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強欲の結末  作者:
2/2

後編

「まあ、ベルハルト様」

「ベルお兄様ったら。いつものことですけれど、すぐ隣にいるわたくしのことも目に入らないだなんて、相変わらずエヴァしか眼中にないのですね。親友としては喜ばしい限りですけれど、妹としては文句の二つ三つも言わせていただきたいところでしてよ」

「既に文句を口に出しているじゃないか。ようやく初恋の相手との結婚が決まったばかりの兄の喜びくらいは、微笑ましく見守ってくれてもいいだろう?」


 双子の妹(アレクサンドラ)と気安い言葉の応酬をした第二王子ベルハルトは、実に優雅にロドルフの元婚約者(エヴァンジェリカ)の手を取り、甘く熱いまなざしで彼女を見ながら、その甲へそっと唇を落とした。

 ……ぽっ、と。滅多に顔色を変えないエヴァの頬が、恥じらいと恋情に淡く色づく様子に、ロドルフはただ目を見張るしかない。


「そうですわね。お兄様ったらもう十年もの間、初恋を拗らせていたのですもの。お父様もお母様も、なまじ子供たちを愛してくださっている分、『エヴァンジェリカ嬢本人には何の文句もなく、むしろベルハルトには勿体無いほどの令嬢だが、如何に格が高くとも近年はさしたる功績もない伯爵家に、れっきとした第二王子を婿入りさせるのはやはり……』と、ずっと難色を示していらしたのに。エヴァがバーヘイゲン侯爵の養女になる話が持ち上がってからの、お二人とベルお兄様の実に分かりやすいことと言ったら、叶うことなら是非エヴァにも見せたかったわ」

「まあ。陛下や王妃様にまでそのように気に掛けていただいていたなんて、恐縮の極みですわ」

「それくらい、エヴァが皆に評価されているということだよ。一年後の婚儀には、何が何でも予定を空けて、兄上と義姉上ともども喜んで参列してくださるそうだ」

「あら、王家が揃い踏みの式になりそうですわね。バーヘイゲン侯も夫人も張り切って準備に取りかかるそうですし、楽しみだこと。……わたくしも準備に協力したいと、夫人に頼むのはやはりまずいかしら? 親友としては、せめてエヴァのドレスにだけは意見を言いたいのだけど」

「却下。エヴァのドレスを選ぶ権利は、第一に婚約者である私にあるに決まっているだろう」

「あらあら、殿方というものはとかく、ご自分の目を過信しがちですのよ、お兄様? 親友のわたくし以上に、エヴァの魅力を最大限引き出すドレスを選べる者は、この国には存在しないと断言いたしますわ」

「あの、ベルハルト様、アレクサ様……」


 優しくも揺るぎない強さで婚約者の肩を抱いたベルハルトが主張すれば、アレクサンドラも負けずに胸を張って不敵な笑みを見せつける。

 エヴァが困り果てていると、勃発しそうになった兄妹喧嘩は、兄王子の言葉で実に素早く鎮火された。


「親友思いも結構だが、まずアレクサは、父上と母上がいそいそと婚約者選びに乗り出していることに危機感を覚えるべきじゃないか? 双子の兄(わたし)の婚約が無事に決まったから、ここぞとばかりに双子の妹(おまえ)が次のターゲットにされているんだが」

「はいっ!? 聞いてませんわよそんなこと!」

「それはまあ、私も兄上から忠告されたばかりだからな。少し様子を見に行ったら、母上のお部屋が山ほどの釣書で埋め尽くされていたぞ」

「なっ……! お、お兄様……!」


 いつもの強気な態度と性格はどこへやら、すがるような目で訴えてくるアレクサンドラに、何だかんだと妹に甘い兄は、苦笑しながらも願いに応じることにする。


「分かったよ。とりあえずの延命策を講じればいいんだな? 私とエヴァの式が終わるまでなら何とかなるだろうから、可能な限り早く本命を口説き落としに行った方がいいんじゃないか。個人的には、彼がそう簡単に陥落するとも思えないが」


 何せ相手はこの学園の教師なのである。とは言え、だからこそアレクサンドラが卒業する来春以降には、兄としては少々複雑な気分になる事態が起きる気がしてならないのだが。

 ベルハルトのそんな気持ちも知らず、妹はむっと機嫌を損ねてしまう。


「わたくしが既に承知していることを、わざわざ仰らないでくださいませ! 今はそれよりもまず、お父様やお母様のご様子を窺わなくては! お兄様もお急ぎくださいな!」

「はいはい。エヴァも一緒に来てくれるかい? 君がいれば両親の、特に母上の機嫌も良くなるはずだから」

「ええ、喜んで」


 そのくらいの頼みなら断る理由は何もない。愛しい男性からであれば尚更だ。

 ベルハルトと微笑み合い、足早に去った親友を追う形で、彼にエスコートされながらサロンを出ようとしたところ、空気を読まない声がかかった。


「──エヴァ」


 よりにもよって現婚約者(ベルハルト)の前で愛称で呼ばれ、エヴァはこの上なく嫌そうに振り返り、ロドルフを睨み付けた。

 そんな反応に堪えた様子もなく、呆然たる表情の元婚約者は、ただただすがりつくような目で彼女を見ている。


「なあ、エヴァ。俺は、これからどうしたらいいんだ? 愛しいヴェロニカと結婚して、騎士として正しく勤め上げながら、次期伯爵家当主の夫として、一途に妻を大事にして暮らしていけばいいと思っていたのに……」

「まず、わたくしの正式な名はエヴァンジェリカですわ。貴方の未来については、仰ったその通りになさればよろしいとしか申し上げられません。クレメント家の将来は貴方とヴェロニカ()のお二人が担うことであり、わたくしが関与できることではなく、関与するつもりもありませんので」

「だが! 手紙には、彼女は俺にはもううんざりだと……! それに、君に代わってバーヘイゲン家の養女になりたいだなんて……そんなことは不可能に決まっているのに、何故ヴェロニカはそんな考えを抱いているのかがさっぱり分からない!」


 頭を抱える勢いの騎士に、しかし疑問に答えてくれる親切な者はこの場にはいない。

 ……ふう、と多分に呆れの混じった息をついて、ベルハルトが半眼で言う。


「……前から思っていたが、サー・ロドルフ。君はエヴァに甘えすぎだね。婚約者だった頃は彼女におんぶにだっこで、何の努力もなく『未来の伯爵家当主の夫』という立場を手に入れようとしていた。まあ、それも一つの夫婦の在り方ではあるけれど、()()()()()には不評のようだね。

 君としてはこの場で、エヴァに()()の思惑を説明してほしいのだろうが、エヴァだって正確なところが分かるわけじゃない。こんなところで無駄に悩んでいるより、クレメント家へ行って直接、婚約者に問いただせば済む話だろう?──それともまさか、君は元婚約者(エヴァ)に、現婚約者(元妹)との壊れかけている仲を修復するのを手伝ってほしいとでも? もしもそうなら、流石はぬけぬけと姉から妹に乗り換えた男だけのことはあるね。とても分厚い面の皮をしているようだ」


 痛いところを的確に突かれ、しばし絶句したロドルフだが、彼にとっては、エヴァに助力を乞うことは疑いなく正当な手段でしかない。


「──っ! で、ですが! これは彼女の──エヴァンジェリカ嬢の実家から、後継者がいなくなりかねないという深刻な事態です! ならば当然、彼女にも関係が──」

「あるはずがありませんでしょう。先ほども申しましたが、最早わたくしは他家の人間であり、実父や妹からは家を追われた身ですわ。そんな立場で何故今更、実家のろくでもないごたごたになど首を突っ込まなければならないのです?──とうの昔にクレメント家の人間ではなくなったわたくしを頼るより、じきにクレメント家へ婿入りする貴方こそ、ヴェロニカ嬢の心を取り戻すために、あらゆる努力をすべきではありませんの? 要望通りに当主教育に付き合うなり、勉強から逃げようとする彼女を叱咤激励するなり、いくらでも方法はあるはずでは?」

「出来ないことを簡単に口にしないでくれ! 俺は国に仕える騎士だ! 当主教育になど付き合っていては、肝心の任務が疎かになるだろう!」


 逆切れ気味に発した言葉に、この上なく冷ややかな声が返る。


「……あら。薄々気づいてはいましたけれど、やはりそのようにお思いだったのですね。『当主教育に()()』だなんて、未来の伯爵家当主の伴侶だとは信じられない物言いですこと」

「新しい次期当主と、婿入り予定の婚約者のどちらもが、肝心のクレメント家の当主教育について全く重要視していないとは……正直、ほんの少しばかりクレメント伯爵が気の毒になってきたよ。本当に少しだけだが」

「同感ですわ。それに、婚約者を叱咤激励することすら嫌がるだなんて、失礼ですがロドルフ様。ヴェロニカ嬢と貴方はそんなにも冷えきった間柄ですの?」

「違う! ただヴェロニカは、どんなことでも叱られることが大嫌いなんだ。だから、俺が叱咤などしてしまっては、彼女に嫌われてしまうじゃないか!」

「……その程度で嫌われるような仲なら、いっそまた婚約を解消なり破棄なりしてしまうべきじゃないのかな。幸い、君は既に騎士であり、その任務を全うする固い意思があるのだから、婿入りの話がなくなっても、生活するには何も困らないだろう? まあ、二度も婚約が駄目になれば、君の結婚できる見込みはほぼ完全になくなるだろうが」

「冗談ではありません! ヴェロニカは私の最愛の恋人であり生涯の伴侶です。そんな彼女を手放すことなど、何があろうとも私は選びません!」


 先ほどのアレクサンドラのように、何ら恥じることなどないという態度で言い放つが、第二王子と侯爵令嬢の態度は更に白けたものになっただけだった。


「そこまで断言するのならやはり、君はここであれこれ言うよりも、直接彼女と話して妥協案を探るのが建設的というものだ。双方にとって良い結果になることを祈るよ。さあ、行こうかエヴァ」

「……少しだけお時間をくださいませ。──ロドルフ様」


 長年の縁を完全に断ち切るため、エヴァは一歩だけ進み出て、元婚約者へ一切の情を交えぬ声でこう告げる。


「ヴェロニカ嬢と貴方へ、最後の忠告です。──今のお二人の立場と状況は、貴方の隣を望んだヴェロニカ嬢が、わたくしを生家から追い出してまで掴み取ったが故のもの。お二人には、クレメント家当主夫妻として生涯を添い遂げ、家に身を捧げる絶対的な義務が付随しているのだと、それだけは心に刻んでくださいませ。──今更こちらを頼られたところで、わたくしは既に侯爵令嬢として、王家との婚約を結んだ身。如何に望まれようともクレメント家へ戻ることなどできないのだということも、きちんと婚約者様へお伝え願いますわ」

「……あ、ああ」

「それでは、失礼いたします。……お元気で」


 いつものように優雅な足取りで、黒髪に覆われた背中が立ち去る様子を、ロドルフは何とも言いがたい表情で見送った。




 エヴァと並んで歩きながら、ベルハルトが意味深につぶやく。


「──『お元気で』か。果たして彼らは、一体どのくらいの間『お元気』でいられるのだろうな?」

「さあ……少なくとも精神的には、一片の曇りもなく『お元気』でいられることはもうないと思いますけれど」


 先ほどまでと同様、何の温かみもない答えが返るが、それもベルハルトの予想通りである。内容は予想よりも辛辣なもので、思わず笑ってしまったが。


「はは、確かに。どちらも本質的には、自分さえ良ければそれでいいというタイプのようだし」

「ええ。ロドルフ様は、他の何よりもご自分が騎士であることが最も大事という御方で、ヴェロニカは自分の幸せのため、自分が望むままに周囲が動くべきだというねじ曲がった信念の持ち主ですから。わたくしとの婚約破棄までは、惚れ込んだ愛らしい恋人との仲を正式なものとしたいロドルフ様と、姉の婚約者と家を継ぐ立場を奪いたいヴェロニカの利害は一致していましたけれど、それも所詮は一時的な話ですわ。──ロドルフ様から伝言を聞いたヴェロニカが、一体どのように反応するのか、わたくしとしてはとても楽しみです」


 くすくす、と上品に微笑むエヴァは、この上なく美しく魅力的だ。外見は実に清らかなのに、その奥に秘めたほの暗さとの落差がまたたまらない。

 彼女の全てを心の底から愛するベルハルトは、握った彼女の手を持ち上げて、手首や腕の内側に優しく唇を滑らせる。


「彼らがこれから、一体どんな道化芝居を演じてくれるのか、目の当たりにできないのが残念極まりないが……どうなるにせよ、私たちにとって満足のいく結果に終わるのは間違いないだろうね?」

「ヴェロニカもロドルフ様も、きっと期待に応えてくださるはずですわ」


 くすくす、くすくす。


 微笑み合う婚約者たちは、絵にも描けぬほどに美しい中に、不気味なほどの薄ら寒さを漂わせていた。




 ──その夜、クレメント伯爵家にて。

 新たな次期当主たる次女ヴェロニカの私室で、彼女とその婚約者ロドルフ・オズワルトが血まみれで息絶えている姿を、夕食の知らせに来た使用人が発見した。

 当主教育に勤しむヴェロニカを放課後に訪問するのは、仲睦まじい婚約者の習慣となっており、いつものことだからと人払いをされるまま、使用人たちが彼らを二人きりにしていたのが仇となったのだろう。


 傷跡と、男が少女に覆い被さるように倒れていたことから判断して、恐らくは衝動的に少女を騎士の剣で切り殺した男が、罪の意識からか心中を決めてのことか、自らの頸動脈を同じ剣で切り裂いたと推測される。

 使用人の一人の証言によれば、ヴェロニカは厳しい当主教育にだんだんと音を上げ始めており、それに伴うロドルフとの婚約も疎ましく思うようになっていたらしい。

 変わらず婚約者を熱愛していたロドルフはその日、何かの拍子で彼女と口論になり、婚約解消を告げられたか、そうでなくとも逆鱗に触れるような言葉を言われたことが、この悲劇に繋がったと思われる。


 ロドルフはほんの数ヶ月前まで、長らくクレメント家次期当主であった長女エヴァンジェリカの婚約者であり、ヴェロニカはその姉から彼を奪い取ることで、次期当主としての立場も手に入れている。

 それだけでも社交界の話題の種となっていたところに、この無理心中である。クレメント家やオズワルト家が如何に口止めをしようとも、人の口に戸は立てられない。真偽を問わず尾ひれの付いた噂は瞬く間に社交界の隅々まで広がり、両家、特にクレメント家の面目は丸潰れとなった。


「不思議だと思わないかね、エヴァ。既に完全に潰れきっていたものが、これ以上どのように潰れるというのだろうな?」


 侯爵家の『影』による報告書を手にバーヘイゲン侯が問えば、可愛い姪であり、今では義娘むすめとなった聡明な少女は、小首を傾げてこう答えた。


「お義父(とう)様がお分かりでないのなら、わたくしには何とも。せいぜいが、粉々になって風に飛ばされ、跡形もなくなるくらいではないでしょうか?」

「ふむ、なるほど。オズワルト家は十分な力量の跡継ぎが存在しているが、クレメント家は直系の後継者が存在しなくなってしまったからな。親戚筋から養子を迎えようにも、家の存続に足る程度には面目の回復を図らねば、話を持ちかけたところで断られるだけなのが目に見える。──せめて風に飛ばされることだけは防がねばと、クレメント伯は私との面会を、今も応接間で長々と待っているのだろう」

「あら。よろしいのですか? わたくしとのお茶会が始まってから、既に一時間あまりが経っていますのに」

「おや、なかなかに冷たい言い草だね。誰よりも美しい最愛の娘と過ごす有意義な時間よりも、招かれざる客との実りのない話し合いを優先しろと言うのかい?」

「また心にもないことを仰って。お義父様にとって誰よりも美しい女性は、他ならぬお義母(かあ)様でしょう?」


 楽しそうにくすくすと笑う顔は、亡き唯一の妹によく似ていて、やはり格別に美しいと思う。

 ──誰よりも幸せになってほしかったのに、愛する夫に裏切られ続け、失意のままにこの世を去った妹。

 その原因の一人は自滅して死に、残るは二人──現クレメント伯爵夫妻だ。妻は突然の愛娘の死に悲嘆に暮れ、夫の方は家名存続の一縷の希望にすがり、予定時間の三十分前から、もう二時間ほども面会を待ちわびている。

 このまま延々と待たせておくのも一興だが、流石にもう頃合いだろう。


「では、後顧の憂いを断ち切ってくるとしようかな」

「夕食に遅れることだけはなさらないでくださいね。『あの人はことあるごとに食事を抜きがちだから困るのよね』と、お義母様が心配なさっていますから」

「肝に銘じておくよ」


 そう言って、談話室を出た侯爵の表情は、娘を可愛がる父親のそれから、獲物を狙う猛禽類を思わせるものへと変化する。


 ──さて。元凶たる元義弟を、どういたぶってやろうか。


 積年の恨みを胸に、標的の待つ応接間へと、大股に歩みを進めていった。




 王国建国期よりの貴族であるクレメント伯爵家の最期は、わずか一代の間に急激な没落の一途を辿ったという、長き歴史にはあまりにもそぐわぬ終わりようだった。

 その原因を挙げるならば、当時の当主が、バーヘイゲン侯爵家から娶った正妻を蔑ろにし、平民の愛人を寵愛したことが発端と言える。

 浮気と愛人の妊娠を知った正妻はそれでも夫を想い、離縁の申し出をした。自分は幼い娘ともども実家へ戻るので、身ごもった愛人を正式な妻とすればいいという寛大な提案を、しかし夫は頑として拒絶した。浮気のことはさておき、せっかく結んだ侯爵家との縁をみすみす切るような選択肢など、伯爵家当主としては絶対に選ぶべきではないからだ。

 彼女の後ろにある侯爵家を重視するのなら、せめて表面的にでも妻らしく扱えばいいものを、正妻とはただ本邸に住まわせておけば十分な存在なのだとばかりに、愛人のもとへ通い詰めの毎日を送る夫の姿に、彼女を支えていたものは、十年ほどで完全に崩れてしまった。


 正妻が亡くなった数ヶ月後、長女の十二歳の誕生日当日に、伯爵は愛人とその間に生まれた十歳の娘を本邸に迎えた。呆れたことに彼は、母を亡くしたばかりの娘に向かって、『新しいお母様と可愛い妹だよ。エヴァへの誕生日プレゼントだ』とにこやかに言い放ったという。


 その異母妹は、両親に甘やかされるまま我が儘放題に育ち、姉の所有するあらゆるものを欲しがるようになった。

 最終的には姉の婚約者と次期当主の座まで奪い取り、まんまと彼女を伯爵家から追い出すことに成功した。

 が、それまでは全くと言っていいほど当主教育に縁のなかった令嬢に、伯爵家次期当主など務まるはずがなく、婚約者との仲も次第に険悪なものとなり、二人はやがて無理心中により命を落とすこととなった。


 愛娘を失った伯爵は、長女を引き取った元義兄のもとへ行き、「長女を何とか我が家に返してもらえないか。それが叶わないなら、せめて我が家の名誉の回復にだけでも力を貸してほしい」と直談判したが、姪が次期当主だった頃ならばまだしも、この時点で彼の頼みを聞く理由など侯爵にはない。「十七年前に貴様の浮気が発覚した時点で、無理にでも妹を離縁させ、クレメント家そのものを叩き潰してしまえばよかった」とまで言われ、肝心の長女にも会うことは叶わず、伯爵は完全に絶望の淵に叩き落とされ、後継者を迎えられぬまま、その後数年で生涯を終えた。

 残された後妻もまた、葬儀もされず終いの夫の遺体に寄り添い、眠るように息を引き取った。最愛の夫と娘を亡くしたことに絶望したが故の、服毒自殺だった。


 伯爵の死後、クレメント領は王国へと返還された。時が経ち、バーヘイゲン家を継いだ長女と第二王子の間に生まれた息子の一人に、新たな家名と伯爵の位が旧クレメント領とともに与えられることとなる。

 新たな領主のもと、領地の繁栄は史上最大のものとなり、クレメント家の名は徐々に領民たちからも忘れられていった。

 そうして、新領主の孫の代になる頃には、最早「クレメント家」という存在すらも、覚えている者は誰もいなくなったという。


 ──これが、ある男の強欲が招いた結末である。

それぞれに意味合いは違えど、全員が悪役のお話でした。

明確に刑法上の罪を犯したのはロドルフだけですが、誰かの破滅に繋がる誘導や追い込みは、アレクサンドラ以外の全員がしています。明確な描写や本人たちの自覚の有無はさておき。


姉の婚約者だったから奪っただけの、愛してもいない男と無理心中させられたヴェロニカと、いいとこ取りだけをしようとした結果、守るべき家の断絶どころか完全消滅に繋がったクレメント伯爵と。報いとしては、どちらがましだったんでしょうね?

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