蛇と女神と輪廻転生
私は蛇である。
名前なんてものはなく、悠々自適に自然と共に生きている。
この広い地球上に存在する数ある生命体の、一個体に過ぎない存在だ。
そんな私にも、自我はあるものだ。
私は、蛇であると同時に化物でもあった。
通常の蛇は、9年程度、長くて20年程度の寿命がある。
どういうわけか私には、ソレがない。
そういった事情もあり、すでに私が生まれてから一千年の時が経っている。
否、厳密には生まれてからではなく、私の経験した年数が一千年である。
そう、私は蛇として転生を繰り返している。
三十九回もの転生を繰り返してきた。
私は、いつしか人語を理解するようになっていた。
ある日、森に人間が迷い込んできた。
気まぐれにその人間に出口を示してやったら感謝された。
それ以降、私は人間に「シロヘビ様」と呼ばれている。
今日もまた、人間が私の加護を求めて供物を捧げにやってきた。
この人間は、私に供物を届ける役割を持っているが、彼はいつも三十分ほど滞在してから帰る。
彼は今日の出来事や不安な事など、様々な話を聞かせてくれた。
森の外に出る事のない私にとってそれらの物語は数少ない娯楽であった。
◆
彼と、彼らの村を守る日々が三年ほど続いたある日の事だった。
その年は普段より寒く、不作であった。
だからだろう、普段なら食うには困らず森の生物には触れなかったこの村の者も、やむを得ずといった様子で森の動物を狩りはじめた。
正直不愉快ではあったが、事情も分かる以上見捨てることもできない。
故に私は自分のテリトリーでの狩猟を黙認していた。
しかし、不作の影響を受けたのはこの村だけではなかった。
「食料を寄越せ!抵抗する奴は、こうだ」
男は耳を持って捕まえていた兎の首をその場で刎ねた。
「この村だって食べ物はもうないんだ!帰ってくれ!」
村の青年が一人、そう叫んだ。
彼は供物を持ってきて、いろんな話を聞かせてくれる青年だ。
「抵抗するなと言っただろうが!」
ゴロツキの男は持っていた手斧を青年めがけて投げつけた。
青年は驚きながらも回避を試み、肩を強打する結果に終わった。
苦悶に歪む彼の顔を見た瞬間に、私の中で何かが弾けた。
『サワルナ』
青年を傷つけられただろうか、私は憎悪に従い男を食い殺した。
気がつけば村の人々が私を見ている。
しかし、その目は普段のものとはひどく違っていて。
「人を、食べた?」
私は、ひどく怯えられていた。
それもしかたのない事だと、理解できる。私が食い殺したのは、腐っても人間だったのだ。
仲のよかった青年でさえ、怯えた目で私を見ている。
『ワタシ、アナタタチヲキズツケナイ。アンシンシテホシイ』
そう声をかけるも反応はかえってこない。
誰も彼もがワタシを警戒しているのだ。
私はいたたまれなくなりながらも、自分の巣へ戻った。
◆
その数日後、複数の村人が武装して私の元へやってくる。
いつもの青年も後ろにいた。なぜ、いつものように一人ではないのだろうか。
私は手を出さないと約束したのに、警戒されているのか。
「シロヘビ様、ごめんなさい。僕では止められませんでした」
なぜ謝るのだろう?彼は何もしていない。
ズブ。
そんな感触を、腹に感じた。同時に強烈な違和感と痛みが、身体を強引に駆け巡る。
みると、武装した村人の一人が私の腹に剣をつきたてていた。
ザシュ、ザシュ。
刺された事を皮切りに、次々と私の身体に剣が突き立てられる。
すでに八本もの剣が、私を貫いていた。
この出血量は……もう、死ぬだろう。
「ごめんなさい、シロヘビ様。本当に、ごめんなさい」
彼は涙を流しながら、謝罪を繰り返していた。
私は、力を振り絞って彼に声をかける。
『キミハワルクナイ』
チカラが急に抜けてくる、この感覚。死ぬ寸前だ。
私はこの瞬間に閃いた事を、彼に提案した。
『ワタシガシンダラ、キミガコノミヲタベテクレ』
彼に取り込んでもらう。そうすれば、きっと彼のチカラになれる。
長い間、人の争いを見てきた。
そんな私が何も残さずに死ぬのなら、彼の中で生き続けたい。
彼は泣きながらも、最後には頷いてくれた。
それを見て安心したからか、私の意識はついに途切れた。
◆
次に目を覚ましたのは、知らない場所だった。
身体を起こしてあたりを見渡すも、見えるのはひとえに真っ白な世界だ。
「お目覚めかな?」
突如後ろから声をかけられる。
振り向くとそこには、民族的な衣装を身にまとった少女がたっていた。
「初めまして。私は時空神カルナ。この度はおめでとうございました」
「どういうこと?」
声を出して、さらに驚いた。今までの私の声とは違う、透き通る声。
そして今更になって気づく。
今まで存在しなかった感覚が存在している。
「これ……人間の体?」
私は人間の身体になっていた。
四十回目の転生にして、とうとう人間になったか。
「あー、身体はヒトだけど、あなたは人じゃないよ」
疑問が顔に出ていたんだろう。
カルナと名乗った少女は人差し指を立てて説明する。
「あなたは、長い人生……蛇生?を過ごす中で良い事をたくさんしました。結果、あなたは神格化を果たして神になりましたとさ。めでたしめでたし」
「勝手に終わらせないでよ。つまり、私は女神になったのね?」
今までも守護神的な立場にいたのだから、なんとなく環境はつかめてきた。
「そうゆう事。あなたは深い武術の知識から武神『ネルフィス』の名を与えられたよ。よろしくね、ネルフィス」
そう言ってカルナは手を差し出してくる。
あのあと、彼はどうなったのだろうか。私の身体は美味しかったのだろうか?
彼が無事に生きて、天命まで生きる事を願うだけだ。
私は挨拶を兼ねて、手を差し出す。
「よろしく、カルナ」
◆
僕達は、シロヘビ様を討伐した。
最後まで反対したが、このまま反対すると自分が殺される。
人間はどうしても、自分が最優先になってしまう生き物だと痛感した。
「シロヘビ様の亡骸は……僕にください」
「マジに食うのか?俺は例え空腹でもヘビだけは食いたくないからな、勝手にしろ」
彼はそう言い残してそそくさと村へと戻っていった。
シロヘビ様の亡骸に剣を当て、僕は泣きながら解体した。
うろこやキバといったどうしても食べられない場所を除き、全ての部位を食べた。
その身は甘く、血を飲むと体がかなり熱くなった。
同時に強烈な眠気を感じ、僕はそのまま眠った。
翌朝、森の中で目が覚めた僕は、いつものように軽く素振りを行ってから村に戻る事にした。そしてすぐ、体の変化に気づく。
「なんか、動かしやすいな」
身体をどう動かしたら、どう動くかが、まるで手に取るように分かるのだ。
鳥なんかを見た時は、筋肉がどう連動して羽ばたいているのかがハッキリと分かった。
これらはきっと、シロヘビ様のお力だろう。
「シロヘビ様。僕……いや、俺……俺、頑張るよ」
俺は腕を上げ天に誓いを立ててから村へと戻った。
◆
村に戻ってすぐに俺は、武術の講座を開く事にした。
その名前は「四十崎流」とした。
その名は、彼女が……シロヘビ様が転生を三十九回重ねて得た知識や経験の全てを、四十回目の死で俺に恵んでくれたから。四十回も山を越えた、彼女を称えてその技を伝えていきたいから。
俺はそう心に決めて、武術に打ち込む人生を送る事にした。
全ては、「守りたい物を守れるように」なるために。