界の食べ物に驚きながら、堪能する。
……しかし……何も言わずヨオキさんが突っ立っているのが、気になって仕方ない。
横目でちらと見る。
どうしようか……。
元に戻った時……僕が乗り移っていることが悟られるなんてことはないだろうけれど、元の人の真似して、何の変わりなく過ぎ去ったほうが良い。
それにこの時だけ優しくしてどうするんだ。
元に戻ればヨオキさんはまた奴隷として暮らすんだ。
この人達の関係の事を考えると、今優しくしても……。
だから、ヨオキさんを奴隷扱いしたほうが良い……。
……しかし、僕は、この主人と奴隷の関係は嫌いだ。
罪悪感が……。
どうしようかと、しばらく考えて、決めた。
嫌なものはしたくない。
「あの、席に座って、食べてください」
黙ったまま、うんともすんとも言わない。
でも、僕はヨオキさんの返事を待った。
じっと見つめていると、
「……ご主人様……あの……」
ヨオキさんが、小さく、開いたかどうかわからないほど小さく口を開き、きょどきょどしながら、
「なぜ……そのような、あの……慎ましい……と、言いますか……そのような、言葉づかい……といい、私、への……接し方、といい……どういう、おつもりなのですか……?」
「なぜって……」
僕は答えに困ってしまった。
食事の手が止まる。
「あの、ご主人様、一体どうし――」
「――あなた方を奴隷のように扱い接するのも、接せられるのも、嫌なだけです」
と、キッパリ言ってやった。
「だからもうこうやってピシっと立たなくて良いです、主人と奴隷の関係はやめました」
続けて言うと、ヨオキさんは吃驚して目を見開き、頭の耳をピンと張ったまま固まってしまった。
「……もしもし、大丈夫ですか?」
あまりに固まり続けているので、声をかけてやると、
「……あっ、申し訳ございません」
ヨオキさんは魔の抜けた声でそう言って、直角にお辞儀しだす。
そして戸惑いながら、顔を上げると、
「いえ、そのような事……そんな、あの、私は奴隷でございますよ……そんな、奴隷の私に対て、なぜ、そのような事を、するのでしょうか……?」
「だから、やめたって言ったでしょう」
「……やめた……?」
ヨオキさんは僕の目をのぞき込むように見る。
真意を読み去ろうとしているようだった。
何度言ってもわからないのは、ずっとそうやって暮らしてきたからだろうな。
「良いですか、あなたを解放して自由にしようとおもいます」
勝手にやって構わないだろう。
奴隷なんてものを使う、この人が悪いんだ。
人を奴隷にするなんて間違っている。
かかわってしまった以上、解放してやるのが人の道ってもんだ。
「自由って……」
ヨオキさんは力なく言った。
「それは……つまり、奴隷の刻印を消す……という事で……ございますか……?」
奴隷の刻印?
知らないワードが出て来たぞ。
「奴隷の刻印、ああ、そう、そうだよ」
僕は知ったかぶりをして言った。
大体見当はつく、奴隷の印みたいなもんだろう。
「本当に解放を?解放をして、いただけるのですか?」
疑い深い口調だった。
「はい、そのつもりです」
「解放……」
ヨオキさんは立ち上がりメイド服を脱ぎ始めた。
なんでっ!?
服をきちんと素早くたたみ椅子に置いていく。
ヨオキさんは以外に着やせするタイプだった。
見とれていると、全裸のヨオキさんは僕の方に来る。
あっあわわわわわわわわわわ……。
そして後ろを向いた。
その白い背中の、右肩甲骨の場所に西夏文字みたいな、四つの赤い模様が目につく。
「刻印がっ消える時が……こんなに早くっ……来るなんてっ」
ヨオキさんが泣き始める。
これか?
これ以外ないよな?
これが奴隷の刻印?
僕は背中から踵まで探していった。
安産型のお尻がこっちを向いて、尻尾ぷらりと垂れている以外、目につくモノはない。
「これですね……これが消えたら奴隷で無くなるんですね」
僕は右肩甲骨の模様に触れて、尋ねた。
「はい……」
「消しますよ……でも、どうやってすれば?」
ヨオキさんが不審な顔をして振り向く。
「もう、していらっしゃるのでは……?」
「えっ?」
――模様がピカッと光った。
赤紫色の妖艶さも感じるほんのりと明るい美しい光は、しばらくすると、すぅーっと消えていく。
さっきまであった模様が消えた。
「ああっ」
ヨオキさんの目から涙があふれ、膝から崩れ落ちて泣き始めた。
「大丈夫ですか?」
「うっうぅぅっ、うわぁあぁぁあああん!」
大声を上げ泣き始めてしまう。
「ああ……」
僕は背中をさする。
「……私、ご主人様に、買われて、良かったです、本当に……うっうぅ」
そう言って涙でいっぱいのヨオキさんは僕に頭を下げてきた。
こんなにも人に感謝されることがないからなのか、気恥ずかしくて仕方ないな。
まぁ、しかし良かった、喜んでくれて。
「これから私達は友達よ」
僕がそう言うと、
「ああっご主人様っ」
「ご主人様とも言わなくて良いわ」
「はい、ご主人様の事、このご恩は忘れません。私、ずっと尊敬して感謝して暮らしていきますっ」
「ははは……」
僕は苦笑いした。