披露宴
ミーティア侯爵様とシアラ様の結婚式当日は、とても心地よい天気だった。
柔らかな日光が私たちを優しく照らしていて、神様も2人を祝福してくれているようだ。
落ち着いた桃色のドレスを着た私は、大聖堂へ向かう馬車に乗っていた。
「アリス」
もう見慣れた光景となった、真正面に座る彼に名前を呼ばれる。
「はい。何でしょう?」
「今夜の披露宴のエスコート、僕にさせてくれないか?」
……すっかり忘れていたわ。エスコート……。
披露宴があるのは勿論知っている。パーティーでは女性は基本パートナーを伴って参加する。のだが……。
……あの王子はエスコートなんてしてくれたことなかったから。
婚約者であったあの王子は私のエスコートなどしたことがなかった。
一応兄がいたが、兄にもエスコートされたことはない。
当然ながら公爵にもだ。
必然的に、私はパーティーにいつも1人で参加していた。それも必要最低限のパーティーだけ。
「私からも、よろしくお願いします」
彼がエスコートに名乗り出てくれて、本当に良かった。
いつもの癖で、1人で入場するところだった、危ない。
「良かった。じゃぁ、よろしくね、アリス」
「はい」
彼の笑顔の破壊力がいつもより高い気がした。
スーリールの大聖堂は、王都の真ん中にあった。
その真っ白な大きな建物に圧倒される。侯爵と王女の結婚式ということで、建物の前には着飾った貴族たちが集まっていた。
「それじゃぁ、行こうか」
「……はい」
彼に手を引かれるまま、私は大聖堂に足を踏み入れる。
端の方の目立たない席に座ろうとすると、会場にいた人に、前の方に案内された。
特等席とも言える席に彼と2人で座る。
「こんな良い席、私が座っちゃっていいのかしら」
「君は娘になるんだろう? なら問題ない。むしろ家族なのだから当たり前だ」
彼は私を安心させるように微笑んだ。
グルっと聖堂内を見回す。
真っ白で神聖な祭壇、天井はステンドグラスで出来ていて、室内に光が差し込んでいる。
清らかな雰囲気の場所に、自然と心が安らいだ。
招待客が全員入ったのか、後ろの扉が閉められる。
聖堂内に美しい聖歌が流れ始めた。
素敵な二重奏にうっとりしていると、ミーティア侯爵様が祭壇に現れる。
真っ白な正装に身を包む侯爵様は一際輝いていた。
そこに、新婦の入場のアナウンスが響く。
後ろの扉が大きく開かれ、父である国王陛下のエスコートでシアラ様が登場なさる。
その美しさに私だけでなく、皆、言葉を失った。
真っ白なウェディングドレスにはシアラ様の髪と同じ銀色の刺繍糸で繊細な模様が表現されている。
その美しい肌と、スタイルの魅力が存分に引き出されていた。
パーティードレスより長い裾の先まで綺麗で、不躾ながら直視してしまう。
近くにいらっしゃったシアラ様と目が合うと、ウィンクしてくださり、私はその破壊力に後ろに倒れそうになる。
咄嗟に彼が私の肩を支えてくれたので、大事にはならなかったが。
侯爵様のお隣にシアラ様は立たれた。
一枚の絵画のように美しいその姿に感嘆の声も出ない。
そのせいか、全くと言っていいほど、神父様の仰っていることが頭に入ってこない。
式は続き、新郎新婦の誓いもし、指輪交換も行った。
残るは……
「では、誓いのキスを」
ふたりはそっと唇を合わせる。シアラ様の幸せそうな顔に、何故か涙が止まらなかった。
「……大丈夫?」
隣の彼が小さな声で囁く。
「……だいじょ、ぶ、です」
彼はそっとハンカチを渡してくれた。涙を拭けば、あっという間に濡らしてしまう。
彼はずっと、優しく背中を摩ってくれた。
「アリス様、髪はどのように結いましょうか?」
「フィーに任せるわ」
「畏まりました」
私は今、披露宴に向けて準備をしている。開始時刻まではまだ2時間ほどあるけれど、乙女の準備は時間がいるのだ。
空色のAラインのドレスを着て、髪をハーフアップにする。いつもより綺麗になっている気がして、胸が高鳴る。これも全てフィーのお陰だ。
「アラン様がエスコートしてくださるんですね」
最終チェックをしながらフィーが口を開く。
「ええ」
「良かったです。アリス様がお一人で行かれるようなことがなくて……」
「彼に言われるまで、忘れていたのよ。エスコートの存在」
「……そうだと思ってましたよ」
フィーと私は顔を見合わせて苦笑いをする。
「そろそろアラン様がいらっしゃっているはずです」
「そうね、行ってくるわ」
「はい、いってらっしゃいませ」
「アラン様」
私の部屋の扉にもたれかかっていた彼にそっと声をかける。
「アリス」
彼は振り返ると嬉しそうに頬を緩ませた。
「お待たせしました」
「いや、全然大丈夫だよ」
彼の着ている上着は緑色の上等なもの。金色の刺繍が見事だ。
「ドレス、よく似合ってる」
「ありがとうございます」
女性を褒めることを忘れない彼は流石だ。
褒められ慣れていない私は、社交辞令だったとしても、彼の一言に喜んでいた。
「それじゃぁ、行こうか」
「はい」
私は差し出された彼の手を取った。
会場の方に向かうのだけれど、こんなに彼と長く手を繋いでいるのは初めてで、何だか気恥ずかしくなってくる。
とてつもなく歩くのが遅い私に合わせて彼はゆっくり歩いてくれた。
新郎新婦を客が迎える結婚式と違い、披露宴は新郎新婦が客を迎える。
「アリス、来てくれてありがとう!」
「遠くから、本当にありがとう」
彼と一緒に侯爵様とシアラ様にご挨拶をする。
「こちらこそ、お招きくださりありがとうございます」
どんなに仲がよかろうと礼儀は大切である。
「アラン様も、ここまでアリスについて来てくださって、ありがとう」
「様などおやめください。アランとお呼びください」
「分かったわ。アリス、アラン、ぜひパーティーを楽しんでいってね」
「はい!」
「あんまり遅くなるのは良くないから、頃合いを見計らって帰ってね」
ミーティア侯爵様の言葉に頷く。
私たちはまだ学生なのだ。遅くまでいるのはマナーとしていけない。
「アラン、アリスのことよろしくね」
「了解しました」
私たちの後ろに列ができているので、足早にその場を去った。
その後、私たちは何人かスーリールの貴族と話をした。
スーリールに接するアルテミス領の次期当主である彼は、国境管理や貿易交渉などを話し合っている。
何故か時々意見を求められるので、私も注意深く聞いていた。
「……スーリールで作られた絹だが、最近少し値段が上がっている気がするのだが……」
「実は上質なものを作る職人が高齢で何人か亡くなりまして、その影響でしょうな」
「若い職人の育成は?」
「取り組んでいますが、なかなか今すぐにとは……」
絹を取り扱うスーリールの大商人と話していると、会場に音楽が流れ始めた。
披露宴のダンスの始めを飾るのは勿論ミーティア侯爵様とシアラ様だ。
ホールの真ん中、クルクルと美しいターンを踏まれる。その表情はとっても幸せそうで、ラシオンから逃げてこれて本当に良かったと思った。
「アリス」
私がダンスの余韻に浸っている時だった。彼の声に振り向く。
「僕と踊っていただけませんか?」
彼はまるで王子様のように跪き、私に手を差し伸べた。いつもは見上げる彼を見下ろす形になる。
「はい」
私が彼の手を取ると、彼はホールの中央へ私を引っ張る。
他にも何組みもの男女が私たちと同じようにホールに集まって来た。
音楽が流れ始め、彼の手が私の腰に回り引き寄せられる。
グンっと近くなった距離に、私の心音はうるさく響いた。
彼のリードに連れられるように音楽と共にステップを踏み始める。
支えてくれる手はしっかりとしていて、ターンをする度に私を受け止めてくれる。とても踊りやすく、私は楽しくなって笑顔になる。
「お上手ですね、ダンス」
「そういうアリスも」
「私は王妃教育で散々やりましたから」
「僕も、小さい時からレッスンやらされたからね」
顔を見合わせて笑う。
私は次期王妃として、彼は次期公爵当主として教育されてきたのだ。
曲が後半に入ると、彼はイレギュラーなステップを組み込んできた。私は咄嗟に対応する。
彼のリードが気持ち良くて、何よりダンスが楽しいと感じた。
初めて、ダンスのレッスンをしていて良かったと思った。
いくら王城でレッスンをしても、それを披露する機会が無かったのだから。
どんどん複雑になる彼のステップに、これくらいできるのだろう、という期待を感じた。
だからこそ、失敗はできない。
挑戦的な笑みを浮かべる彼を笑顔で見つめ返す。
少しでも気を抜けば脚が絡まってしまいそうな中、持ち前の集中力でこなしていった。
曲を踊り切った……途端に周りから拍手された。
そこで初めて見られていたことに気がつく。あまりにも熱中していたので気がつかなかったが、認知すると恥ずかしい。彼は面白そうに笑っていた……確信犯だ。
「そろそろ、帰らなければいけませんね、アラン様?」
「そうだね、行こうか」
私が彼を軽く睨んでも、笑ってかわされた。




