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ヨオキさんは2人きりになると、部屋の隅でピシッと直立してきた。
この主従関係、嫌だなぁ。
落ち着かないよ……。
はぁ、なんか……おしっこしたいな……。
「ちょっとトイレに行ってきます」
「ではお世話いたしますご主人様」
ヨオキさんがスッと立ち上がる。
「えぇっ!いや、いらないですよ!」
「い、いらないって、ちゃんと拭けるのですかっ?」
ヨオキさんが慌てふためく。
「拭けますよ!」
「そっそんなっ!?できるのですか!?」
「当たり前でしょ!」
ヨオキさんが間抜けな顔になって驚いたまま、固まった。
一体、この体の人は、どういう人だったんだ?
そこまで世話させるのが普通なのかな。
でも、いくらなんでも、中が変わったことをばれないようにと言っても、なぁ……。
1人部屋を出て、真っ暗な廊下をランプ片手に歩いて、トイレの前まで来た時、男か女、どっちに入るかで迷った。
何言ってんだ、迷うことはない。
僕は女性なんだから。
ドキドキしながら女トイレに入ろうとして、中から声が聞こえて立ち止まった。
――中に人がいる!
別に焦らなくて良いんだけれど、焦って身を隠してしまった。
……一応、心の平安のためにも去ってからの方が良い。
そう考え、引き返え――
「――誰!そこにいるのは!」
ハロさんの声が響いた。
ハロさんとゾカさんが、腰に差した剣を抜いて飛び出してくる。
切っ先が喉元に突き付けられた。
咄嗟にのけぞり、両手を上げる。
「なんだイマノリっすか……」
「こらっ、さんを付けなさいっ」
僕とわかると、2人が剣をしまった。
「何をしてらしたの?」
「いえ、トイレに行こうとしただけです。すいません、怪しい真似をしてしまって」
震える声でそう言う。
「もうちょっとで殺すところっすよ」
ゾカさんがそう言ってけらけら笑った。
ハロさんは僕を疑う目で見ている。
「そういえば……イマノリはこんな時に街の外に出て何をしてたっすか?」
「えっ?その、ちょっと気分転換です」
知らないが、適当にそう答えた。
疑われてる……?
「運がないね、こんなことに巻き込まれるなんてな」
「ホントにそうですわね……」
「皆さんはどうして、ここに隔離されているのですか?」
質問をされてはたまらないと、僕から尋ねた。
「当時ずっと、私達は基地周辺の警備で2人、監視塔に配備されていたのですわ」
「私たち2人以外は皆、基地内勤務っす」
ゾカさんが悔しそうな顔になった。
「で、交代に基地に戻った時っす……最初の死者が出て、すでにジャムが基地内に入り込んでいることが判明してて……」
とこぶしを握る。
「汚染される……ので……私は中に入れてもらえなかったっす……」
「私も交代で基地に来て、その時、中に入ろうとするゾカを見つけて必死に止めたのですわ」
「仲間がいました。最後に……仲間から、家族に伝えてくれと、遺言も聞きました……私は、早くそれを伝えなくてはならないっすのに……」
悔やんでも悔やみきれない顔をしたゾカさんを見てハロさんが、
「……すぐにジャムが駆除されますわ、もうその話はよろしいじゃない」
ゾカさんの肩に手をやり、僕に笑顔を作り、
「あっイマノリさん、食事の用意ができていますわよ」
この二人は仲が良さそうだ。
共に助かったからだろうな。
「そうだった。伝えようと部屋に向っていた所ででもよおしてたんだったっす」
ゾカさんが息を吐きながら言った。
顔つきが柔らかくなっていて、僕もほっとする。
「食事?さっきの食堂でですか?」
「はい、まだ早いですがここではこの時間ですわ。食堂で食べるか、部屋に持ってってくれます?」
「はい、わかりました」
2人は去っていった。
緊張しながらトイレを終え、赤面したまま食堂に向かっていく。
中にはテヲ・ライ伍長がいた。
厨房に立って鍋をかき混ぜている。
「サオン嬢殿、食事ができたところです」
「ああ、もらいに来たんです」
厨房だけ明かりが灯っていて、長テーブルがいくつもある食堂部分は暗かった。
いくつもあるテーブルの上の、いくつも積まれている木箱が、厨房の光に異様に照らされている。
「その箱は全部、遺骨です」
テヲ・ライ伍長が言った。
「えっ?」
「基地の仲間は、命令により燃やされて骨になってしまいました。ここぐらいしか置くところがなかったのです……」
テヲ・ライ伍長は、鍋をかき混ぜるのをやめる。
「ジャムは死肉をあさるタイプのモンスターです。毒を撒き散らして死人を食べ、新たに子を産み増える、だから遺体は全て燃やしてしまえとの本部からの命令いです……」
「……そうだったのですか……」
「ホントに偶然だった……。基地で初めてジャムによる死者が出た時が私の移動日だった……私の最初の仕事がその骨壺さ。情報統制のために、まだ市街に居るこの方たちの家族は、まだ部隊が生きていると思っている……」
テヲ・ライ伍長が俯いて、何か考え込んでしまった。
僕は何と言って良いかわからず、黙るしかなかった。
しばらくして、
「すまない、こんな話をサオン嬢にしてしまって……」
「いえ、皆さん方のご冥福をお祈りいたします」
「ありがとう」
テヲ・ライ伍長は微笑んで、
「そうだ食事の前に風呂と行きませんか?」
「えっ?」
「風呂です、お背中流ししますよ!」
「えっ、でも接触してはいけないんじゃ……」
「ははは、あなた方がジャム出ないってことぐらいわかってますよ。2人とも見知った人ですしね。ジャムの擬態は誰かに似せてなんてできません。それにジャムが2人で行動するわけありませんからね、とっくに、どちらかを食べているはずです」
「……ああ、なるほど……」
そりゃそうだ。
「しかし本部の指示で、監禁しなくてはいけないんです、ご理解ください」
「はい、わかっています……」
「私が信用できませんか?」
テヲ・ライ伍長は悲しそうに言った。
正直……そうだ……。
でも、僕はテヲ・ライ伍長と一緒にお風呂入りたい。
せっかく女性になっているんだし、有効活用したい。
裸見たい。
「……いえ、あなたがジャムなら助けには来ないはずです」
必死で、テヲ・ライ伍長が大丈夫な理由を探し出した。
僕がそう言うとテヲ・ライ伍長は微笑む。
美しい笑顔だった。
裸見れる。
風呂は、温泉らしかった。
だからここにホテルができたんだと、テヲ・ライ伍長は教えてくれた。
「――ちょうど良い、湯加減ですねぇ」
「そ、そうですねぇ」
湯が流れ溜まる大桶に浸って、テヲ・ライ伍長が気持ちよさそうに僕に言う。
テヲ・ライ伍長は、やはり引き締まった筋肉質な体をしていて、割れた腹筋とその上の谷和原そうなふくらみが不釣り合いだ。
「ん?どうしました?」
「わぁっ、すいません!」
「なぜ……謝るので?」
「なっ何でもないんです、ははは、寝そべっちゃおうかな……」
「その方が風呂は気持ち良いでからね」
2人並んで寝そべって湯につかる。
「ああっ」
風呂の大きさの都合上、僕らの体は触れ合ってしまった。
引き締まった体は想定外に柔らかかった!
「……私、ここに来て、神経の休まる日はありませんでした……」
「うへへ……へ?」
「私たち5人の中にジャムがいるんじゃないかと、ずっと神経を研ぎ澄ましてきました。表面上は信頼していると装って……」
そう言って顔を俯ける。
「テヲ・ライさん……?」
「それが皆を裏切っているようで、信頼できない自分が恥ずかしくて……」
……思いつめているようだった。
「……そんな事ありませんよ……」
こんなことしか言えない。
「……そう言っていただけると助かります」
そう笑顔でこちらを見つめるそのテヲ・ライ伍長は、お湯に入ったせいか余計に綺麗に色っぽく見える。
「ここに来て初めて人間だと確信できる人に出会えて、私は嬉しくて。つい裸の付き合いを願ってしまいました」
「私も、一緒にお風呂に入れて、本当に、嬉しいです」
本当にを強調して言ってしまった。
雑念が入ってしまった。
「さて、私はもう一風呂だなっこれは」