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さっきからずっと傾いて、木々の暗い山道を走っている。
馬車が止まったので、窓を覗くと赤く染まる森を見渡せた。
「ご主人様、到着いたしました」
メイドさんが扉越しに伝えてきた。
降りると、さっき見た丘の上にいて、レンガ造りの建物が目の前にある。
3階建ての建物の窓はすべて鉄格子が嵌められて、なんか異様だ……。
鎧を着た小柄な兵士がランプと手袋を手にして、入口から出てきた。
「サオン嬢殿、この手袋をつけてください、メイド殿も」
テヲ・ライ伍長に言われるがまま、革製の手袋をつける。
僕らは建物へと入っていく。
ランプを持った小柄な兵士が、一番後ろからついてきて、僕らが入るとすぐに扉を閉め鍵をかけた。
真っ暗になる僕の視界の横をランプの灯が通りすぎ、テヲ・ライ伍長の傍で止まった。
「説明します。2日前、第1基地がジャムに侵入されました」
テヲ・ライ伍長が薄明りの元、僕らに言う。
「そんなバカな!街ではそのような事、聞いていませんけれど!?」
その言葉に、メイドさんが声を荒げた。
「混乱が起きぬよう情報統制をしています。そして、ジャムを街に侵入させないために、街の外から中へ行く事は何があっても許しません、これは行政府からの要請です。いくらサオン家といえど例外は認められません」
力強く、テヲ・ライ伍長が言い放つ。
「待ってください。何度も言いますが、私達はモンスターが化けた姿ではありません」
「我々もそう信じておりますが、確信が持てない以上、出来かねます」
「では……どうなるんですか……」
「もう第1基地はございません、ジャムの侵略を許し、全滅してしまいました」
メイドさんが、声にならない悲鳴を上げた。
「ミラクテー前の丁字路に、兵士が誰も警護していなかったのに、気づきませんてしたか?」
あの高い壁の建物の事か……。
「我々五人だけが運よく生き残りました。ただいま本部がジャム討伐に全力で当たっております。そして我々も本部からは、ジャムではないかと疑われている身なのです」
テヲ・ライ伍長の声が辛くゆがむ。2
「2人にも、この休業中のホテルで我々と共にいてもらいます。建物の外へ出ることは許しません。今、本部の駆除部隊がジャムの駆除を全力で行っております、すぐに見つかるでしょう、それまでの間ですので――」
テヲ・ライ伍長は僕を見て、
「騙して連れて来たようですが、ご理解願います、サオン嬢殿」
と頭を下げてきた。
「はぁ……はい、わかりました」
そう答えると、メイドさんがやはりビックリした表情でこちらを見てくる。
「理解ある方で良かった」
テヲ・ライ伍長が笑顔になって僕を見た。
「ただ、テヲ・ライ伍長」
僕は尋ねる。
「私、そのジャムっていうのがどういうものなのか、よくわかりません。説明していただけないでしょうか?」
「失念しておりました、申し訳ございません、ご主人様」
メイドさんが頭を下げてきた。
「……それもそうですね。それではジャムについて、統制された情報含め、詳しく説明しましょう」
テヲ・ライ伍長は一呼吸置くと、
「ジャムは2年ほど前にマンティ国で見つかった新種のモンスターです」
ゆっくり話し始めた。
「ジャムは人の姿をしている、とても稀有なモンスターで、街に人として入り込み人を殺し食べます」
テヲ・ライ伍長がメイドさんを見る。
「問題は、その殺し方が触るだけで人を殺せるという点です。寄生虫によるもので、肌に触れるだけで痛みなく感染させる事ができるものだったのです。さらに困った事に、感染させられた人が他の人が触れると、その人も感染してしまうという点です」
ウイルスみたいなのかな。
「感染しても自覚症状はありません。何事もないように暮らし、そこらにばら撒き、個人の代謝の良さによって数時間の差はありますが、間違いなく7日後に、眠って体が休止状態間に一気に侵攻して死んでしまいます。死んだ者の眼球が真っ黒になっているのがジャムの特有の症状です」
テヲ・ライ伍長が僕を見た。
「ここからは統制された情報です。最初のジャムの姿は禿げ上がった老人の姿でした。言葉はしゃべれません、動くこともままならない、これが始祖です」
始祖……?
「そしてマンティ国から逃げてきた人々に紛れ、大陸全土の街に潜入し、各地で猛威を振るった時は負傷兵に姿を変える個体が確認されました。言葉をぎごちなくですが発音できだしたのもこの個体です、これが二番目」
進化している、という事かな?
「ジャムは日常生活の知識、常識、言葉を徐々に習得していっております。二番目のジャムが文字の勉強をしていたという目撃談があります」
「そんな……」
メイドさんは力が抜けたようになる。
僕も真似して、驚いたふりをした。
「我々は海を渡ってこない様に、シムキョ島に来る船の管理、調査を徹底しておりましたが……あの男の子の個体の情報がなかったために、上陸を許してしまいました」
テヲ・ライ伍長が深く息を吸い、吐く。
「先ほどの個体ですね、あれが三番目、流暢にはいきませんが話せる事もでき、小さいですが不自由なく動けるようになりました。ジャムは体力もだんだんとついてきて、普通の人間に近づいています……そして……第1基地が全滅した日、基地内でジャムの卵が1つ、孵っているものが発見された、との事です……」
「……それで、私や、ご主人様を疑って、おいでですのね……」
メイドさんが言った。
「はい、基地の仲間を養分に、正体不明の四番目がこのシムキョ島で生まれました。ジャムは新たに分体するための栄養を求め、必ず、この島唯一、人の居る街であるミラクテーを襲います」
沈黙が部屋中を包んだ。
「……要は、人と区別のつかないモンスターが、だんだん進化しながら人を襲っている、という事ですか?」
僕は尋ねる。
「そうです、推測ですが四本目のジャムは不自由なく動けるだけでなく、知能はまだ低いですが、話も我々と変わりなくできるぐらいに進化しているだろうと見ております」
「そんな事が……ああっ」
その時、メイドさんがふらついて倒れそうになった。
「大丈夫ですか?」
近くにあった椅子を引き、メイドさんに勧める。
メイドさんが、僕の行為にとても驚き、全身に力を入れてピシッと直立してした。
「ああ!申し訳ございませんご主人様!ついショックで!」
「……ああ、そう……」
どうもこのメイドとの関係に慣れないな、これが主従関係なのか?
「ジャムがどんな姿をしているのかわかりません、ここに居てもらうのは、それが判明するまでの間であります。事態をご理解いただけますね」
テヲ・ライ伍長が僕らに諭すように言った。
「……はい、もちろん、理解しました」
そう答えると、テヲ・ライ伍長は、
「我が部隊のメンバーを紹介しましょう」