前略、道の上より-6
しのぶは驚いて何も言えなかった。未来は大げさに話を進めた。
「イチロー君がね、何だかよくわからないけど、やたらめったら、しのぶちゃんに突っかかるのよ。因縁つけたり、悪口言ったり。ね、しのぶちゃん」
「あ、そ、そんなこと、ないけど」
「なに言ってるのよ。さっきまで、あんなに怒ってたのに」
「あ、でも、そんなに、ひどくないから」
「言っちゃえ言っちゃえ。あんなやつ、直樹さんにしばかれたらいいのよ」
「いいぜ、しばいてやるよ」
直樹は、これまた大げさなポーズで胸を叩くまねをした。
「あ、でも…、本当にいいんです。あ…、たいしたことないから」
「なによ、さっきまでと、全然違うじゃない。あたしが代わりに言って上げようか。あのねー」
そうして未来はしのぶが止めるのも聞かず告げ口した。直樹は、頷きながら聞いていたが、未来のひと言で顔色が変わった。
「おい、本当に、あいつそんなこと言ったのか?」
強い語調にしのぶは気押されて、直樹の顔を見入ったまま、頷いてしまった。
「あのヤロウ」
低く、怒りを押し殺したような声で直樹は呟いた。
「よし、わかった。そんなやつは、俺が許さん。俺がしばいてやる」
止めようとするしのぶとは裏腹に未来は喜んでいた。
直樹が去っていくのを見送りながら、しのぶはとんでもないことになったと思った。振り返って未来の顔を見ると、未来は全く悪びる様子もなく、屈託のない表情でしのぶを見ていた。
「どうしたの?」
その言葉にしのぶは呆気に取られて一瞬何も言えなかった。
「これで、イチローに天誅が下るわ」
「そ、そんな」
「いいじゃない。お調子もんのイチローにはいい薬よ」
「そんなことしてほしいなんて、あたし思ってない」
「まぁ、いいじゃない。面白いことになったわ」
悪戯っ子のように微笑む未来に戸惑いながら、しのぶは直樹の去った方向を見やっていた。