お屋敷
私はキャサリン様の治療のためアルテミス家の屋敷に留まることになった。
公爵さまが最高級の客室を用意しようとなさるので、私は交渉に交渉を行い、屋敷敷地内にある家を貸していただくことにした。
屋敷敷地内には本邸よりは劣るものの十分に立派な家がいくつもあり、好きなのを使ってくれと言われた時は、本気で戸惑った。
……なんだこの田舎から初めて王都に出てきた人のような感想は。私、元公爵令嬢なのに。
それから、彼は帝国の学園の始業式に出席するため、早々に帝都へ旅立った。忙しい人である。
「アリスちゃん、おはよう」
「おはようございます」
キャサリン様の担当医師になってから数日、キャサリン様はすっかり「アリスちゃん」呼びが気に入ってしまったようだ。
「今日もよろしくね」
「はい! お任せください」
奥様は初めて会った時よりも僅かではあるが血色は良くなり、表情が豊かになった気がする。
「お身体の方は大丈夫ですか? 」
「ええ、アリスちゃんが来てくれてから、前よりずっと気分が良いわ」
「それは良かったです。……では手、失礼しますね」
私はキャサリン様の痩せ細った手をそっと包み、治癒魔法をかける。
「……クーアリーベ」
魔法は心にも影響される。少しの差だとシアラ様は仰っていたけれど、私は回復を祈るように魔法をかけた。
手から白い清らかな光が生まれると、瞬く間に全身に回る。きらきらと輝くキャサリン様は本当に美しかった。
このお屋敷に来てから早1週間、ようやくここでの生活が落ち着いてきたところである。
「フィー」
「はい、何でしょう? 」
フィーはこの1週間の間に、既に本邸の使用人とのコネクションを形成していた。早い……。
「一度、公爵様とお話ししたいのだけれど……」
「分かりました。お伺いしておきます」
そろそろきちんとお話ししなければ……。
「大丈夫ですよ」
私の心が読めたのか、フィーは優しくそう言った。
「お時間を頂きありがとうございます」
私は公爵様と面会していた。この前は彼が隣にいたから良かったものの、今は1対1である。とてつもなく心細い。
「それで、話とはどういったものかな ?」
私を見つめる彼と同じ瞳は優しく、少しだけ緊張がほぐれた……気がする。
「実は……、私がここにいる事で公爵様にご迷惑をおかけしてしまうかもしれないのです」
「……詳しく聞いても?」
「はい……」
私は自分がラシオン王国の公爵令嬢で、王子の婚約者だったこと。婚約破棄をされて側妃になるよう言われたこと。それを無視して国外逃亡した事を話した。
私は公爵様のお顔を見れなかった。どんな表情をしていらっしゃるのか分からない。
「……ですので私を匿う事でラシオン王国から目の敵にされるかもしれません。私は国に追われている身ですから……」
「私がアリス嬢をラシオン王国に渡すつもりはない。……だからそんなに心配しなくても大丈夫だ」
その言葉に私はハッと顔を上げる。
公爵様は親から子に向けるような、そんな微笑みを浮かべていた。
それに、と続けた。
「アリス嬢のことはアランから大体の報告を受けている」
「そうでしたか……」
「私は君が追われていようが、妻を治せるのは君だけだ。私が簡単に渡すはずがないだろう? 」
公爵様は私を安心させるようにそう仰った。
……それでも、私を返せと王国側が抗議してきたら両国関係が危うくならないかしら。
「……でももし私のせいでラシオン王国といざこざが起きたら……」
「それも問題ない。帝国に表立って物申せるほどラシオンは大国ではない。戦争になろうとも、交易を停止されようと、帝国側にはあまり被害が及ばない。むしろ被害を被るのはあちらだ」
関係悪化はない……と。
「君は私の妻を救ってくれた恩人だ。私がきちんと保護する。だから、安心してくれ」
公爵様は始終優しい微笑みを浮かべていらっしゃった。
「本当に……本当に、ありがとうございます」
私は保護していただく身として、深々と頭を下げた。




