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    えっと、あの……。人間遊びが大好きなだけですよね?(後編-中ノ伍)


 女子とはスカートを履いているとき、一定の意識と防御本能が働くとされている。


 それは例外なく、女子高生の制服にもあてはまる。

 校則を逸脱しスカートの丈を短くしているギャルともなれば、防御へ対する意識レベルは一般のおよそ10倍。注意力は非常に高く、視線にはことさら敏感だ。


 そして今。俺こと友橋渡は──。

 愚かにも、敏感度10倍スカートの真下に顔があった。


 軽井沢さんは両手を壁についた体勢で、ほんのりとお尻を突き出すようになっている。

 そして彼女の両足は俺を踏むのを避けたのか、両肩の動きを封じるように位置していた。


 つまり──。壁に手をつき足を広げお尻を突き出す乙女の真下に、俺の顔面が垂直にある。そういう状況だ。


 ……うん。終わった。

 もうそれ以外に言葉は必要なかった。


 両足に肩を挟まれて身動きが取れないのだから、できることなんて何もない。


 無理に動こうものなら軽井沢さんの意識は足下に向き、視線を落とす。そこでデッドエンドを迎える。


 肩の関節を外して内側に丸くなり、くるりと空中遊戯の末にうつ伏せになる手もあったが、俺のお腹の上には手提げ袋が乗っている。


 無意識下でも荷物持ちの責務を果たす、その姿勢が仇となった。


 とはいえ荷物を放り投げるような真似をすれば、それはそれでデッドエンドを迎えるだけ。結局、今俺が置かれている状況こそが、約束された運命ってやつだったのだと思う。


 ……だったらせめて、この限りある時間を有意義に過ごそうではないか。


 静かに終わりのときを待つ。

 たとえ最後のコンマ数秒だとしても、色褪せてもなお美しい、水玉模様を眺めながら迎えようではないか。


 それが今の俺、しいては一匹のオスたちへの手向けにもなるのだから。


 「冥土の土産には、ちょうどいいな。さんきゅー渡!」

 「ハッピーエンドは人それぞれだ。今この瞬間は紛れもなくハッピーだと思うぜ」

 「死を対価にして辿り着く、頂の景色か。悪くはないな。むしろ、いい! 最高の色褪せた景色をありがとよ!」


 まさか一匹のオスたちに慰められるとはな。


 でも、ありがとう。俺もそう思うよ。


 最後を飾るには、申し分ないフォルムだ。

 きっとこの先何年、何十年と生きていても拝めないであろう、最高の色褪せた輝きを放っているのだから──。


 そうして数秒と絶たずに時は訪れる。

 軽井沢さんのイラつきに満ちた声が耳に届く──。


「痛ぁ〜。まじ電車運転してるの誰だよ。文句言ってやろうかな」


 ひ、ひぃ……。確かに覚悟はできていたはずなのに、いざ軽井沢さんの怒り声を前にすると恐怖が勝ってしまう……。

 

「……って、突っ伏寝くん⁈ 嘘でしょ……? また転んじゃってるじゃん! 大丈夫?」


 言いながら壁についた両手をバンっと押し返し、その勢いのままけんけんぱっと俺の真横に着地すると、手を差し出してきた。


 あ、あれ……?


 “は? お前どこに潜り込んでんの? そこが地獄三丁目だって理解してる? 今すぐ水玉模様にしてやろうか?”


 てっきり第一声はこんな感じだと思っていた。


 それなのに俺を、心配……しているのか?


 ……………………。


 いや、とにかく応答せねば!


「う、うん。大丈夫!」


 恐れ多くも差し出された手を取る。


「ならよーし。けど、本当になにやってんだし。転び癖があるとか普通に面白いんだけどさ、危なっかしくて見てられないから。頭とか打ってないよね?」


 お、おかしい。頭なら敏感度10倍スカートの真下にあった。その素晴らしき色褪せた水玉模様の真下にあったんだ。


 まさか、気づいてない……?

 

 ……ありえないだろ。だって見せパンじゃなかったんだぞ?!

 本物だったんだぞ?! それこそ盛大に色褪せた乙女の秘密とも言える水玉模様のパステルカラーだぞ?!


 ……あぁ、そうか。

 ここはもう既に冥界か。冥府の門は開かれいつの間にか迷い込んでいたのか。

 

 だから軽井沢さんが優しい感じ、とな。


 なるほど。納得。……そっか。終わっていたんだ。


「どした? ぼーっとして。やっぱりどっか打っちゃった? 辛いなら無理しなくてもいいんだよ?」


 まるでたんこぶを探すように後頭部らへんを触ってきた。

 さすが冥界の軽井沢さん。とってもお優しい!


 あはは。なにこれ。まるで頭を撫でられてるみたいで気持ちいい。天国かな? うん、天国だな!


「いや、なんか言えし! ていうかはっきりしてくんない? なんなの?」


 ひ、ひぃ……! 違った!

 この恐ろしさは紛れもなく現実の軽井沢さんだ!


 ……………………。


 でもだとしたら、どうして……。

 敏感度10倍スカートの警戒態勢は完璧なはずだ。

 

 まさか……。軽井沢さんの十八番。人間遊びをしているとでも?


 いや。それこそありえない。軽井沢さん自らがプレイヤーに踊り出て、あまつさえおパンティをひけらかして反応を楽しむなんて絶対にない。


 俺は知っている。

 軽井沢さんは見た目に反して純情だってことを。

 彼氏との別れで病んでしまい、傷心ストレートヘアに身を落とすほどにナイーブな人間なんだ──。


 ってことは、本当にバレていないのか?

 そんな安直な期待を抱いてしまっていいのか?


 色褪せた水玉模様を存分に嗜んで、音沙汰なしだとでもいうのか!

 敏感度10倍スカートだぞ……! そんな奇跡、この世界に起こってしまっていいのか! 秩序はどうなっているんだ!


 わからない。けれど……!


 だったら俺の返事は決まっている!


「ご、ごめん! ぜんぜんなんとも! 急な揺れで少し驚いちゃっただけだから!」


 何事もなかったかのように振る舞う!

 命はたったひとつしかない。何に変えても守らなければならないオンリーワン!


 だから可能性があるのなら、縋る!


 俺はまた、ケンジと泥団子を作るんだ!

 

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