14話 ミステリーかサスペンスか。それはおパンツのみぞ知る──。
こうなってしまうと、そもそも“俺は今日、パンツを履いていたのか?”と、疑念を抱く。
履き忘れて一日を過ごしてしまったのであれば、今この場にパンツは無くて当たり前だ。
でもそんなおっちょこちょいなミスをするか? そもそも履き忘れて気づかないものなのか?
試しにノーパンでパジャマのズボンを履いてみる。
「うん。とってもスゥースゥーする……」
しかしこの感覚はノーパンだと意識した結果のものかもしれない。今この場で参考にするのはあまりにも危険なスゥースゥーだ。
うっかり履き忘れ経験ありの人口は、俺が思うよりもずっと多いはず。この手の話はTVとか漫画で見たことあるし。
と、なれば。少し気が引けるが所持しているパンツの枚数を確認するほかに、もはや手段はあるまい。
一日の役目を終えたパンツは匂いが漏れないように密封してコインランドリーの日まで待機させてある。それを開けて数えるともなれば、なかなかに心的ダメージはでかい。
しかし、背に腹は代えらない。
俺が持っているパンツはキッチリ30枚。
香澄から『脱衣所パンツ禁止の令』を受けた時に新調したからな。あの日のことはよく覚えている。
つまり、数えてキッチリ30枚あれば、本日履き忘れの証明になる!
ミステリーでもなんでもない。単なるおっちょこちょいなノーパン野郎ってことだ!
そうして──。
第三のミステリーに直面してしまう。
「……3枚足りない」
何度数えても27枚しかない現実を前に、頭の中が真っ白になる。
なにがいったいどうなっているのか、目の前の現実になにひとつ理解が追いつかない。
しかし3枚足りないのはまごうことなき事実。
出先でパンツを脱ぎ捨てたことはただの一度もない。と、なれば……。
この家のどこかに3枚のパンツが眠っている? ……いったいどこに?
考えると悍ましくなった。
俺はこんな危険な状況で呑気に暮らしていたのかよ……。
やばい。なにか手を打たないと。
このまま放置していい案件じゃない。
万が一にも偶然、香澄がこの家のどこかからパンツを見つけてしまったら……。
昨晩「次はないからね」と念を押されたばかりじゃないか……。タイミングとしては最悪を極めている。
これがまだ洗濯済みの綺麗なパンツなら良かった。
足らない3枚はすべて、未洗濯の役目を終えたコインランドリー待ちのパンツ。つまりは使用済みのパンツなんだよ!
本当にやばい。これはただごとではないぞ……。いや、ただごとでは済まされない!
いつなんどき、香澄がパンツを握りしめながら「お兄ちゃん、これはなに?」と、俺の部屋に入ってきてもおかしくない状況だ……。
香澄は匂いを嗅いでおパンツのバイタルをチェックするからな。手に渡ったら最後だ。言い逃れはできない!
どこだ。どこにあるんだ、俺のパンツ……。
だから! それがわかれば苦労はしないだろって!
……落ち着けよ、俺。こういうときこそ冷静に対処するんだ。
よもや打つ手はない。
ならば、先手必勝“ごめんなさい”発動させるしかないだろ!
パンツが無くなってしまった旨を予め伝えればいいんだ! 真摯な姿勢を見せてもなお、咎めてくる妹ではあるまい!
ってことで、香澄の部屋をノック。
もう寝ると言っていたけど、ここは起こしてでも伝えなければならない。
ごめんよ、香澄。
──トントン。
「香澄~! ちょっといいか~?」
……………………。
反応がない。やはり寝ているというのか。
しかしここで諦めるわけにはいかない。
「大事な話があるんだ。開けてもいいか? もう開けちゃうからな?」
勝手に入ったら怒るだろうが『脱衣所パンツ禁止の令』を破るよりは幾分ましだ。
と、ドアノブに手を掛けた瞬間、香澄の声が響く──。
「待って!! 今開けたら怒るから!! 絶対開けないで!!」
び、びっくりしたぁ。
なんだよ。起きてるならすぐに返事しろよ!
でもこの焦りようは着替え中とかかな。なかなかに悪いタイミングで来てしまったな。
とはいえ、ここでおいそれと引き返すわけにはいかない。『脱衣所パンツ禁止の令』は絶対なんだ!
「お、おう。わかった。じゃあこのままドアの前で話してもいいか?」
「……うん。いいよ」
あれ。やけに素直だな。
この場合「うるさい。あっちいけ」くらい言ってきそうなものだけど……。まぁ、話を聞いてくれるって言っているのだから、いいか。
「あ、あのな。非常に言い辛いんだが、俺のパンツがなくなっちゃったんだよ。それでな──」
「そんなの知らない!! わ、わたし知らないから!!」
俺の言葉を遮るように香澄は声を荒げた。
な、なんだってんだ。まぁいい続けるか。
「お、おう。でな、今回はノーカンってことにしてくれないか。どんなに探しても見つからないんだ。ひょっこり出てきても許してほしいんだよ。一生のお願いだ。この通り。先に謝るから。ごめん。ごめんな、香澄」
「……いいよ。今回だけ特別に許してあげる」
あれれ。やっぱり妙だな。あまりにも優し過ぎる。
普段なら「だめ。見つかるまで探せ」って言ってきそうなものだけど。一発で許してくれちゃったよ。
深夜の遅い時間だから寝ぼけてるのかな。
ならここは念を押しておくか。言った言わないの水掛け論になったら、俺が負けるのは目に見えている。
「ほ、ほんとうか? ほんとうにいいんだな? 言質は取ったからな?」
「いいよ。もうわかったから」
おいおい香澄……どうしちゃったんだよ。
ここは念には念をだ。最後にもう一度だけ言っておくか。
「ほんとうの、ほんとうにだな? いいんだな? あとから聞いてないとか言うのは無しだからな? 現在時刻を持って、言質を取ったものとするぞ?」
「あのさ、いいって言ってんじゃん! なんなの? しつこいんだけど? もう眠いんだからドアの前に居られると迷惑なの! お願いだから早く消えて?」
ホッ。その辛辣な声を聞いて安心する。
──良かった! いつも通りの香澄だ!
やっぱ香澄はこうでなくっちゃ!
「おう! じゃあおやすみな!」
一時はどうなることかと思ったけど、パンツの悩みが解消された俺はぐっすり眠りに就いた。
夢の中でもいいから、ケンジに会いたいな。なんて思いながら──。
☆ ☆ ☆
──翌朝。
リビングに降りた俺は予想外の展開に絶句する。
「渡ちゃんおはよ♡」
本日も可愛らしいフリルのついた新妻エプロン姿。これが母さんだというのだから、朝から間がもたない。……とはいえ今日は、昨晩帰りが遅くなったことを謝らなければならない。
ドキドキディスタンスの適切な距離は2メートル。でも今日ばかりは気にしてはいられない!
意を決して、台所に立つ母さんの前まで行く。
「お、おはようございます。……えっと、その、昨日は帰りが遅くなってすみませんでした……!」
「いいのよ。年頃の男の子だもんね♡ お友達と遊ぶのはとってもいいことだと思うわ。……でも帰りが遅いのは感心しないわね。あまり言いたくはないんだけど……ごめんなさい」
母さんの困り顔を見て、やってしまったと思った。
……そうだよな。俺が友達と遊ぶなんて、母さんに言ったのは初めてかもしれない。
友達はケンジしか居ないし、母さんと香澄と暮らすようになった時には既に、ケンジはどこかに消えていた。
本来なら親として帰りが遅いと叱りたいであろう場面なのに。……ごめん、母さん。
なんて言葉を返そうか悩んでいると、母さんは続けて話しだした。
「それから、教習所に通うのに親の承諾書が必要なのよね? もうっ。遠慮しないで言ってくれればいいのに。親子なんだから気遣いは無用よ?♡」
「は、は、はい……!?」
お、おのれ親父!
裏切りやがったな……!




