第1話 それって「追放」ってことだよね?
「代々続くこのカミーラ家の歴史において、お前ほどの出来損ないは見たことがない。」
怒りを宿した冷たい声が、ノイルの心を突き刺す。ノイルは頭を垂れたまま、じっと父の話を聞いていた。
「何も、『特待生で合格しろ』と言った訳では無いのだ。ただ合格する、それだけの事がなぜ出来ない。」
-そんなことを言われても。
ノイルは先日、最高峰の学校である「レヴィアース勇者学院」を受験した。
今日その結果が屋敷に届き、審査結果を伝える紙を見るやいなやノイルの父親は激怒したのだ。
「もしも、あとわずかで手が届かなかったというのであれば、来年のチャンスを活かせば良いことだ。」
レヴィアース勇者学院は15~18歳までの子供が受験できる。
その期間であれば、何度不合格になろうが再受験できるのだ。
「だが、これは看過出来ん。」
そう言って、父親はノイルの顔に紙を突きつけた。
「魔力属性が1つもない無能な上に、そもそも魔力自体が0。これでは、何度受験しようが受かるわけがあるまい。」
「でも、父上…」
震える声で、ノイルは何とか言葉を口に出す。
「魔法筆記では満点を取りました。」
「確かに、魔法筆記での満点は学校始まって以来の快挙だと記されているな。」
父親の声が少し緩んだ。
「ここだ」と思ったノイルは、さらに畳み掛ける。
「それに、剣術も…」
「だが、」
-剣術も訓練して高い点数を獲得したんです。
そう言おうとしたノイルの声は、再び冷たくなった父親の声に遮られた。
「その満点を取った魔法のうち、どれか1つでもお前に使えるのか?」
「それは…」
いくら高度な魔法術式を覚えようと、それに見合った魔力を持たなければ使うことは出来ない。
ましてや、ノイルは魔力0なのだ。
「使えないのだろう?魔力0の無能なのだから。」
「魔力0」、「無能」を強調するように、父親が言った。
本来、人間は誰しも「火、水、地、光、闇」のどれか1つ、もしくは複数の属性を持つ。
さらにごく稀に、全ての属性を持つ「全能」と呼ばれる者もいる。
そして…「全ての属性を持つ者」がいるなら、「全ての属性を持たない者」もいる。
その人々は、「無能」と呼ばれ蔑まれていた。
「長く続くこのカミーラ家の歴史の中で、無能など初めてのこと。末代まで残る恥だ。」
ノイルはぐっと唇を噛みしめる。
父親の怒りも分からないではない。由緒正しい貴族であるカミーラ家から、勇者学院の不合格者を出すことも初めてであり、無能を出すのも初めてだ。
ただ、その責任がノイルにあるのかといえばそうではない。
事実、ノイルが努力したからこその魔法筆記満点という成績であり、苦手な剣術でも高得点を出したのだ。
本当に…才能に恵まれなかったとしか言いようがない。
「ノイルよ。魔力を1から1000にすることは可能だ。お前がこれまで、魔法筆記の勉強に使ってきた時間をもってすれば、達成できるだろう。だが、0から1にすることは不可能だ。どれだけ時間を掛けようとな。」
-それは、俺が1番よく分かってる。
これまで勉強してきたからこそ、分かってしまう。
認めたくないが、認めなければならない事実。
それを、父親は冷酷にノイルに突きつけた。
「分かるかノイル。所詮、出来損ないはどれだけ努力しようが出来損ないなのだ。つまり、出来損ないがする努力に意味は無い。」
自分のこれまでの努力を全否定する発言に、じっと黙って聞いていたノイルの肩が震え出す。
怒りや悔しさを前面に出した顔で、父親を睨みつけた。
そんなノイルの視線など意に介さず、父親は重ねて言い放った。
「魔力0で無能の出来損ないなど、カミーラ家は必要としない。むしろ、そんな奴がいると知られれば家の名に傷がつく。はっきり言って迷惑だ。」
ここまで来れば、ノイルに言い渡される言葉はもう決まっている。
ノイルは、せめてもの抵抗をと、父親をより強く睨みつけた。
しかしその視線は、やはり父親に届くことはない。
ノイルへの最終宣告が言い渡された。
「本日をもって、お前をカミーラ家から追放する。今すぐ家を出て行け。カミーラの名を捨て、ただの平民として生きろ。分かったな。」
「分かり…ました…っ。」
ノイルは必死に言葉を絞り出した。
予想していたとはいえ、やはり実際に言われると堪える。
この時点から、ノイルは「ノイル・カミーラ」ではない。
ただの15歳の少年、ノイルだ。
無能で無力な男の子。外で生きていくには、あまりに弱すぎる。
それでも、ノイルは出て行かねばならなかった。
最後に一矢報いようと、ノイルは出来る限りの眼力で父親を睨みつける。
その瞬間、ノイルの体は床に叩きつけられた。
父親が地属性の重力魔法を発動したのだ。
身動きが取れないノイルのそばに寄って来た父親は、その頭を踏みつけた。
「無能な平民が、なぜカミーラ家の当主を睨みつける。お前は何か、勘違いをしているのではないか?」
ノイルの目から、これまで抑えてきた涙がこぼれ落ちた。
-くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそがっ!
何も悪いことはしていないのに…っ!
これまで努力してきたのに…っ!
ただ、能力に恵まれなかっただけなのに…っ!
「能力の有無が、この世界の全てだ。」
ノイルの心を見透かしたように言うと、父親はノイルを思い切り蹴り飛ばした。
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数日分の服や訓練に使っていた剣、1番大切にしている魔導書など必要最低限の荷物を持ち、ノイルは屋敷の玄関に立った。
これからどうすれば良いかなど、分かっていない。
今はとにかく、ただ急かされるようにこの屋敷を出るしかないのだ。
見送る者もいない。
「くそが…」
ぼそっと呟くと、ノイルは屋敷の扉を開けた。
容赦のない日差しに、一瞬視界が眩む。
ふらつく足元を立て直すと、外への一歩を踏み出した。
「お兄様!」
扉を閉めようとした時、屋敷の中から1人の少女が走って来た。
ノイルの妹、フィアだ。
ノイルを「お兄様」と呼んで慕うかわいい妹で、兄妹仲良く今日までやってきた。
-それも今日までだな。
「待ってお兄様!行かないでっ!」
「俺はもう、君のお兄様じゃない。」
そう言うとノイルは、尚も引き留めようとするフィアの声を塞ぐように扉を閉じた。
しかしこの時、貴族の扉を閉じたノイルは同時に別の扉を開いていた。
そのことをノイルが知るのは、もう少し先のことである。
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