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前略、道の上より-1


前略、道の上より


 某月某日――快晴。


 打球音が響き渡り、野次が飛び交う。それは、いつものボーイソプラノの混じった声とは異なり、完全なソプラノの声だった。グラウンドには髪の長い球児たちが打球を追って駆け回る。

 それを自主トレに出掛けようとしたイチローは足を止めて眺めていた。

 白球が飛び、土煙が舞う。球児はボールに飛びつき、また土煙が舞う。檄が飛び、嬌声が上がる。

―――ナイスプレー!

 その声も高く、イチローの耳に障った。

「けっ、なんだよ、あいつら」

 イチローはそう呟くも、足を動かすわけでもなく、目の前で練習している少女たちを見つめていた。

 グラウンドの中では、愛球会の女子部員だけが、練習をしていた。髪を束ねた少女、眼鏡を掛けた少女、小柄な少女、か細い少女、エトセトラ。小柄な少女たちに使われているグラウンドは、野球部の猛者が使っているときより大きく広く見える。しかし、少女たちは、そのだだっ広いグラウンドを縦横無尽に駆け回り、コマネズミよりもはしっこく活発に見える。嬌声は明るく飛び交い、色めき立っているようにすら聞こえる。

 イチローは、次第に悔しくなってきた。

「生意気なヤツラ……」

 こぼれたボールが転々とファールグラウンドを転がってきて、イチローの立っている前のネットに当たった。それを追ってきたしのぶは、イチローを見つけると、ボールも拾わずイチローを見つめた。イチローは少し舌打ちをするような仕草をした。それがしのぶの癇に触った。

「なによ、あんた、こんなとこで何してるの?」

「なんにもしてねえよ」

「うそ。あ、もしかして、偵察?」

イチローは今度は本当に舌打ちした。

「バァカ、どうして、そんなことしなきゃならねえんだよ」

その言い方に、しのぶは一層むっときた。

「なによ。だって、あんたたち、負けたじゃないの、こないだの試合」

「なんだとぉ」

「なによ」

「別に、オマエに負けたわけじゃないぞ。あれは、朝夢見と未来とサンディにやられたんだ」

「でも、負けたじゃない」

「オマエなんか、なんにも活躍してねえじゃないか」

「なによ、あんただって、三振ばっかじゃない」

「うるせえ。オマエに偉そうに言われる筋合いはねえよ!」

「あんたに、オマエなんて呼ばれる筋合いだってないわよ!」

「なんだぁ!?」

「なによ」

「うるせえ、このー、乞食ヤロウ!」

 しのぶは言葉に詰まった。その顔は泣き出しそうな、そんな雰囲気だった。イチローは、まずい、と言ってしまった瞬間に後悔したが、もう遅かった。しのぶの目は潤んでいた。イチローが見ている前で、しのぶはイチローから目を逸らしボールを拾うと、もうイチローの方を振り向くことなく練習に戻った。

 イチローは後口の悪い思いをしながら、その場を去って、自主トレに向かった。


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