一緒に食事を
「お嬢様、朝食をお持ちしました」
彼女はテーブルに朝食の準備を始める。
野菜のスープに白パン、サラダにベーコンにヨーグルト。その他様々な料理が並ぶ。
「これ、どう見ても一人分ではないわよね? 」
そう、ずっと私は不思議に思ってきたのだ。
7歳の子供にこんな大人3人分はありそうなこの量を完食することは不可能である。それにもかかわらず、毎朝私の朝食には豪華な料理が並ぶ。
一度誰かに聞いてみたかったのだけれど、料理を運んでくるメイドは用意だけしてすぐ部屋を出て行ってしまうので聞くことができなかったのだ。
「いいえ、お嬢様一人分です」
「私、一度も完食できたことないわ」
「当たり前です。この量完食できたら、相当ですよ」
「もったいないわよね」
「もったいないですね」
彼女は苦笑いを浮かべて頷く。
私はすでに社会の勉強で貴族の収入、領地について簡単にではあるが勉強していた。
……領地の人々が働いてくれたお金で得た食事なのに。
私が残したものを、後で誰かが食べるとは思えない。アリスは考えた。
……そして、アリスは思いつく。
「あなたも一緒に食べましょう! 」
「えっ!? 」
彼女は素っ頓狂な声を上げる。
「一人じゃ食べきれないし、食べ物の無駄だわ」
「いけませんっ! 使用人とお嬢様が共に食事などしてはいけないのです」
「でも、私あなたとおしゃべりしながら食べたいわ」
「ダメです! 第1これはお嬢様のお食事、私が食べていいものではありません!! 」
「大丈夫よ。私の部屋に来る人なんていないわ」
「そう言う問題ではありません」
彼女は頑なに拒否し続ける。
「私ね、誰かと一緒に食事をいただいたことがないの。今まで一度もよ。だから、あなたと一緒に食べたいの。お願い!」
「お嬢様……」
彼女の瞳が揺らぐ。もうちょっとだ!
私は彼女の桃色を見続ける。
見つめ合うこと数秒。
「分かりました」
彼女が折れてくれた。
「誰かと一緒に食べる食事って、1人の時よりずっと美味しい気がするわ」
「それなら良かったです」
食後の紅茶を飲みながら、穏やかな時を堪能する。
たった1日、たった1人、それだけでアリスの世界は180°逆転した。
紅茶を飲むだけで、こんなにも幸せな気持ちになるなんて。ふふっと笑みがこぼれる。
彼女はどこから来たのかしら、どうして私の側にいるのかしら。
聞いてみよう、そう思い……。
……あら。
今まで何となくあなた、で通してきてしまったがこれで良かったのだろうか。いざ話しかけようとして、呼び名に困る。
「……私はあなたをなんて呼んだらいいかしら? 」
なんて呼べばいいのか、分からない。
今まで、人のことを呼ぶ機会は無かった。
父と母に話しかけるなんてことは無かったし、教師にもメイドにも話しかけることは無かった。
それ故、アリスは人の呼び方を知らない。
「お嬢様のお好きなようにお呼びください」
「例えば? 」
「本当に何でもいいんです。そこのあなた、とかでも」
「ダメね」
「そこのメイド」
「却下」
「先程のように、あなた」
「とっても距離を感じるわ」
「セラフィーナ」
うーん、別に良いのだけれど。良いのだけれど。
「それではフィー……はいかがでしょう? 」
「フィー? 」
「はい、私の愛称です」
フィー……フィーね! なんだか素敵!!
「フィーって呼ぶことにするわ! 」
「はい、お嬢様」
「私のこともアリスでいいのよ」
「それは恐れ多いです」
「名前を呼んでほしかったのだけれど」
「アリスお嬢様」
「お嬢様の部分いらないわ」
「アリス様」
「様もいらないわ」
「これ以上は無理です」
どうやらここまでのようだ。
……あれ、どうしてこんな話になったのかしら。
えっと……、あぁ! そうだ!!
「ねぇ、フィー。あなたどうしてここに来たの? 」
そう尋ねると、フィーは少し戸惑った。
……聞いてはいけないことだったかしら。
「言いたくなかったら別に言わなくても大丈夫よ」
……気にならないと言ったら嘘になるけれど、彼女に無理強いはできないわ。
誰だって秘密にしたい過去の1つや2つあるものよ、と物語の女王様も言っていたし。
しかし、セラフィーナは
「あっ、いえ……。実は……」
ぽつぽつと話し出した。
彼女は、元は王国の東側に領地を持つ子爵家の三女だったのだと。しかし父親の不正が発覚して領地没収、爵位返還となったと言っていた。
ある日突然家に騎士団がやってきて、フィーは家から追い出されたらしい。
彼女はそこからなんとか叔母を通じて働き先を探していたそうで……。
「侍女として雇ってもらえるよう多くのお屋敷を回ったのですが、子供だから、人によっては大罪人の娘だからと雇ってはもらえませんでした。最後にダメ元でスペンサー家に来たのです。公爵家が私のような者を雇ってくれるはずはないと分かっていたのですが、最後の望みをかけてお願いしに行きました。すると、お嬢様の専属侍女になるなら雇ってやっても良いと言われたんです。あの時は夢かと思いましたね」
彼女は10歳にしてかなり波瀾万丈な人生を送っていた。
「……私は双子の上の子だけれど、嫌ではないの?」
この国の人は皆、私のこと嫌いなんじゃなかったかしら。
「嫌なわけありません!……正直に申し上げますと、お嬢様の専属侍女としてなら雇ってやっても良いと言われた時、誰にも手に負えないようなお嬢様なのかと心配していましたが、無駄な心配でした」
「とんでもない我儘お嬢様かもしれないわよ?」
「大丈夫ですよ。どんなアリス様でも私を救ってくださったことに変わりはありませんから……」
……私はアリス様について行きます。
フィーは私の目を見つめてそう言った。




