辺境の村
「学園はどんなところでしょう?」
次の9月から、私は彼と同じアルドの貴族学園に通うことになった。
養子にして頂いた上に、学園まで通わせて頂くのは気が引けたのだけれど「学んでおいて損はない」とミーティア侯爵様が仰るので、有り難く通わせて頂くことにしたのだ。
「そっか、アリスも通うんだよね」
「はい」
「そうだなぁ、ラシオンと比べるなら、まず生徒数が多い」
アルド帝国はラシオン王国では比べものにならないくらいの大国だ。その分人口は多く、必然的に貴族の数も多くなる。
「数が多いからね、それなりに能力のある生徒がいる。テストの上位陣はいつも満点近い点数で争っているし、魔法も圧倒的なセンスがある人がいる」
「それは、アラン様のことではなくて?」
私がそう聞けば彼はハハっと笑う。
「僕以外にもいるよ、沢山。皇子殿下は勿論優秀だし、殿下の側近希望の者は採用されるよう必死になって頑張るからね」
ラシオンの王子は酷かったですからね。
「皇子様がお二人、いらっしゃるんですよね?」
「うん、僕らと同じ2年に第2皇子、一個上の3年に第1皇子がいらっしゃる」
私が入学を決意した大きな決め手がこれだ。この国の未来を背負う皇子の人格や能力を見るために、学園に通うことにした。
ラシオン王国のあの王子ほど酷くはないと思うが、皇子たちがどのような人物であるかを見極めるのは大切である。
「一歳上と僕たちの代の人数が異様に多いのは、殿下がいらっしゃるからだね」
自分の子供を皇子の側近や妃にしたいですから当然です。
ラシオン王国でも私の学年は一学年だけ人数が多かった。
「……そういえば、ラシオン王国は今どうなっているのでしょう?」
私が逃げてアメリアが王子の婚約者になったのは知っているけれど、よくよく思えば国を出てからのことをほとんど聞かない。
シアラ様が逃げてしまったらあの国、どうなるのかしら……。
「大分混乱しているよ。国王は依存していたリーララピスが手元に無くなり、完全に狂ってしまった。毎日死ぬかもしれないと漏らしてとうとう寝室から出てこなくなったらしい。それに第2王妃様がいなくなられてから、まともに公務ができる人がいなくなったらしくて、城は大混乱だって。大変だね……」
彼にとっては全くの他人事のようだ。
私も、あんな国のことなんてどうでも良いのだが、気になるものは気になってしまうのだ。
屋敷を出発してから早3日、窓の外には緑の多い美しい景色が広がっている。
広大な畑で作業をしている人々は私たちの乗っている馬車に向かって手を振ってくれる。
手を振り返すと嬉しそうにしてくれるので、心がじんわりと温かくなった。
「アルテミス公爵家は領民の皆様に好かれているのですね……」
スペンサー公爵家の領地に戻ったときは、こんなことはなかった。
皆気づかずに作業を続けるか、気づいても会釈されるだけだった。
その表情に光は無く、私は心が苦しかったのだ。
「領民の生活を向上させるのが我ら統治する者の義務だ。公爵領は広いからそれもかなり難しいんだけど……そこは父上の力量が凄いのと、あとはこの領特有の制度かな?」
「特有の制度ですか……?」
「うん、公爵領は公爵家、1家だけで統治するには少し広すぎるんだ。無理に自分たちの力を過信すれば必ず粗が出る。だから、公爵領の中を分割してそれぞれ貴族に治めさせているんだ。もともと公爵家の方で持っていた伯爵や子爵、男爵の爵位を親族や部下に与えてね。僕の祖父の時代にこれを採用したんだ。中央の方は公爵家直轄領として治め、管理が届かない辺境の方を部下に頼んだことで更に充実した福祉を提供できるようになったんだ」
「なんだか……アルテミス領だけで1つの王国のように機能してますね」
「確かに、もう国に近いかもしれないな」
と彼は明るく笑った。
アルド帝国とスーリール王国の国境の手前、私たちは一泊してから国境を抜けることにした。
「少し見ておきたい村があるんだけど、そこに泊まるので良い?」
と彼が言うので、私たちはその村に向かった。
どんどん都市部から遠くなり、馬車が停まったのは小さな小さな村の前だった。
常識的に考えれば、天下の公爵家嫡男が泊まる……どころか訪れることすらしなさそうな村である。
「これはこれは、本当にお越し頂けるとは……感謝いたします」
村の前には村長らしき人を筆頭にして、何十人もの村人たちが出迎えくれた。
人々は皆、彼が来たことを信じられないようで、口を開けて固まっている。
分かるわ。私が村人だったら幻覚だと思うもの。
「出迎え、ありがとうございます。今晩は、一泊よろしく頼みます」
彼が頭を下げると村長は慌て始める。
「お顔をお上げください。公爵家の若様にそんな……恐れ多いことです」
「早速、村の状況についてお話を伺ってもよろしいでしょうか、村長」
「はい、どうぞよろしくお願い致します」
「……アリス」
「はい」
彼は私の方を見る。
「今から少し仕事だ。アリスは村で休んでて」
「分かりました」
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「いえいえ、お構いなく」
それだけ言うと彼は村長について行った。
「アリス様」
彼と入れ違うように私の隣にやってきたフィーは私がやりたいことが分かっているようだった。
「村を見たいわ」
「……分かりました。完璧に安全とは言い難いですから、私のそばから離れないでくださいませ」
「分かったわ。分かったから、良い?」
「……良いですよ。止めても無駄でしょう」
「分かっているじゃない」
私は村人の方に村を見て回りたい旨を伝え、許可を貰ってからフィーを連れて村に入った。
広大な畑と比べると小さな集落。
舗装されていない道を歩いていけば、女性たちが籠を編んだり洗濯をしたりしていた。
邪魔をしないようそっと覗くだけにする。
「……女性もきちんと働くのね」
「はい。働かないのは貴族だけです」
女性は花を添えるだけ、美しく、癒しとなれるよう貴族の女性は教え込まれる。
私もそんな1人だ。
だからこそ、作業をしている女性たちが輝いて見える。男性のように力仕事が出来なかったとしても、自分たちに出来ることに精一杯取り組む彼女達が、少し羨ましくなった。
「素敵ね、女性も働くのって。誰にも依存せずに1人の人として生きている感じがするわ」
「……アリス様だって、あの王子の公務を代わっていたりしたではありませんか?」
「そうだけど……」
それはやらなくてはならないことであり、自ら進んでやったことではない。
「……アリス様ならなんでも出来ますよ」
フィーは私の隣でそっと呟く。
「あの王妃教育に耐えたのですから……やろうと思えば領地経営だって医者だって商人だってできますよ」
領地経営についてはかなり学んだからね。
医者は……治癒魔法を使えばいけるけれど、商人は難しくないかしら……?
「アリス様がやりたいと思ったことをすれば良いのです。もう少ししたらお屋敷から出られる時間も増えますし、学園にも通います。より広い世界を知ることができるのです。様々な知識を身につけた後で、やりたいことを見つければ良いのでは……?」
フィーは、影響を受けるとすぐに動きたくなる私の性質を知っているようだ。
「そうね」
あまり焦らなくても良いのかもしれない。
女性たちから離れ、村の中心部に向かえば、元気そうな子供達の声が聞こえてきた。
私が広場に姿を現せば、子供達は私に駆け寄ってくる。
「お姉さん、だれ?」
一番年上と思われる女の子が話しかけてきた。
「こんにちは、私はアリスよ。こちらはフィー。よろしくね」
「私はアリー」
「僕はロイ」
「あたしはインマ」
「僕はヤン」
「私はルーナ」
皆着ているものは上等ではないが、幸せそうな顔をしている。
「お姉さん、一緒に鬼ごっこしない?」
ロイ、と名乗った子が私にそう提案する。
「あたしもやりたい!」
赤毛のインマもロイに続く。
「良いわよ!!」
「アリス様!!」
隣のフィーが焦ったような声で言う。
しかしそれで私が止まるはずがない。
私は子供が大好きなのだ。
……ちっちゃくて可愛いわ!!
子供は可愛い。子供は正義。子供は天使だ。
私も法律上は子供だけれど……。
「じゃぁ、お姉さん鬼ね! 10秒数えて!」
「分かったわ! 行くわよ。1、2、3……」
一斉に逃げ出す子供達。
フィーは私の説得は無理だと諦めていて、木陰から私たちの様子を見ている。
……さぁ、全員捕まえるわよ!!
私たちの鬼ごっこが始まった。
私は自分の体力の無さに落胆した。
こんな10歳くらいの子供達に追いかけっこで負けると思っていなかった。
それがどうだろう。
いざ始まってみればまず、見つからない!!
皆体が小さくて大人では考えられないような場所に隠れるので見つけるので一苦労。
「いた!!」
「きゃーーー!!」
ようやく見つけたと思っても……追いつけない。
うさぎのように軽やかに走り去ってく子供達を必死で追いかけるが追いつく気配がしない。
小さな子供より体力はあると信じていたのだが、どうやら体力も負けていた。
息切れが激しい私の前を子供達は元気に悲鳴を上げながら逃げていく。
……若いって素晴らしい。
いつのまにか、私は老いてしまったようだ。
そんな鬼ごっこを続けていると、時々通る女性達に呆然と立ち尽くされる。
10歳ほどの子供達に混じって鬼ごっこをする16歳、シュールだろうが気にしない!
「捕まえた!!」
私はようやく捕まえる。
「あああ、捕まっちゃった……」
私が抱きしめるように捕まえたのは、銀髪の可愛らしい少女、ルーナである。小さな体は少しでも力を入れたら折れそうで…………。
……何かしら、これ。
ルーナの体から何やら嫌な感触を感じる。それは密着させている腕やらお腹から胸の方まで伝わる。
……苦しい……?
モヤモヤする気分は、ルーナから手を離すと治る。
……病気……? これは、何?
「アリス、楽しかったか?」
その声がした方に顔を向ければ、彼が半分呆れたような表情をしている。
絶対に私の精神年齢を疑っているわ……。
「はい。とっても楽しかったですよ」
夢中になっていて気付かなかったが、既に夕陽は傾いていた。
「お姉さん、良かったね。ルーナ捕まえられて」
いつの間にか他の子供達も広場に集結していた。
「お姉さん、遊んでくれてありがとう!」
「「「ありがとう!!」」」
笑顔でお礼を言われ、その可愛らしさに胸がキュンとする。
「アリス、村長さんに夕食を誘われているんだ。支度できる?」
「分かりました」
私は子供たちに手を振って、フィーと共にその場を去った。
ルーナから感じたものは未だ私の心に引っ掛かっていた。




