クラス分け試験
「えっと……、ここを右?」
手の中にあるメモを見ながら、私は必死に歩く。
「……2つ目の角を左で、その後もう一度左……」
今日は初めて、属性別に分かれた授業があるのだが、いつも頼りになるシャルロットは別のクラスなのだ。
道がまったくもって分からない私のためにシャルロットが水属性クラスの教室までの道のりを書いたメモを渡してくれたのだが……。
「ここを、右?……あれ、ここ何個目の角だっけ……」
永遠と続くクリーム色の壁に紫色の絨毯。
……訳が分からないわ。
取り敢えず、廊下の端に避けて、メモを見返すことにした。
……全てはこの校舎が広すぎるのがいけないのよ。
どうしようもない怒りを校舎そのものにぶつける。
シャルロットの綺麗な字で書かれたメモを見返していると、2人のご令嬢が早足で歩いてくるのが見えた。
「もう少しで始まってしまうわね」
「ええ。急がなくては」
「……夏休みの課題だった水球の生成、お出来になって?」
「まぁ、小さいのですけれど」
「私もですのよ! 今回の課題は少し難しかったわ」
アリスはハッと閃いた。
……この方達に付いていけば良いのだわ!!
会話を聞いたところ、彼女達は水クラスの生徒である。この方達の後を付いていけばきっと教室まで辿り着けるはず!!
アリスは遠ざかっていく彼女たちを見失わないように追いかけていくのだった。
……間に合った!!
チャイムと同時に教室に滑り込む。
……初回から遅刻は印象が悪くなるわ。
ひとまず、近くの席に座る。
「それでは授業を始める」
教壇に立ったのは背が高い痩せた男性。
周りを見渡せば、普段の教室とは比べものにならないほどの生徒。ここにいる人たちが皆同級生で、かつ水属性を持っているのだと思うと圧倒される。
……人数!!
中央のあたりには第二皇子の婚約者であられるミランダ様が見える。
その周りには30人ほどのご令嬢が陣取っている。
その中央に上品に座られるミランダ様は流石だ。
「新学期のクラス分けテストを行う。前回上位クラスだったものは落ちないように心がけろ。下位のものは上位を狙え」
……学期ごとにクラス分けをするのね。
予備知識が全くないアリスはその時初めて知る。
「それでは今から頭上に水球を出せ。その大きさとコントロールを見てクラス分けをする」
その細い体から発せられるものとは思えないしっかりした声が巨大教室に響き渡る。
……水球を出せば良いのね。
思っていたより簡単な試験に安堵する。
……もっと滝を作れとか、渦を作れとか、派手なものかと思っていたけれど。
「皆のもの、呪文を唱えよ」
先生のその声に周りから何やらぶつぶつと聞こえてくる。
「我が魂に答えよ……」
「聖なる水の精霊……」
「我に力を与えたまえ……」
皆が呪文を唱えているので、どのタイミングで水球を出せば良いか分からない。
誰もが集中している中で、キョロキョロするのも目立つと思い、呪文を唱えているふりをする。
……いつこの呪文は唱え終わるのかしら。
正式な呪文はかなりの長さになるはずなのだが、アリスは一回も丸々唱えたことがなかった。
「……アクアシエル」
近くの生徒から詠唱の最後の言葉が発せられたので、私はそのタイミングに合わせて水球を作り出す。
私の頭上に浮かんだそれは私の背より少し小さいくらいのサイズ。
大きさを間違えるわけにはいかないと、1番無難そうな大きさを選んだ。
……先生も、この量の生徒たちを見るのは大変ね。
まだまだ終わらなそうなテストに、せっかくだからと遊び始めた。
……まずは2つに割りましょうか。
切り裂くようなイメージをすれば、水球の真ん中に亀裂が入り、2つに分離していく。
どうせなら、10こくらい作るのも良いかもしれないわ。
2つに割った水球を更に5個ずつに分ける。
……10個は確かにコントロールが難しいわ。
この10個の水球はそれぞれ動かしてやる必要がある。同じ動きをさせるならともかく、別の動きをさせるには、頭でそれをイメージしなくてはならない。
……まだ7個が限界なのよね。
7個を超えると、頭から出す指示がこんがらがってしまう。それに、1つ1つの動きが鈍くなってしまうのだ。
……変形から練習ね!
アリスは10個の水球を一列に並べる。
均一になるように分割することは可能になり、同じ大きさの美しい水球が並ぶ。
部屋の照明に反射して水面がキラキラと輝いている。
……やっぱり綺麗だわ。
水の透明度、これは本当に美しいものだ。静かな時も、荒立っている時も、水はその清らかさを失わない。
……特に、光に当てると本当に素敵なのよね。
光を受けて輝く水は何度見ても本当に美しいのだ。私は水と光、この2つの属性を持てて本当に幸せだと思う。
……あら、いつの間にか目的を忘れているわ。
変形の練習をしなくては。
右側の水球から変形していく。
……そうね、最初はこの前3時間練習して本物に限りなく似せた薔薇にしましょうか。
2つ目は……そうね、鳥なんか素敵ね。
鳥の次は蝶で良いかしら……。
一度やり始めたら楽しすぎて止まらない。
そっと羽ばたかせてみたり、細かなところまで工夫してみたり。
こういうちまちましたものが地味に好きだったりするのだ。
にこにこ、黙々と作業を進めていたアリスだったが、
「……ミーティア嬢」
低めの声に、現実に引き戻される。
「あ……先生」
いつの間にか私の番がやってきたらしい。
少し崩してしまうのが惜しいが仕方がない。
薔薇、鳥、蝶、ティーカップ、カップケーキ、靴、指輪、うさぎ、葉っぱ、すみれの花を一瞬のうちに合体させる。
……あぁぁ。
勿体ない。
……結構自信作だったのだけれど。
「……いかがでしょう」
きっと今の私は少し悲しそうな顔をしていると思う。
それでも水球を見せるために先生の方を向く。
先生はその目を見開かせて私を見ていた。
「……今のは?」
「今の、ですか?」
「あぁ」
「今の、とは?」
「先ほどの水球変形だ」
「……少々時間を持て余しておりまして。授業中に失礼しました」
うっかり夢中になってしまったが、そう言えば今は授業中であった。
……先生は怒っていらっしゃるのね。
指示されたこと以外をやっていたから……。
初回から、私のイメージが落ちてしまうわ。
せっかく遅刻は回避したのに……。
やってしまったと落ち込むも、過ぎてしまったことは仕方がない。
「大変申し訳ありませんでした」
取り敢えず謝る。
「いや、少し驚いただけだ。だから謝らなくても良い」
……怒っていないのかしら? とても顔が険しいように見えたのだけれど。
先生はそれだけ言うとあっという間に教壇に戻ってしまった。どうやら私が最後だったらしい。
そこまで悪い印象は無かったようで安心する。
……入学して早々問題児扱いは嫌だわ。
試験結果と組み分けはその場で発表された。
何日かはかかるだろうと思っていたがゆえに驚いた。
先生が小さく呟くと生徒一人一人の元に紙が飛んでいく。
教室全体に紙が広がっていく様子はとても面白かった。紙一枚一枚かそれぞれ意志を持っているようで。
出口に近い端の席から教室を見渡していれば、私のもとにも紙がやってきた。
手に取り目を通す。
評価A、クラスA
その結果を見て安堵した。
今私はミーティア侯爵様とシアラ様に通わせて頂いている身。
良い成績を取らなくては不甲斐なくて顔を合わせられない。
それにしても……。
場所:西棟第24教室
…………どこでしょうか?
そもそも西棟なんてありましたっけ?
「今回下位のクラスになった者もまた来学期チャンスがある。その時に向けて練習に取り組むように。上位の者は更なる技術の向上を目指せ」
先生が言い終わったと同時に終わりのチャイムが鳴る。
……ナイスタイミング!!
「それでは、授業を終わる」
出入り口に1番近い席の私は必然的に誰よりも早く教室を出た。
廊下を出て気付く。
……帰り道が分からないわ。
アリスは結局同じクラスであるミランダが出てくるのを待ち、その後を尾行のようについて行ったのだった。




