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すみれ色の瞳  作者: mayan
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手紙

 


「アリス」


 授業も終わり、シャルロットと寮へ帰ろうかとしていたその時、後ろから声をかけられた。


「何でしょう? アラン様」


 振り返れば思わず見惚れてしまいそうな美青年。人の目を惹きつけるこの美貌は注目されずにはいられないらしく、今も近くにいる生徒達が様子を伺っている。


 またエミリー様に色々言われそうだと思いながらも笑顔を浮かべた。


「少し、話したいことがあるんだ。時間をくれるかな?」


 その言葉に少し周りが騒つく。


「アラン様、私シャルロット様がいらっしゃらないと、寮へ帰れませんのよ」


「帰りは僕が女子寮まで送り届ける。それで良い?」


「……分かりましたわ」


「それでは、失礼します。アリス、また明日ね」


 シャルロットは早口でそう告げると、飛ぶように去ってしまった。おそらくこの数多の視線に耐えられなくなったのだろう。申し訳ないことをしてしまった。


「それじゃぁ、行こうか」


 つい、差し出された手を取ってしまう。騒めきが大きくなったところで気づいた。


 ……火に油を注いでいるわ、これ。


 校内でエスコートされているところを見られたら、また詰め寄られる可能性がある。面倒な事は避けられるなら避けたい。


 そう思い、差し出した右手を戻そうとして……失敗した。優しく包んでくれているはずの彼の手は、ちょっとやそっとでは外れない。


 そうこうしている内に、私たちは歩き出してしまった。私は諦めて引かれるままについていく。久しぶりに感じる彼の手がなんとも懐かしく感じる。


 ……誕生日パーティーで踊った時から、1ヶ月も経っていないのに。


 すれ違う人々に一々凝視されるのは居心地が悪いが、それを上回る温もりがあった。


「アラン様は、いつもこんなに注目を浴びていらっしゃるのですね」


「まぁ、そうかな。……でも、こういうのはアリスの方も慣れているんじゃない?」


「……そうですけど」


 2階の教室を抜ければ、見慣れない廊下が現れた。堅苦しい雰囲気が漂っている。豪華な装飾の扉が……1、2、3、4、5個。


 彼は月とドラゴンが描かれた扉に手をかざす。何をしているのだろうと思えば、彼の目が仄かに光っていることに気がつく。


 彼は無言で月とドラゴンを見続けているので、私は隣で静かに待つ。


「お待たせ」


 彼の目はいつもと同じように戻っていた。

 重たそうな扉の向こうにはこれはまた高級感溢れる空間が広がっていた。

 けれど決して目がチカチカするような物ではなく、寧ろ落ち着かせてくれるような、そんなサロンだった。

 基本的に白と紺で統一された室内には、立派なソファに机、本棚などが置かれている。


 私が部屋観察に夢中になっていると、背後で扉が閉まる音がする。


「座って」


 彼の淡々とした言葉に私は少したじろぐ。


「メイドも従者もいないのですか?」


「ああ」


「ああ、じゃないです! 変な噂がたったらどうするんですか?」


 未婚の男女が密室に2人きり。非常にいけないことだ。婚約者であろうとも、良くは思われないことなのに。

 それを彼が知らないはずがない。


「ごめん。でも、何もしないから安心して」


「そういう問題ではないことを分かっているのでしょう!?」


「本当にごめん。だけど、学園では情報が筒抜けになってしまうんだ。ここだけが安心できる場所で……だから、君と話をするのも誰にも聞かれたくないからここにした。……それでも、君への配慮が足りなかったね、ごめん」


 そう頭を下げられて、だんだんどうでも良くなってきた。アルドの貴族にどう思われようが関係ない、そう思った。


「もう、良いです。ごめんなさい、私の方こそ警戒しすぎました」


「……いや、でも警戒しすぎくらいが丁度良いと思うよ」


「アラン様に限ってそんな事はないと思いますが、何か変なことをされたら、その場で氷漬けにしますから」


「……分かった」


 彼の炎魔法なら溶かしてしまいそうだけれど、その時は結界魔法で防衛だ。


「……紅茶、入れますね」


 私は部屋に置いてあったティーセットを持ってくる。ティーポットに無詠唱で水を満たせば、彼が気を利かせて火魔法で温めてくれた。数分もすれば、紅茶の良い香りが漂ってくる。


「なんだか、一瞬で淹れ終わりましたね」


「やっぱり、水魔法を使えるのは強いな」


「火魔法だって」


 彼が注いでくれた紅茶に口をつければ、緊張の糸が解れていくような気がした。


「それで、何の御用でしょうか?」


 向かいに座る彼と目を合わせれば、その青い瞳が優しさを映し出す。


「実は母上から手紙が来たんだけど、アリス宛にも来てて、まずはそれを読んで欲しいのと……」


 そう言って差し出した封筒はこれまた月とドラゴンが描かれいた。それを見て察する、あの扉の前の模様は家の紋章だと。


「絶対に返事が欲しい、との伝言だ」


 彼は呆れたように言う。


「勿論、書きます!」


「……なんか、もう実の息子の僕より可愛がってるよね。アリスのこと」


「可愛がられたいんですか?」


「まさか……」


 手紙を受け取った私は丁寧に封を開ける。


 そこには美しい字が綴られていた。何ともなく元気なこと、きちんとリハビリをしていること、公爵様とお散歩に行かれたこと、それから……


「アリスちゃんに会えなくて寂しいわ」


 その言葉がどうしようもなく嬉しく感じてしまった。


 ……私もですよ。キャサリン様。


「……できたら、今返事を書いてもらっても良い?」


「え……今、ですか?」


「うん。できたら僕のと一緒に出したい」


「それはまたどうして……」


「母上が病気である事は、公にはしていないんだ」


 あぁ、少し見えた気がする。


「母上が病気であると知られたら、公爵夫人の座を我がものにしようとする人が出てくるからね。表向きには、母上は領地に戻っているだけになっている」


 あれだけ公爵様はキャサリン様を愛しておられるのだから、後妻や愛人になるのは難易度が高そうだけれど。


「だから、アリスの手紙も僕のに混ぜて送るのが安心なんだ。多分、治療のこと書くでしょ?」


「はい。分かりました」


 そう言うことなら納得です。


「と言うことで今から書いて欲しいんだ、返事を。なるべく母上とアリスのことをこの部屋の外に漏らしたくないから」


「…………分かりました」


 彼から便箋と羽ペンを貰い、机に向かう。

 書き出そうとして、顔を上げた。こちらを穏やかな表情で見つめる彼と目が合う。


「少し、こちらを見ないで頂けますか? 手紙を書いているところを見られたくないのです」


 私がそう言うと、彼は執務を行うための机へ向かってくれた。人に見られながら手紙を書くのはどうにも恥ずかしいのだ。


 私が集中して書いているのを邪魔しないように、彼も一言も喋らない。2人だけのこの部屋には時計の針の音だけが鳴る。静かすぎるのもそれはそれで緊張してしまう。


 いけない、と意識を手紙に戻した。この紙にキャサリン様は触れられたのだと思うと、遠く離れているのにその存在が少しだけ近くに感じる。


 キャサリン様が元気でいらっしゃると知れて、本当に安心した。この学園に向かう直前にキャサリン様と教会の患者さんには出来る限りの治癒魔法をかけてきた。


 それでも、遠く離れているから何かあった時にすぐに駆けつけられはしないし、もしかしたら死なせてしまうかもしれない。そんな不安があったのだ。


 キャサリン様は体調が悪くてもギリギリまで言わなそうな、案外頑固なタイプなのだと感じ取ったので、公爵様にお願いしておいた。

 ご本人が大丈夫と仰っても、少しでも異変を感じたらすぐにご連絡ください、と。

 今のところ、公爵様からも手紙がないので大丈夫だということだろう。


 手紙を書き始めれば、王妃教育の日々を思い出す。他国の王族へ王妃として手紙を書くことがあった時のために、手紙の書き方も指導された。お手本の美しい字、知性あふれる王妃としての難解な言葉、何も意識せずにそうなってしまうのだから、困ったものだ。もう私は未来の王妃ではないのに。



 30分ほど経っただろうか。

 手元の紅茶はすっかり冷めてしまっていた。


「……終わりました」


 執務様の椅子に座っている彼の方を向けば、彼もまた顔を上げ、私を見る。


「お疲れ様。本当にごめん、無理言っちゃって……」


「いえ、お手紙書くのは楽しかったですからお気になさらず」


 こちらに歩み寄ってきた彼に手紙を渡す。


「……絶対に読まないでくださいね」


「約束するよ」


「破ったら、氷漬けの刑ですからね」


「アリス、なんだか今日は物騒だね」


 可笑しそうに笑う彼は先ほどと同じ、私の向かいに腰をかけた。


「紅茶、温め直そうか」


「お願いします」


 彼が火魔法を発動させ、再び部屋に紅茶の良い香りが充満する。


「……そういえば、この部屋は何なのですか?」


 紅茶で一息ついた私は彼にそう聞いた。公爵家に関する部屋だと言うのは分かるのだけれど。


「ここは、アルテミス公爵家専用のサロンだ。ここにくるときに通った廊下に部屋が5つあったの覚えてる?」


「はい」


「王家が2部屋、残りの3つの部屋がそれぞれ三大公爵家のアルテミス家、アスコナー家、リヒター家のサロンだ」


「さすが、三大公爵家ですね」


「この国では力が強いからね、公爵家は」


「この部屋に入るとき、アラン様の目が光っておられたのは?」


「気付いてたんだ……。あれはアルテミス以外の人間が入らないようにするためのものだ。この学園では僕じゃないと開けられない」


 ……また何とハイクオリティーな設備。


「だから、絶対に情報が漏れないんだ」


「この学園ではそんなに、情報は漏れてしまうものなのですか?」


「ああ、ここ以外は教室でも寮でもどこでも見られている。学園とは言っても、第1皇子派と第2皇子派の対立があるからね。特に今は皇子とその婚約者が一同に学園にいるから尚更だ。あらゆる方法で相手を蹴落とそうとしている。それには情報が必要だ」


 ……確かに。ミランダ様とエミリー様は仲が良くなさそうでしたね、と言うより、かなり悪そうでした。


「両派とも情報収集のために裏で動く影は勿論、学園で働くメイドや事務員も買収されている可能性がある。だから、独り言だろうと何だろうと全て聞かれるんだ」


 ……それではまるで監獄のようだわ。


「アラン様はそれで息苦しくはないのですか?」


「これに耐えるために何年も訓練されているからね。問題ないよ」


 彼は私を安心させるように微笑む。


「それほどまでに情報が出回るなら、私がここに来たことも、もうとっくのとうに知られていますね」


「うん。しかもあれだけ堂々としてたからね」


 ……あぁ、面倒な予感しかしないわ。


 エミリー様のお顔が浮かぶ。


 ……あの方、苦手なのよ、何となく。お話しするのが苦痛なの、わかる?


「……アリス、昔より表情に出るようになったよね」


「え……?」


「いや、最初に会ったときは流石未来の王妃って感じで、表情が全くと言っていいほど読み取れなかったから」


「私は貶されているのですか? 褒められているのですか?」


「褒めているよ。相変わらず皆の前ではあまり変わらないから。僕だけの特権のように感じてしまうんだ、君の笑顔以外の表情が」


 奇跡の美貌を持つ彼に真正面からそんなことを言われて、脈打つリズムが早くなるのを感じた。


 本当にずるい人だ。自分が何を言っているのか、それがどれだけ私を混乱させるのか分かっていないのだから。


「最近アラン様にお会いできていなかったのでお話できて嬉しいです」


「僕もだ。だから、今日はまだゆっくりしてって。アリスの話聞きたいから」


 やり返してやるつもりで言ったのに、満面の笑みで跳ね返された。





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