解呪
夕食は村で一番大きな家に集まり取ることになった。
屋敷で食べるような豪勢なものではなく、素朴でどこか安心するような、そんな料理だった。
「お口に合うかどうか……」と不安げに料理を持ってきた女性に笑顔で美味しいと伝えれば、あちらは安堵の表情をする。
彼は未だ村長や村の男性たちと話し合っていたので、私は隣に座っている村長の娘さんと話していた。
この村での貧しいながらも幸せな生活、村人皆で協力して生きていること、女性たちも進んで仕事を行うこと。
都市に住んでいれば気付かないようなことを聞けるので、私は熱心に聞いていた。
「本日は娘がお世話になりました」
と一番上らしき女の子、アリーのお母さんがやってきた。そこからこの村の子供達の話になったので、私は思い切って聞いてみた。
「ルーナちゃんって、何か……病気ですか?」
私が聞くと、村長の娘さんとアリーのお母さんは固まってしまった。
……当たり、かしら。
「……どうして、それを」
……当たりだったようだ。
「宜しければ、どのような病気かお尋ねしても?」
私の周りに座っていた人々は皆私の方を振り返っていた。
「……ルーナは……」
村長の娘さんが顔を暗くし、話し始めた。
何でも、夜になると身体中が光りだし、酷い痛みを感じる病気らしい。昼間は全く問題ないのだが、夜になると症状が現れるのだと。
「じゃぁ、今……」
「はい。そろそろ症状が現れる頃かと」
私はパッと立ち上がり、出口に向かって駆け出す。
「……アリス!?」
「アラン様、私少しお散歩してきますわ!」
それだけ言い残すと足早に家を出た。
外まで一気に出て……困った。
……ルーナがどこにいるか分からない。
本当に馬鹿だと思う。
感情的になって、前を見ずに飛び出してきてしまったのだから。己の無能さに頭を抱える。
……戻って聞かなきゃ、ダメか……。
そう思い回れ右をしたとき、幼い女の子の泣き声が聞こえた。
……ルーナ!?
私は声のする方へ駆け出した。
声は泣き声から段々と悲鳴に変わってきた。その悲痛な叫びに胸が痛くなる。
……待っててね。もうちょっとだから。
昼間の鬼ごっこで疲弊しきった脚を必死に動かし走る。
息が切れ始めた頃、私は一件の家の前に辿り着いた。
中からはルーナのと思われる悲鳴が聞こえる。
木製の扉を力一杯ドンドンと叩く。
叩き続ければ、中からルーナの父親と思われる男性が出てくた。
「おい、今は……これは、失礼しました」
苛立っている男性は私の姿を見た途端頭を下げる。
「ルーナのところに行かせてください」
私がそう頼めば、男性は驚いたような顔をしたがすぐに苦笑いを浮かべた。
「申し訳ありませんが、今は少し……」
奥から更に酷い悲鳴が聞こえてきて私はいてもたってもいられなくなった。
「失礼します!」
「え!? あ……」
男性の横をすり抜けて強行突破した私はルーナがいる方へ向かう。
「痛いよぉ。助けてぇぇえ」
はっきり聞こえるルーナの声に私は部屋の扉を勢いよく開ける。
中にはルーナと、ルーナを抱きしめるルーナのお母さん。
ルーナのお母さんは私が突然現れたことに呆気に取られていてる。
ルーナは苦しそうに息をしていた。
確かに、ルーナの体は月のように光を発している。
こんな状況でなかったら、見惚れるほど美しい光景だ。
「クーアリーベ」
悪夢にうなされているようなルーナの手を握り、そっと詠唱する。
すると、ルーナの体は新たに真っ白な光に包まれた。
悲鳴はなくなり、呼吸も少しずつ安定してくる。
「…………あなたは」
その様子にルーナのお母さんが驚愕の目を私に向ける。
私は少しずつ、優しく、でも強めに治癒魔法をかけ続けた。
「……お姉さん?」
きつく閉じられていた目蓋が開き、ルーナは小さく呟いた。
「大丈夫? 苦しくない?」
「大丈夫。何だか暖かくて気持ちが良い」
わずかに微笑みを浮かべたルーナに私は安心して力が抜けてしまった。
「そんなことが……」
私を追ってきたのだろう。
部屋の入り口に立っているルーナのお父さんが信じられないものを見たような顔をする。
ドタドタと足音がして、彼もやってきた。
「アリスッ!」
走ってきたのだろう、彼の髪は少し乱れていた。
彼は私の手から放たれている白い光に気が付き、状況を素早く察知したようだ。
……素晴らしい才能。
「全然、散歩じゃないじゃないか」
「すみません。つい……」
「普通に、治療に行くと言ってよ」
「ごめんなさい……」
どうやら、心配してくれたらしい。
心配させてしまって申し訳なくなる。
「まぁ、いいよ。……それよりもどう?」
彼は私からルーナに視線を移す。
「一応治癒魔法をかけているので、先ほどよりは楽になったかと……」
ルーナは泣き疲れてしまったのか、今は母親の腕の中ですやすやと眠っていた。
一度治癒魔法を中断し、私が握っているルーナの手に集中する。
昼間、鬼ごっこをした時から考えていた。
ルーナから感じたあの感覚は本当に病気なのか、と。
病気の場合、どこが悪いのかが具体的に心臓、脳といった風に伝わるのだがルーナは突き止められなかった。
なぜなら、全身から感じたから。
……これは、病気ではない?
そんな考えが浮かぶ。病気ではなかったら、可能性としては……。
……呪い。
呪いとは恨みや腹いせに闇魔法によってかけられるものである。
解くことができるのは光魔法だけ。
だが、確信も無かったし、寧ろあり得ないと思っていた。
ルーナに人から恨まれるような要素が無かったからだ。
辺境の村で細々と家族、村人と共に過ごしている彼女に呪いをかける人などいるのだろうか。
……それでも、取り敢えずやってみましょうか。
シアラ様から解呪魔法は習ったものの、まだ実践したことはなかった。
呪いにかけられる人など滅多にいないからだ。
よって、これが初の解呪魔法である。
……上手く行くかしら。
「プリエール」
途端に、繋がれた手から何か嫌なものを感じる。
呪い自体が解かれるのを危惧して暴れているようだ。
私は自分の魔力のコントロールに集中する。
なかなかルーナから出ようとしない呪いは私に必死に抵抗していた。
直に呪いと戦闘をしているような感覚に陥いる。
……これが解呪魔法。
治癒魔法や回復魔法とは比べ物にならないくらいの集中力を要するのが分かった。
少しずつ、少しずつ、流す魔力を増やしていき呪いのオーラが薄いところから剥がしていく。
脚、腕、頭と呪いが解かれていく中、心臓部分の呪いはしつこい。
まるで同化してしまったように剥がれないのだ。
「……プリエール」
もう一度詠唱して効果を強める。
かなりの時間魔力を注いできた私の魔力の残量は残りあと少し。
初めて魔力切れの予感がして緊張が高まった。
……最後の一回。
これで決めなければ私の魔力が枯れる。
……お願い!!
最後、残りの集中力と魔力をかき集め、ルーナに
流し込む。
パリンッ
何かが割れる音がした。
……と同時に心配そうに私を覗き込む彼と目が合う。
「アリス、大丈夫?」
魔力切れを起こした私は脚に力が入らず崩れた。
彼はそんな私を膝を打ち付けないよう支えてくれる。
「……ありがとうござい、ます」
感じたことのない気怠さに驚く。
「魔力切れだな。……全く無茶を……」
「……すみません」
何だか今日は彼を心配させてばかりな気がする。
肩に添えられている手は力強く、背中から彼の体温が伝わる。それだけで、ホッとしてしまった。
「取り敢えず、今日はもう休め」
「……はい、分かりました」
彼から離れようとすると、足が浮いた。
「へ……」
格段に近くなった彼の顔を見て、ようやく私は自分の状況を理解する。
「……下ろしてください。私重いですよ」
そう、私は彼に横抱きにされているのだ。
「そんなんで歩けるわけない。部屋まで運ぶから寝てて良いよ」
彼は聞く耳持たず、歩き出してしまった。
……絶対重い。本当にごめんなさい。
彼が歩くたびにくる振動が心地良くて、私は重たい目蓋を閉じた。




